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玉生ホーム探検隊

玉生ホーム探検隊 18

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「夜ふかしならコーヒーの方がいいだろうけど、自分はフルーツは紅茶と合わせる派なんだよなー」

 空調のスイッチは入れて夜の空気は緩和されたが、この寒くなる季節にお風呂上がりという要素が加わったので、これから夜中に向けて冷たい物は非推奨との翠星すいせいジャッジで今日収穫したフルーツは明日に持ち越しとなった様だ。
サクランボ・桃・葡萄など、今日のフルーツは身体を冷やすわけではないらしいのだが、気持ち的にコーヒーのお供に生フルーツは違うらしい。
そう決めた彼の動きは早く、「コーヒー飲めない人はいないすよね? ホットミルクで割りたいとか、あるっすか?」と希望を聞いてキッチンへと作業に向かう。
それならお茶請けをと考えた玉生たまおが「チョコレートが棚にあったから、ビスケットと出すね」と、壁収納の食料庫からさっき目に付いたアソートのチョコレートを取り出す。
興味を持って一緒に付いて来た寿尚すなおよみも、その横から食料庫の中を覗き込んで「あ、凄い。このメーカーのお茶はなかなか出回らないんだよ」「このお茶もすぐ在庫が切れる」と評しているが、この二人がこれだけ手放しに評価するのは大変に珍しい。

「え、と。そんなにいいお茶だと味がわからないから。え~と、譲ってもいいよ?」

 ここで「上げる」などと言っては彼らに叱られてしまうので、玉生は「譲る」という言葉を使った。
譲られる物に価値があると分かっている場合、それで対価を払う意志のある者とは親しさに関わらず互いに付き合いに値する相手となり得るが、そうでない場合相手の所有物を強請れば貰えると誤認する性質の人間が少なからず存在する。
ましてや無償で上げるとなると、搾取可能な相手だと認識されかねない――と、利益を掠め取ろうと集る者が現れがちな環境に属する寿尚や詠は考えていて、それは額の大小に関わらず成立するというのも理解している。
そのような人間に目を付けられるのは、玉生のような環境の人間にとっては死活問題になりかねないだろう。
それで彼らは普段から玉生には、「相手の狡い心を育てる事もあるから、なるべくなら“上げる”という言葉は使わないように」と言い聞かせているのだ。
以前からそういうタイプに多少の心当たりがあって、その理屈を最近の相続関係で会った親族の姿で納得したので、最近は玉生も意識して実行するようにしている。

「じゃあ、後日うちの接待部に話を持っていくので、定価でよろしくね」

 寿尚の家での取引時、舌が肥えていて迂闊な物はお出しできない御方を相手取る場合には、この手のアピールしやすい要素は重要である。

「うちはこのお茶を家に。僕の荷物を運ばせる時、侍従と取り引きを頼む」

 詠の家は煩わされずに研究に没頭するため表向きの華族の位を返上したのだが、時々家の方にそれを口実に押し掛けて来る者がいて、それに対しては隙を見せないでいる必要があるため、お茶の一つにも気が抜けないのだ。

「うん。高等予科に行こうかと思っているから、その費用にするね」
「たまが自力で頑張らなくても、必要経費は遺産から振り込まれると思うけど。後見人か遺産管理している弁護士から、どうするつもりか連絡あるんじゃないかな」
「どうせなら僕と高等学校にまで行けばいい」

 思い切って宣言した玉生に対してなんでもない事のように返されたが、今の状況をまだ理解できていない彼にとっては、言ってはみたが実際にそれが実現可能かどうか本当に期待していいものかどうか、どうしてもそんな気持ちが抜けてはいないのだった。
そんな玉生をよそに、自分たちの思い込みだけで玉生の進路にお節介にも口を挟んでいるのではないと分かった上に、『言質は取った』ので後はどうとでも言い包められると、策士な友人たちは実は心中でひっそりと満足していたのであった。


 そうしているうちに、キッチンからコーヒーの匂いが漂って来た。

「あっ、んと、鞄からビスケット取ってくるね」

 そう言ってカウンターに向かった玉生は、そこに置いていた鞄から市販の定番と言われるビスケットを取り出す。

「お、丸ビスケか、菓子鉢があるけどいるか? あとベッドトレイがあったからテーブル代わりにな」

 そう言って翠星は菓子鉢と菓子の取り皿を軽く洗うと水分を拭き取って玉生にヒョイと渡し、ついでに小脇に抱えられる小さな折り畳みテーブルをカウンター下の収納スペースから取り上げて台の上に載せた。
それから改めてサイフォンで淹れたてのコーヒーを、調理台に置かれた色違いのマグカップに注いでいく。
いくつかミルクの混ざった色の中でも、ほぼミルクコーヒーと言いたくなるほどに明るい茶色は玉生の分だろう。
チョコレートもあるという事でみんな砂糖はいらないそうで玉生もミルクだけ加えるのを希望したのだが、出された物は残さないが苦い物も辛い物も実は得意ではないのは承知しているので、翠星が気を利かせた結果に違いない。
カップの色も赤で「くらタマのはこれな」とトレイに載せる時に、少し玉生にかざして見せた。
玉生もビスケットを菓子鉢にカラカラと移しながら、「ありがとう」と礼を言う。


「おーい、そろそろはじめちゃうぞ~」l

 かけるに急かされた二人は慌ててトレイを持って、ソファーへと向かったのだった。

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