18 / 21
番外編
バーグレイ商会、首領親子の会話
しおりを挟む「―― やっぱ、どう考えても納得いかない」
夜。
幌馬車の中に敷いた布団に寝そべり、チェスターは口を尖らせた。
魔法灯火の小さなランプが、母と自分の影を帆布へ投影している。
従者生活も悪くなかったが、久しぶりの我が家は落ち着くものだ。
愛犬ゾーイ二世をはじめ、一年ぶりに再会した隊商の仲間たちと戯れ、母と使っている幌馬車でようやく寝床に入ったところだった。
「おや、何が納得いかないんだい?」
煙管をふかしながら物思いにふけっていた母が、視線をこちらへ向けた。
チェスターと同じように、草木染めをした麻の薄いチュニックを重ね着し、木のビーズや鉱石でつくったアクセサリーを身につけている。
隊商の一座は無数にいるが、アイリーン・バーグレイの名前を知らない隊商はいないはずだ。
やり手の女商人であり、神業とまで言われる弓矢の名人。バーグレイ商会を見事に纏めあげながら、チェスターを女手一つで育て上げた女傑だ。
そしてフロッケンベルクの国王ヴェルナーとは、同年代の幼馴染にして親友でもある。
そろそろ五十に手が届く年齢で、決して若々しいとは言えないはずなのに、老け込んでもいない。
年齢に関係なく、本当の意味でイイ女なのだと、周囲に称されるし、息子の贔屓目を抜きにしても、それは正しいと思う。
「シルヴィアさまの銀鱗だよ。姿無き軍師は絶対に知ってたのに、なんで俺にも黙ってたんだ? 最初から教えてくれれば、もっと手っ取り早くいったはずなのにさ」
魔獣使いの襲撃や火炎犬のファミーユは、軍師にとってもアクシデントだと思う。
百万歩譲って、シルヴィアの全身が火炎に反応して銀鱗に覆われるのも、知らなかったとしよう。
しかし、チェスターを名指しで巻き込むなら、両手の秘密くらい教えてくれてもいいはずだ。
不満を露にする息子を眺め、アイリーンがポンと手を打つ。
「ああ、そうそう。ついさっき、ヘルマンの旦那が来て、アンタにこれを渡してくれってたのまれたんだっけ」
一通の封筒を差し出され、チェスターの顔が引きつる。
「げっ!? もう勘弁してよ!」
そもそも、今回の仕事を無理やり引き受けさせられたのは、ヘルマン・エーベルハルトが軍師からの手紙を持ってきたからだ。
「……チェスター。バーグレイ商会の一員として、姿無き軍師からの手紙を拒む事は許されませんよ」
『首領』モードの口調になった母が、厳しい声で手紙を突き出す。この口調の時、彼女とチェスターは親子ではなく、あくまで首領と隊商の一員だ。
「……はい」
溜め息を押し殺し、チェスターは手紙の封をきった。
「……なに、これ?」
上質な便箋の中央に一言、『合格』とかかれ、便箋全体にかかる大きな花丸が赤インクでかかれてた。
「良かったじゃないか。アンタの首領試験は文句なしに合格だって」
手紙を見た母は満足気に頷き、紫煙を吐き出す。
「あれが首領試験!? じゃあ俺、抜き打ちで試されてたってわけ!?」
「そういうことだね。あたしも先代も先々代も、色んな難問をふっかけられたよ。これしきがこなせないようじゃ、フロッケンベルクの命運は任せられないって事だろうね」
平然と言われ、たはたはと気抜けしてチェスターは座り込む。
そして花丸合格書を眺め、ふと好奇心をそそられた。
「ちなみに、母さんの試験はなんだった?」
「ああ……懐かしいね。とある小国の王子様が、叔父から王位奪還をする手伝いだったよ。もう十八年も前の話さ」
煙管の灰を落とし、アイリーンは昔を思い出すように目を細める。
「あの時は困ったね。何しろ消された前王より、乗っ取った叔父のほうがずっと優れてる。おまけに当の王子は、せっかく良い素質を持っていたのに、父に疎まれていたせいで、すっかり自信喪失ときた」
それでも母が現在の首領ということは、その難問を無事にクリアできたのだろう。
「へぇー十八年前ってことは……」
バルシュミーデ領にいる間に、チェスターは十七歳になった。
「ちょうど俺が仕込まれたあたりか」
途端に、目から火花が出るほど強力な拳骨を喰らった。
「アンタは昔から下品な表現が目立つよ。この童貞坊主」
……それは絶対に、母親に似たんだよ。と、チェスターは頭をさすりながら内心で愚痴った。
「その人、今でも国王やってるわけ?」
「……ああ。どこの国かは内緒だがね、元気でやってるようだ」
「ふぅん……」
布団に寝転がり、チラリと母親の顔を伺ったが、特に何も読み取れなかった。
「なんだい? ジロジロと人を眺め回して」
アイリーンが片眉を軽く吊り上げる。
「いや……その時期に母さんと一緒にいた人なら、俺の父さんを知ってるかもなって」
チェスターは自分の父親を知らない。
母は「未亡人」を名乗っているけれど、周囲に聞く限り結婚したこともないし、誰かとあからさまに恋をしていた様子も見せなかったそうだ。
もちろん息子にも、父親の名前はおろか、どんな人物だったかも、一切語ったことはない。
「おや、あんた父親が欲しいのかい? 悪いが、あたしは未亡人で再婚する気もないから、それだけはやれないねぇ」
クシャクシャと母そっくりの赤毛をなでられ、チェスターは顔をしかめる。
「そうじゃない。こんだけ家族がいれば、もう十分さ」
隊商の仲間は家族も同然だし、ハロルドをはじめ、大陸中にも家族同然の相手がいる。
「……ちょっと気になっただけだよ。おやすみ」
母に背を向け、かけ布をひっかぶって目を瞑る。
さっき昔を語った母は、とても懐かしく愛しい人を思い出すような表情を浮べていた。
あの母が甘い恋をするなんて想像もつかないが、行きずりの男と気軽に寝たりしないのも確かだ。
自分の父親がどんな人物か、まるで思い描けないけれど、きっと自信をもっていい。
アイリーン・バーグレイが選び、別れざるをえなくなった後でも、生涯愛し続けられるだけのイイ男で……自分はその血を引いているのだと。
終
0
お気に入りに追加
561
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?
gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。
みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。
黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。
十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。
家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。
奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。