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玉生のリ・ハウス
玉生のリ・ハウス 3
しおりを挟む記憶の消去という不穏な発言に、寿尚の眉間にしわが寄る。
当然の様に無言の詠だけでなく駆も「頭の中弄られるのはちょっとな」と首の後ろに手をやって、伏せ気味の位置から傍野に胡乱な視線を向けた。
その後ろでは「催眠術の『目が覚めたら忘れています』、みたいなのかな?」「それはどっちかってったら忘却じゃね? 消去は思い出そうとして脳神経に負荷が掛かるのを、無効化する親切って考えも微レ存」とクラスメートらしい呑気と紙一重な会話をしている。
「今の状況を破綻させないために、秩序を乱す要素を排除するというか。とりあえず日尾野君も知ってる弁護士の奴も、大分前に“倉持宝の家”が存在しているという記憶自体を消去されたけど、本当にその部分だけで問題なく宝本人との付き合いは続いたしね。俺もアウト判定されたら、学生時代の同級生に便利屋として仕事の依頼を受けていて、そのフットワークの軽さを見込まれて甥の後見人を任された関係者とかになると思うよ」
「それは家に関する宝さんの事情と繋がっている部分が消えてしまうという事ですか?」
「ああ、宝本人に対して過去に家に訪ねた記憶が家の近くまで送って用事は車内のやり取りで済んでいるとか、消去の前後で辻褄が合う様に上手く消える。以後は家に入ろうとしたら柵にまで戻されたり、柵にまで辿り着けない場合もあるといった具合かな」
「ああ、家人に追い返されたとか道に迷ったとか、そこも込みで辻褄が合うんだな」
傍野の説明に寿尚と詠はその法則性を頭に入れ、今後それがこちらの不都合になる可能性をしばし脳内でシミュレートした。
その間に「あ、それじゃあ」と、駆が気になった事を傍野に尋ねてみる。
「あの家には住人以外に人は呼ばない方がいいとか、そういった感じですか? 後、それで郵便物とか配達物は届きますかね?」
「確実に必要な用事があるなら外で済ます方が無難ではある。勝手に追い返されてしまうかもしれないからね。郵便物に関しては宝がバス停前の郵便局と、大きい荷物用にその近所の私設企業で私書箱をキープしているから、そのまま使える手続きが済んでる筈だ」
「それは配達人によっては家まで辿り着けないって事ですか?」
「まあ、そういう事だね。出前関係は――玉生君の言うところのブラウニーが解決してくれるよ。ただ好みがあるなら、まずそれを家に持ち込んで分析させる過程が必要だけどね」
「ああ、化学実験っぽいのに、『料理は科学』って言うアレっぽいですね」
「“誰がやっても結果が同じという再現性”が科学」
「店で出す料理は変わらない味を提供できてこそ一流という意味では正しいね」
その会話を聞いていた玉生には思い当たる事があって、思わず「あ!」と声に出してしまった。
「あのね、初めに水道の水の味がミネラルウォーターみたいだなって思ったの、駆君の冷蔵庫に入れたボトルがあったからかなーって……え、と、違うかな?」
「ああ、確かにいつもの水道の水と比べたらしっかりミネラル入ってた。キッチンだけならともかく、風呂場のシンクもそうだったっすね」
「そうそう。そんな感じで調整しているらしいんだ」
傍野がその会話に頷いて、「“あの家”に味覚があるわけじゃないから、実物を持ち込むとそれを基に“調整する”んだとか」と説明した。
「実際に家に聞いたみたいに言うんですね? って、まさか会話できるっていう?!」
「う~ん、実際この辺から先は俺が話してしまっていいのか微妙なんだよ。多分ね、自己紹介したがる――あ、君、三見塚君ならデッサン人形とか持ってるんじゃないかい?」
「はい、一時期凝っていたんで色々と。なんなら球体関節人形も、ってアレは親戚の子に、貰われていってしまったんだったなあ」
「いや、まずはあのよく見る、木のヤツでいいと思うよ。俺の場合は宝との会話に混ぜてもらったけど、会話の相手が見えないと話しづらくてね」
「ああ、いわゆる天の声ですか。なるほど、確かに仮にでも姿がある方が付き合いやすい」
そこで寿尚が、傍野と駆の会話に待ったをかけた。
「決まった範囲内での事かもしれませんが、色々な事が可能なのでデッサン人形なら自力で用意できるのでは? それとも何か規制みたいなものがあって引っ掛かるんですか?」
「日尾野君は鋭いね。なんというか一度パペットのイメージをリセットしないと、上手くいかないと思うんだよ」
「パペットのイメージですか? はあ、まあとにかくあの家とは対話が可能で、友好を築いた方が良さげではあると――」
その時、黙っていた詠が「見ろ」と前方を指差した。
「会話の方向性として正解だったらしい」
見ればフロントガラスの先はもうすぐに公道で、丁度目の前を横切ったバスが停留所に停車するところであった。
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