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たまの事 5
しおりを挟むぅなぁ~ぉ
「……」
ぅなぁん
「……まだ少し余裕はあるんですが、後日に改めて、その――」
片手でも握り込めそうにガリガリなハチワレの子猫を、「念のために持って来てよかった」と斜め掛けにした鞄から取り出したタオルでくるんだ玉生は、辺りをキョロキョロと見回している。
「こんなにガリガリなのが一匹だけでいるなら、もう迎えは来ないものらしいぜ」
野良は弱った子供を連れては行かない、そういう話を耳にしたことがあるとの|傍野(はたの》の言葉に、もう鳴きもせずタオル越しの体温と僅かにムズがる動きでしかその生存もわからないような子猫に、玉生の眉が下がる。
柵の外に停車していた車まで歩きながら少し考え込んでいた玉生は、助手席に乗り込みながらその結論を口にした。
「『捨て猫をみつけたら、絶対に自分の所まで連れて来るように!』と普段から言っている友達にこの子を渡したら、すぐアルバイトの時間になると思うので、来週にでも出直して来ようと思います」
その友人は、今日も「用事がなければ付いて行くのに」と言ってくれていて、帰りに一度顔を出すようにと念を押されている。
多分、彼なら他のみんなも誘って一緒に見て回ろうと言い出しそうな気がするので、今後ここに住む事を考えるとむしろこちらからそれを頼んだ方がいいのかもしれないと思い、『相談してみよう』と玉生は結論を出した。
それに、心配していたよりも都心から離れていないので、「広い庭が自由になるなら、畑作って変わった野菜を育てて食べたい」と言っていた友人や、「最近うちの近所の空き地で工事はじまってさー、ちょっと身体動かすのにいい場所だったんだけどなー」とボヤいていた友人ならここで同居してくれるかもしれない。
「――改めて、友人を誘って探検してみます」
玉生が前向きな気持ちでその気になったのに傍野もホッとしたようで「おう。ちなみに電気は点くし水も流れるからすぐ生活できるんだぜ」と言って、来る時も案内した道の説明などを念のためにもう一度おさらいしてくれる。
玉生も行きは緊張から上の空状態で通った道に今ひとつの自信が持てなかったので、今度は注意して目印になりそうな物などに気を付けて車窓を見た。
流れる景色は自然に溢れ屋敷の周囲を覆い隠しているような印象すらあるが、不思議な程に閉鎖的といった負の感情にはつながらない。
そんな緑を抜け、アスファルトで舗装された車道へ出る前の砂利道で車を停止させた傍野が、窓を開けてからクイクイと親指で道の脇を示す。
玉生が身を乗り出して見ると、鉄のポールに付いた白地のプレートに赤で注意書きと大きな丸、その丸の中に白い横棒が一本というよく街で見かける標識と似たマークが記されていた。
「私有地の入り口はその進入禁止の標識が目印にもなるからな。で、向かいは蔵地バス停と郵便局、分かりやすいだろ?」
車ではこちらが近道になるからと、通りに出てから今度は路面電車の停留所を横切るのに「思ってたよりも近い?」と玉生は思わず呟いた。
「あの家からこの辺まで車で十分として、余裕を見て自転二輪で三倍弱、歩きで九倍弱くらいだろうな。バスはそっち行きの路線もあるけど、蔵地の街辺りは人気があるから混んでる時間に当たると大変みたいだぜ」
傍野の言葉に思い返してみれば、郵便局の向こう側はキレイに整備された通りが続く、いかにも開発された街の印象だった気がする。
自然の緑が壁になっている家側から見たら、道を横断しただけで街中に出られるが喧騒からは遮断された利便性のいい立地だと言えるだろう。
そうしているうちに気付いたら玉生も知っている場所に出ていて、そこからは近道を選んでくれたらしく目的地まではあっという間だった。
すぐそこが友人の家だと言うと、門の前で車を停車させてから、「おっと、忘れるとこだった」と傍野はキーケースにまとめられた家の鍵束を玉生に渡してきた。
それを鞄に慎重に仕舞ってからタオルごと子猫をそっと抱える玉生の動きを目で追いながら「困った事でも聞きたい事でも、何かあったら遠慮なく連絡よこすといいよ」と言い置いた傍野は、その内心で『敷地内に入れたって事は“あの家”も認めたって事だろうから、後はどうにでもなるだろ』と肩の荷を下ろした。
しかし、と玉生の背中を見送り、「あのちび猫は、ヤツの仕込みか?」と呟いて去って行ったのだった。
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