ダンタリオンと勇者

小栗とま

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魔界の章

29 聖女の素顔

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「エレナ……様」

 ケインは、ばつが悪いなと思った。
 パブロが不審な死を遂げたことを彼女が聞いていたなら、平気でいられるはずはない。

「あの。私にも調べさせてください。
 お兄ちゃんの剣のこと」

 やはりエレナはそう言った。

「……!もちろん」

 リアが頷くと、エレナは申し訳なさそうにうつむいた。

「ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんです。
 リアさんに食事をと思って」

 そう言うエレナの手には、確かにパンとスープを乗せたお盆がある。

「ありがとう」

 リアはエレナから食事を受け取り、パンを口にした。

「美味しい……」
「ふふ、よかったです」

 エレナはそっとリアの隣に座る。
 そして少し考えこんだあと、美しく澄んだ声でゆっくりと話し始めた。

「お兄ちゃんのことは……。
 リアさんのせいじゃないです、絶対に。
 だから、ご自分を責めるようなことだけはやめてください」

 エレナはそう言って、聖女の微笑みを浮かべた。
 底の見えない湖のように澄んだ緑瞳のまなざしが、リアの全てを許すように包み込んでいる。

「エレナちゃん……」

 リアは19歳の自分より2回り年下ながらも、聖女と言う大役を務めるエレナのことを尊敬のまなざしで見つめた。

 しかし次の瞬間、エレナは聖女から一変し、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光を放った。

「?」

「お兄ちゃんにそんな怪しい剣を持たせた奴がいるなんて、絶対に許さない。コロス……絶対にコロ…」

 と、完全に目が据わっている。

(聖女様がしちゃダメな顔してるわ……)

 リアはパンを食べながら、エレナの新たな一面に驚いていた。

 ケインはそんな二人の様子を眺めながら、そういえばこの医務室のカーテン付きベッドに、ある人物が眠っていることを思い出した。

「あ……しまった」

 と、ケインが言った時にはもう遅い。
 ベッドを隠していたカーテンが開き、今度はパブロの義理の弟カルロス・フルームが顔を出した。

「へえ……やっぱり、おかしいと思ったよ」

 と、カーテンを掴むカルロスの目はやはり獲物を狙う鷹の目をしている。

(姉弟そろってパブロのこととなると人が変わるな……)

 と、ケインは思った。
 義理とはいえ、兄であるパブロを慕う弟と妹の姿はひたむきだった。

「カルロス?あなたも居たの!?」

 と、リアは驚く。

「悪い。そういえば、さっき治療に来たの忘れてた。
 母親に頬をぶたれたとかで」

 と、ケインが言う通り、カルロスの頬は真っ赤に腫れていて、顔に氷袋を巻き付けている。

「人生で初めて殴られた。だけど、それに値する情報を得たよ」

 周囲の動揺は気に留めずに、カルロスは話し続ける。

「思えば最初からおかしかった。魔界遠征の直前になって、母上が僕を魔界なんて危険だから行かせたくないなんて言い出して。実力で勇者に選ばれた僕の代わりに、大して強くないパブロが勇者になるなんてぇ……っ、痛てぇ」

 いつになく饒舌なカルロスは、腫れた頬の痛みにやや大げさに眉をしかめる。
 この15歳の少年には、大した怪我じゃなくても注目を集めたがる「かまってちゃん」なところがある。
 それでも彼の火の魔法は一流で、本来ならカルロスが勇者に選ばれていたのだ。

「……俺も妙だと思う。王国のお偉方が、なんでパブロがカルロスの代わりになるのを認めたのか」

 ケインはカルロスに同調しながら、彼に新しい氷袋を巻いてやった。

「お兄ちゃんが訓練もなしに魔界に行かされるって聞いた頃には、
 もう遠征に旅立つところで……けど無理にでも、止めるべきだったんだ……」

 エレナが怒りに震えながら、そうつぶやく。 
 カルロスは一同の疑問を受け止めるように頷いて、そしてまた口を開いた。

「それで僕、母上に詰め寄って聞き出した。どうしてそんなこと聞くのって殴られたけど。……母上は僕じゃなくてパブロを勇者に推薦しろって、ある人にそそのかされたらしい」

「……!!」

 エレナたちは息をのむ。

「それも、父上がグレゴリー討伐の遠征に、エレナが精霊の丘に祈りに向かって、2人とも王宮を不在にした後にね」

「ある人って。一体……誰なの……?」

 エレナがカルロスに迫り寄る。
 ケイン、リアからも注目が集まる中、カルロスはそっと口を開く。

「この国の実質的な最高権力者だよ」

 と、肩をすくめた。
 カルロスの言葉に、3人は一斉に同じ人物を思い浮かべた。

 国王カイザーに変わり、実質的な政務をとりもつ男。
 宰相ネロ・カーペンターだ。

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