上 下
26 / 66
玉生ホーム探検隊

玉生ホーム探検隊 7

しおりを挟む


「ほら、くらタマ。早く開いてみようぜ」

 縁側のカーテンをシャッと勢い良く引いたかけるが、薄暗かった室内に光を取り込んで障子に向かって指を振る。
促された玉生たまおが、やや戸惑いながら和室と思しき部屋の障子をそっと引くと――

「わあっ」

 思わずそんな声が出た。
そこは、部屋の手前寄りに長方形の大きな炬燵が据えられたみんなで余裕を持って雑魚寝できる程に広さのある畳部屋で、和箪笥や衝立などの古式ゆかしい物で家具を揃えられたまさに和の部屋だった。

「なかなか趣味の良い部屋だね」
「炬燵でアイスを食べろと言わんばかりで、これぞ贅沢の極みってヤツか。至れり尽くせりだなぁ」

 その手の素養がない玉生でも品が良いとわかる部屋に、思い切って相続人としての立場を受け入れた気持ちが怖気づく。
そして「いいのかな? いいのかな?」と再び腰が引けてしまうのに、「たま以外には譲りたくなかったという事で納得したらいいよ」と寿尚すなおが諭すように言ってきた。

「なぜかこういう時だけ駆け付けて来る親類縁者がいるから、いざという時の手続きをしていたという可能性が高い」

 物事を語る言葉がストレートなよみが核心を突き、母親の葬儀ではじめてまともに顔を合わせた親戚という人たちを思い浮かべた玉生は、彼らに対してまったく好意を抱けなかったのを改めて思い出す。

玉子たまこの代わりにアンタにたからからの援助が来たら、すぐにこっちに報せるのよ!』
『どうせ母親と一緒で、お前が持ってても無駄になるだけだからな。まったく宝の奴は恩知らずで、これだから――』

 まともにお悔やみの言葉もなく、そんな事ばかりクドクドと玉生に言うばかりの知らない人たちだった。
ずっと母や叔父にもあんな態度で、それで叔父が自分を選んでくれたのなら、と考え玉生は自分を励ます様に大きく頷いた。

「うん、叔父さんが僕に残してくれた物を、無駄にしちゃいけないんだよね」

 変に頑固なところがあるのでそこを心配していた友人たちは、そう頷いた玉生にようやく安心し、詠ですら珍しくその顔に柔らかな笑みを浮かべた。

「そう、感謝と共に受け取るが孝行。遠慮してもいい事はない」
「それにね、最初はちょっと分けてくれとか控え目でも、最終的には全部寄越せとか言い出したりする輩もいるから調子にのせたら――」

 そこでちいたまがごそごそと動き出し、茶トラに突かれてそれに気付いた寿尚が「おっと、ミルクの時間だ。これから三十分休憩ね」と当然のようにそれを要求したのは言うまでなく、しばらくそこで休憩となった。

「あ、じゃあちょっとそこ見てきていいっすか?」

 ずっと温室のジャングルが気になっていたらしい翠星すいせいがそう尋ねると、駆も目の前にして探検気分が刺激されたらしく「あんまり奥でウロウロしないで、時間には注意しなよね」とお許しが出た途端に立ち上がる。
鞄を置いて身軽になったので余計に浮かれているようで、注意も半分は聞こえていない様子で競うように早足で玄関に向かって行った。
それでも決して駆け出さないのは、この二人は過去に屋内で走って「同行者に恥をかかせるんじゃないよ」とすでに教育的指導をされ懲りていたからだというのは余談である。

「そこには庭用の下駄かサンダルでも置くといいかもね。でも奥に行くには足元が不用心かな?」

 畳の上でアグラをかいてちいたまのミルクを作っていた寿尚が縁側に目をやると、カウチソファーに腰を下ろしていた詠が持ち歩いていた鞄から箱を取り出し、その中から新品の靴を取り出した。

「家の状態がわからないから念の為、持って来た」

 そう言って縁側にそっと置いた靴は、辛子色に茶色の糸で幾何学模様の刺繍がされた一見スリッパのような作りで、踵部分がペタリと平らに潰された皮製品の様だった。

「おや、お洒落だね。たしか 摩洛哥モロッコのバブーシュとかいう伝統的な履物だったと思うけど」
「僕が靴の踵を潰して履いていたのを思い出して、見掛けた時にちょうどいいと思って買ったらしい。貰った箱のまま放置して忘れていた」

 二人の会話を聞くとはなしに耳に入れながら部屋の中を見渡していた玉生は、和箪笥の上にオブジェの様に置かれた急須と湯呑に気付き、食料庫にお茶らしき物があったのを思い出した。
それで「お茶、入れてくるね」と一度洗ってしまおうと、お盆に載ったままの急須と湯呑を持って台所へと向かう。
スポンジも洗剤もあったので軽く洗いながら、ふと『お水はそのまま使っても大丈夫かな?』と考えて手で掬って口を付けてみたが、むしろミネラルウォーターと変わらない味のように思う。
傍野はたのがすぐに使えると言っていたのは、そこまで確認済みという事だったのだろうと玉生は納得した。
四つ口もあるガス焜炉に乗ったままだった空のケトルをザッと洗って湯を沸かす間に、食料庫でお茶とできればお茶請けになりそうな物をと探した中から茶筒と共に、日尾野家で見た覚えのあるクッキーの缶を見付けて手に取る。
これはアソートで「飲み物に合わせて、自分の好みに組み合わせるのがコンセプトでね」と寿尚に聞いた事があるので、缶ごと出せばまず外れはないだろう。
そこでふと、口の肥えた寿尚や出された物は残さないが実は評価が厳しい詠に、玉生が急須で美味しいお茶を入れられるのかが気になって手にした茶筒を戻してしまう。
玉生にとってのお茶とは、大きな薬缶にお茶のパックを適当に放り込むという院での飲み方のイメージが強い。

「……紅茶なら、お店で入れ方とか習ったし」


「そんなわけで紅茶にしたんだ?」

 湯呑に口を付けて動きが止まった詠に何事かと思えば「思っていたのと違う味だった」と珍しく呆然と呟いた姿に、ミルクを飲ませたちいたまを茶トラに渡した寿尚は笑ってしまった。

「クッキーと一緒なら、いいかなあと思って……日本茶は院では大きな薬缶で適当に入れていたから、紅茶の方が入れ方教わっただけ美味しくできるはずだし」
「うんうん、美味しく入れられているよ。でもカレーがあるから、クッキーは控えめにしないとね」
「では、せっかくなのでこのバタークッキーを一枚だけ貰おう」

 そう言って缶を開いた詠が一枚取って囓ると、続いてナッツ入りの物を手に取った寿尚に「たまは、チョコレートチップが入っているのが好きだよね」と微笑まれ、玉生もえへっと照れくさく笑いながらそれを美味しくいただいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。 その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。 ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。 10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。 *本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています *配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします *主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。 *主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

しゃむしぇる
ファンタジー
 こちらの作品はカクヨム様にて先行公開中です。外部URLを連携しておきましたので、気になる方はそちらから……。  職場の上司に毎日暴力を振るわれていた主人公が、ある日危険なパワハラでお失くなりに!?  そして気付いたら異世界に!?転生した主人公は異世界のまだ見ぬ食材を求め世界中を旅します。  異世界を巡りながらそのついでに世界の危機も救う。  そんなお話です。  普段の料理に使えるような小技やもっと美味しくなる方法等も紹介できたらなと思ってます。  この作品は「小説家になろう」様及び「カクヨム」様、「pixiv」様でも掲載しています。  ご感想はこちらでは受け付けません。他サイトにてお願いいたします。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】 転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた! 元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。 相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ! ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。 お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。 金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

処理中です...