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玉生ホームで朝食を

玉生ホームで朝食を 1

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 夢の中で、玉生たまおは一本道を歩いていた。
ただその道は薄暗く、そして緩やかなカーブを描いている。
時々、視界が切断されて、その間の記憶も飛んでいる様に思う。
しかし夢の中とはいえ自由にならない身体は、もしかしたら玉生本人のものではないのかもしれない。

 そう思ったとたんに、目線だけがフワッと上昇し、俯瞰になり――




「あれ?」
 目が覚めると赤いクッションに頭を埋めて、誰かが掛けてくれたらしい薄手の毛布に包まっていた。
この家は断熱がしっかりとしているらしく、床のラグと空調は一晩しっかりと玉生を冷気から守ってくれた様だ。


 ほかのみんなも玉生に合わせるようにモゾモゾと動き始める。
どうやらあの後、本当にみんなここで雑魚寝したらしい。
ソファーやラグの上で横になっていたのが起き上がって、それぞれ「おはよう」と口にして動き出している。
キッチンへ行く者、洗面所へ行く者、当然の様にいそいそと和室に向かって行く者もいた。

 少し考えた玉生が、朝食を作る手伝いをしようとキッチンへ足を向けると、そこには先に来ていた翠星すいせいが焜炉の前に立っていた。
「おはよう」と挨拶をした玉生に、きちんと顔を向けて「はよ」と返事を返してから鍋に向き直り、彼はその中身を長いお玉でぐるりと回した。

「さて、何作るか……昨日のカレーは半端に残ってるし」

 まずはカレーに火を入れている様で、「油断してるとカレーはすぐ傷むからなぁ」とメニューについて悩んでいる様だ。
そこへ玄関側の水道で洗顔を済ませて来たらしいかけるが、廊下側の扉から入って来た。
二人の会話が聞こえていたらしく「朝カレーなら、カレートーストとかが無難じゃないか?」とカレーの鍋を横から覗き込んで「ペーストにするには、ちょっと多いか?」と首をかしげた。

「カレーうどんは? 乾麺があったよ」

 玉生が収納でちらっと見た平たい乾物の麺を思い出していると、「お、そりゃいいな。マオマオはサラサラとトロトロのどっちが好きだ?」と駆がその棚に足を向けたので、慌ててその後を付いて行く。
そうして、食糧庫になっている棚を開きながら場所を譲る駆の問いに、玉生の食べた孤児院のカレーうどんは出汁入りの水でのばしてスープ状にしていると聞いた覚えがあるのでそう答える。
適度に区切られた棚の中は[粉]や[乾物]といったラベルの付いた箱類や籠などで種類ごとに分類され仕舞われている様で、乾物の木箱の中からうどんの乾麺を取り出している玉生を横目に、駆は粉の木箱を引っ張り出した。

「片栗粉があれば、とろみがついて食感変わるんだけどな。麺に汁が絡むからそれも――と、片栗粉あるな」

 駆は片栗粉の袋を一つ手に取ると、人数分のうどんの袋を持ったまま『後いくつあったら足りるかな?』と悩んでいる玉生の手からうどんをさらった。

「ヨーミンは朝からそんな食わないだろうし、マオマオも一玉完食とか無理だろ? スナさんは朝ガッツリいくけど、多分ほかにもなんか付くだろうから追加は四玉あればいいんじゃないかな」

 麺類の詰まった木箱を見て「う~ん」と唸っている玉生に助言して、「なんなら昼に食べたい物とか、ついでに考えるのもいいと思うぞ」と駆は先にキッチンへと戻って行った。
ちょうど洗顔を済ませて来たらしいよみが「朝食はうどん……この匂いはカレー。つまりカレーうどん」と玉生の横に立って呟くのに、「うん、カレーうどんだよ。それでね、お昼に食べたい物、ある?」と訪ねてみると、食糧庫を見渡していくつかの木箱を覗いて回る。
活字中毒の彼は物語に出てくる料理に興味を惹かれそのレシピを探した時、その画像入りの過程に知識欲を刺激されたらしく、それ以来レシピ本も読書対象となっているのだ。
結果、調理などする気はないが、今ではその方面の知識はなかなかのものでメニューについての助言も具体的なものなのである。

「……昨日の果物もあるし、冷蔵庫のハム・チーズとかパンを買って挟むか……む、薄力粉と膨らし粉があるなら、奴らパンケーキが作れるだろう。多分」
「パンケーキ! でも、う~ん……生クリーム冷蔵庫にあったかな?」

 昨日冷蔵庫の中を確認した時に、サイドポケットに飲み物のパックが並んで違うデザインの牛乳パックが何本かあったのを見たのだが、玉生のバイト先で使っている生クリームも似た様なパッケージなのでそれが混ざっていた気もする。
今、玉生の頭にはフルーツサンドが浮かんでいるので、フルーツとパンケーキには生クリームをと舌が期待してしまっているせいで、そうであってほしいという希望から記憶が錯覚を起こしているのかもしれないが。
それに冷凍された大量のアイスクリームが衝撃的で、その辺りの記憶をすっかり持っていかれてしまったのもある。
ここで玉生がいっそアイスクリームを生クリームの代わりにしよう、とならないのはあくまで食事として考えているからで「ご飯を食べてからじゃないと、お八つは食べさせません」と教育された結果であろう。
そこに二人の会話が聞こえたらしい翠星が、「全部牛乳パックかと思ってたけど生クリームもあったから、それでデザートも作れるぜ」と冷蔵庫の中を確認してくれたらしくそう教えてくれた。

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