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ちいたまも一緒

ちいたまも一緒 4

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 東の商業都市である都町とちょうにある国営図書館の前で、玉生たまおは自転二輪車の荷台からトンと軽やかに下りた。

「翠君はそのまま帰っちゃうの?」

 翠星すいせいも玉生たちほどではなくとも、それなりに本は読む。
彼曰く「娯楽の少ない田舎の暮らしは晴耕雨読」なのだそうだ。

「引っ越すんなら荷物まとめたり片付けたり、まあ色々やらなきゃいかんだろ? 今日からがんばるわ」

 そう言って陽の光の下で眩しい、適当に括ったような金髪を背中に揺らして帰って行った。


 今はちょうどお昼時だが、よみは寝食を忘れて本に没頭してしまうタイプだ。
それで彼の両親には、気難しい息子にできた友人である玉生が当てにされ「食事時に詠を見かけたら誘ってやってほしい。行き付けの国営図書館なら1階に併設の喫茶店でまとめ払いにしておくから、玉生君も好きな物をぜひ一緒に」と頼まれているのだ。
奢りについては遠慮しようとしたのだが「それでは詠も食べないから」と説得され、喫茶店の主人にまで話が付けられていて、マトモなメニューを注文するまで「ご注文は?」と繰り返し許してくれないので、最近は詠が本日のランチセットを「いつもの二つ」でまとめてしまうのだった。


 玉生が覗いた館内では、今日もいつもと同じ様に司書のいるカウンターから少しだけ離れた場所で、詠が熱心に文字を追っていた。
詠曰く、あまり近いと貸し出しや返却のやり取りが気になるが、司書の目の届く範囲内だと騒がしい利用者にはすぐに注意が入るので、人の出入りの多い図書館では煩わされず読書に集中できる好位置なのだそうだ。
 今はお昼時のせいでカウンターの辺りはその時間を利用しているらしい人の出入りがあるが、それ以外の場所は人がまばらで椅子の背と背の間も通りやすく、玉生はすぐに目標である痩せた中背の背中まで辿り着けたのだった。

「詠君、お昼だよ。それに話したい事もあるんだ」

 小さく声をかけた玉生を振り仰ぐ黒縁メガネの彼は、切りがよかったのか素直に「分かった」と頷いて本を閉じた。


 その黒縁メガネの主は富本とみもと詠という名で、学区が別で通う学校は違うが玉生とは同学年の友人である。
詠の家から直近の図書館は本の傾向が好みと違っているらしく、休日や長めに時間がある時はバスを使ってこちらに来ているのだ。
詠の両親は学者で江都えとの研究施設に努めていて、この図書館にも資料を探す目的や気分転換で来たりと頻繁に訪れているという。
それで司書とも懇意にしており、その息子がうっかり遅くまで本に没頭していても知り合いの司書から連絡がいき、親の帰宅時に連れ帰るというのもここではよくある光景であるらしい。

 そんな詠と玉生の出会い当初は、玉生の数少ない娯楽スポットである図書館の利用者同士で互いになんとなく顔を見知っていただけだったのだが、今では本の感想も含めた雑談もする仲になっている。
 その親しくなった切っ掛けは、詠が以前に読んでどうしても展開が不可解だった本を手にしてる同世代と思われる少年を見かけ、その疑問について尋ねた事だった。
その時に詠が話しかけた相手の少年が玉生で、それから見かけると会話をするようになり、気付けば読書仲間となっていたのである。
 感想について語り合うというのはある意味、自分の内面を晒し合う様なものなので見解の相違で決裂する事なくそれが続くのだから、彼らは馬が合っているといっても過言ではないのだろう。


「いつもの二つ」

 そう喫茶店の主人に頼んで、スタスタと奥の観葉植物の陰にある席に向かう詠の後に付いて、玉生もそこに腰を下ろした。
そこは二人掛けの見るからに窮屈な席で、中肉中背でも成人男性ならば頭や肘・膝など油断すると壁や観葉植物にぶつかってしまう狭い空間だ。
なので他人と隔離された空間を好むにしても余程偏屈でなければ、パネルで左右と背後を囲んだ一人用ソファーの設置された窓際にあるカウンター席を利用する。
そもそもその詠の愛用する席は、館内に一人でいる子供を保護者の迎えが来るまでの間、不心得者の目から隠す目的のためにひっそりと設置されている物なのだ。
 国営の施設に付属して商売をするにはそういうモラルのある経営者を優先して継続させているので、長く店舗を構えているだけで国から良店としてのお墨付きを貰っているも同然で、当然この店も読書家たちから東都の国営図書館内名物喫茶として知られている。
 詠は玉生と知り合う前からたびたびここで保護されていた常連なので、主人の方もその接客を心得ていてメニューを選ぶのが面倒な詠と遠慮しがちな玉生には、日替わりランチのセットを出すのが定番となっているのだ。
それでも時々は作品の食事シーンで描写されていたのか、詠の方からメニューを選んで注文する事もあるので油断はできないが、常連の中には変わり者が多いので多少のアドリブに対応するのは慣れっこの主人なのである。


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