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玉生のリ・ハウス
玉生のリ・ハウス 5
しおりを挟む「別れたと思っても案外すぐに鉢合わせして、気まずい思いをしたりするもんだよ?」
少し感傷的な気持ちになっていたところに、最後尾のシートをスライドさせて作った空間に玉生の箱を仕舞いながら傍野は笑う。
言われてみれば、玉生は少し前までこの土地から離れるかもしれないとまで考えていたのだ。
それで変に引きずっているのかと思い至ると、明日にも学校の往復で見掛ける程の距離でしかない別れに赤面しそうになった。
バイト先のミルクホールには、これから先も客としては行けるのだ。
「ははは。さあ、みんな拾ってさっさと君のうちに戻るとしよう」
スライドドアを閉じて運転席に回り込む傍野が、それで流してくれたのでほっとした玉生は、運転席と会話しやすい様にすぐ斜め後ろの座席に座った。
予定通り行きとは逆に、まずは一番目的地から遠い詠の屋敷から寿尚の館、駆の工房を兼ねた住居、そして翠星の下宿と順に回って蔵地の玉生の家に向かうと傍野に言われて頷く。
「そうですね。尚君がちいたまの事で心配しているだろうし、急がないと」
「あー、ちいたまっていうのがあの時の子猫なら、『後から追いかけてくる“多分、三叉の猫っぽい”のがいるから、子猫を任せておけば大人しくしてる筈だ』って伝言が……というか、あの子猫は君に拾ってもらって、できればあの家で飼ってほしいという希望で狙って置いたらしいんだよね」
「え? 猫っぽいって、チャトって猫じゃないんですか?」
「あー、引っ掛かるのはそこなんだね」
あの家の温室で発見された虎猫が寿尚にチャトラッシュと名付けられ、その尻尾が三叉だった事から妖ではないかという疑問になり、そこから常世のものが見える見えないという話になったという会話をしているうちに詠の家に着く。
相変わらず愛用のずっしりとしたインバネスコートを羽織った彼は、既にぐるりと塀で囲まれた日本家屋の門の前で待っていた。
そのミニバンのヘッドライトに照らされた彼の隣には、和風の門構えからは浮いて見える四輪駆動車と長身の影が並び立っている。
玉生が少し緊張しながらインナーハンドルを引くと一瞬の抵抗の後、触れた感触で予想したよりもスムーズにドアがスライドしたので、思わずにこにこしながら出迎える事になった。
「お待たせ、詠君!」
「ご機嫌だな、玉生。いい事でもあったのか?」
寸前まで面倒な家人の事でへそを曲げていた詠だったが、長く暮らしていた孤児院の別れに意気消沈してはいないかと気になっていた友人の機嫌がいいのにほっとして、すっかり気が逸れてしまった。
そうなると家人の男の傍若無人さなどは、いつもの事で勝手にやっていろという気になる。
むしろ、男がどの程度“あの家を構成するもの”に関われるかのサンプルの一つになるのだと考えれば、留飲も下がるというものだ。
そう言われた玉生の方はというと、傍野と話しているうちにすっかり今後の生活へのドキドキとワクワクの気持ちで普段より気分が高揚し、スライドドアが開けられただけであの様子だったのだと、説明しているうちに恥ずかしくなってしまった。
これがほかの者なら「単細胞」と一言で切って捨てる詠だ。
しかし、玉生の生い立ちから淋しさ慣れし過ぎて、それを当たり前にしているうちはその状況に置くのはよくないと思っている。
それでわざわざ水を差さずに、「ガルウィングという真上に開く構造で、開けるのはともかく閉じるのは人にやらせないと格好がつかないというドアもあってな」と以前に見掛けた車のドアにまつわる話で会話を肯定側の方に転がす。
そうやって「スーパーカーとかカッコいいデザインだと思ってたけど、座ってから上から下に閉めるの大変そう」と友人を笑わせる詠を見て、家人の男が意外そうな顔をしているのが面白くなかったが、無視してミニバンの方に乗り込むとドアを閉じて運転席の後ろにさっさと座った。
フロントガラス越しに男と目の合った玉生が、ぺこりと頭を下げるとあちらも目礼したのがヘッドライトの明かりの中に見える。
詠が荷物を持ち込まなかった事から、どうやらその家人が引っ越し先まで送り届けるつもりだと判断して、アイドリング状態にしたままで傍野はその男の側に歩み寄っていく。
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