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ちいたまも一緒

ちいたまも一緒 5

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「それで話とは?」

 本人としては特に人嫌いというわけではないが、前置きもなく本題から入るのがよみという人間の取っ付きの悪さに一役買っているのは間違いない。
悪意には敏感な玉生たまおは愛想がないのと相手にする気がないのとの違いは雰囲気で判断できるので、その手の機微からのすれ違いがなかったのも、彼らがすぐに友人としての関係が築けた大きな理由の一つだろう。

「うん、あのね、前に話してた孤児院を出た後の問題が解決しそうなんだ」
「……国の斡旋で訓練所に行くと言うのなら、当然僕は反対だからな。どこの県に行くのか分からないんだぞ。孤児院を出るにしても、うちか日尾野ひびのの家で下宿して先を決めたらいいんだ」

 この話題が出てからずっとその主張を曲げない詠は、ムッとした顔で目を逸らし両腕を組んだ。

「うん、僕のお母さんが亡くなった時にお母さんの弟さんから僕への遺産があるって、その僕の叔父さんが頼んでくれていた後見人の人が知らせに来てくれたんだ。それで都心のすぐ近くに住める所を相続したからそれはもう大丈夫」

 玉生が慌ててそう言うと微妙に疑わし気に「――そうなのか?」と詠はこちらに視線を戻した。
 

「はい、お待たせしました。ゆっくり食べていってね」

 昼時がそろそろ終わって余裕ができたのか、ランチを自ら運んで来た主人が常連の少年たちに目尻にシワを寄せて声をかけたのに、玉生はペコリとお辞儀をしてからスプーンを手に取る。 
それからは今日のランチセットのマグカップのスープに卵のサラダとメインのチキンカレーを揃って黙々と食べて、程よく冷めたスパイスミルクをゆっくりと飲みながら話の続きに戻った。

「それでね、そこがすごく広い場所で一人で暮らす自信がなくて、なお君たちにも相談したら共同生活しようって。それでね、詠君もおうちで一人の時が多いから一緒にどうかなって」

 そこまで話してから、こちらの都合だけで一方的な勧めだったかと思い至って、「あ、やっぱり、自分のおうちあるから……」とわたわたと慌てだす玉生に、詠は半目になった。

「どうせあの猫男だって、立派な屋敷があるのに同居する気だろ」

 玉生が「猫男?」と首を傾げると「見た目はハスキー犬だけどな」と詠に続けられ、すぐに誰の事か思い当たったらしく、「尚君、たしかにすっごく猫が好きだけど」とつい笑ってしまってからブンブンと首を振った。

「え、と。尚君はね、僕がその相続した所の庭で拾って届けた猫が、自分のお家の猫と一緒に飼うのは小さくて心配だって。それに、お世話する人がいない生活もやってみるべきだろうって」
「――うちの親が前から筑波の学術都市に招致されているのに、引き継ぎは僕が独り立ちする頃まではかかりそうだとか言っている。本当は向こうの研究の方が本命だしもういい頃合いだから、自分も玉生の共同生活に参加して送り出す」

 詠は少し考えた様だが、すぐに自分の中で結論が出たらしくキッパリと言った。

「え、あの、僕は嬉しいんだけど、まず小父さんと小母さんに話してから……あ、次の週末の土日にみんなで泊まりで見に行こうってなってるから、その時に見てから決めるとかでもいいんじゃないかなっ?」

 詠としては自分の中ではもうその気なのだが「一理ある」と納得して、まずは週末の探検に参加する事となった。

「じゃあ僕は次の子が早く入れるように、孤児院の片付けとか色々と準備とか終わらせておかないとだから、今日は帰るね。えーと、待ち合わせは図書館の前のバス停でいい? 都合が悪い様ならここの玄関口の掲示板にメッセージ書いてね」

 言いたい事は言えたというように「はぁ……」と息を吐いた玉生は、残りのスパイスミルクをぐっと飲み干して立ち上がり「じゃあ、またね」と手を振って帰って行った。
残った詠はカップの中身をゆっくりと口にしながら、「一人暮らしについての雑誌とか、参考になるか? それとも引っ越しについての方か?」と、こちらもこれからの予定を立てるのだった。





 それから玉生は思い立ったが吉日と、孤児院の院長に「譲渡先の住居に早ければ来週にでも引っ越せそうなので」と報告し、荷物をまとめたら
すぐにでも退院の手続きをしたいと申し出た。

「後見人の方からもある程度の事情は聞いているが、春に高等科を卒業した後にどうするのかは考えているのかね?」
「はい。少し余裕ができたので、もう一年高等予科へ行こうと希望しています」

 院長は頷いて「行き詰まる事があれば、早いうちに国の斡旋所か役所に相談しなさい。窓口で尋ねればその人の必要な部所へ案内してくれるはずだ」と二~三のアドバイスをして「どうしょうもなくなったら訪ねて来るといい」と最後に付け加えてあっさりと院の退去が許可された。
玉生が義務教育の通常科から高等科へ進学して孤児としては充分な学歴である上、おそらく後見人の傍野はたのがうまく説明したのだろう。
 常に子供が出たり入ったりしている孤児院では問題児の世話に忙しく、職員からしたら玉生のように手のかからない子供は影が薄く、院生と別れを惜しむにもまだ幼かった玉生が世話になった世代はもう実業学校へ進むなりして社会に出ているのだ。
そして、現時点で百人の定員は男女ごといくつかに別れて班を作り問題が出ると入れ替えるので、交流上手ならあちこちに友達ができていたのだろうが、あいにくと玉生は社交的な性格というわけではなかった。
 孤児院の中での玉生は、気の利いた年長者が声をかける事でもなければ、院内の廊下や踊り場の窓際などあちこちに置かれている棚の本を繰り返し読み歩く子供で、本人はそんなつもりではなくても読書に夢中になると反応が悪くなるため、付き合いの悪い子だと思われ遊びに誘われないという状況にもなった。
そしてアルバイトのため出歩く頃になると、さらに図書館に入り浸るようになるのは必然的な事だった。
しかも、図書館で本を借りて持ち帰るといつの間にか破損していたり勝手に持って行かれたりしたので、どうしても読み切れないがすぐに貸し出されてしまう人気の本などは、学校で仲良くなっていた寿尚すなおに「外泊許可もらってうちで読めば?」と勧められ自由時間も外出する様になった。
そんなこんなで院では親しい相手などできなかったのは、当然の結果というものであっただろう。
 今も『最後の日にはみんなに、何か珍しい甘味でも差し入れしたいな』くらいには思っているが、正直いつまでたってもこの場所は自宅という認識にはなりそうもない。
それに、個人的に親交がある者とは正月の年賀状をやり取りしている。
今年の年末には新居に落ち着いてそれでまとめて報告できるといいと思いながら、玉生は孤児院で割り当てられていた部屋を片付けるのだった。


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