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無人なだけで、非日常
しおりを挟む物音一つしなかった所にいきなりの電子音。
ドキンとした弾みで音源のスマホでお手玉をしてしまい、「やっぱりストラップは正義」と胸を撫で下ろした。
ここでちょっと落ち着こうと息を吐いた彼女は、次いでスマホを持ち直し改めて電源を入れる。
ホーム画面を待ちながら、頬に被さり垂れ掛かっていた長い髪を背後に戻そうと首を左右に大きく振った。
すると顎が上向いて自然に広がった視界に、意識の外だった周囲の様子が目に入ってくる。
前方に見える駅ビルに接続されたペデストリアンデッキにも、やはり人の影は見当たらない。
その高架橋に設置されたベンチでは、早朝の散歩が日課という近所の住人がよく世間話をしていたりもするのだが。
すぐ横の車道も、普段は信号待ちの行列になりがちなのに、相変わらず車一台通らないのだ。
『明らかに今、確実に違和感があるのは誤魔化しようがない。
とはいえ、たまたま偶然このタイミングでこの界隈――というか認識できる範囲に人がいないだけ、という可能性も皆無ではない。筈』
そうやって何の問題もないと心の中で自分に言い聞かせているのは、実はホラーっぽい展開が頭を過ぎるのを阻止したいからである。
口に出したらフラグになるというテンプレが本気で実現すると思ったわけではないが、広くて無音の場所に一人きりというのはなかなか精神に来るものがあると彼女は知った。
正直な所こうして気を反らしているうちに日常が戻って、馬鹿馬鹿しい妄想だったと全てを笑い飛ばしてしまいたいのだ。
メールを開くほんの僅かな時間もいわゆる「怖い考え」になるのを防ごうと、思考が途切れない様に彼女は自分の中に日常性を求め続ける。
『タイミングの問題なのか、他に突発的な理由があるのか』
そう、常識的に考えれば何でもない、ただの閑静な住宅街なだけだ。
「いつも賑やかな通りが無人なだけで、非日常体験ができるんだなぁ……」
スマホに目を落としながら知らず小さく呟いたのは、やはり空気に飲まれていたせいに違いない。
しかしメールの差出人を見て、顔色が一気に明るくなる。
「ゐゑを氏!」
相手はリアルの友人知人を含め、ここ数年彼女の一番親しいネッ友の“ゐゑを”だった。
<おそらくいい年をした大人の男子>で、<おそらく不労所得者>だとネット上では推定されている人物である。
彼女“doodle”も<文学少女の皮を被った隠れ陰キャ>であることや、<これは図書委員>と正しく推定されているので、ゐゑをの分析もそう外れてもいないのではないかと思っている。
多少行間を読むのに難ありな人ではあるが、わざと頓珍漢な事を言っているわけでもなさそうで、その直截な物言いは信用度が高い。
その点に関しては<文化圏の違う日本オタクかも?>との説もあり、妙なネタに関して情報通だが一般ズレしているのが玉に瑕というのが総合評価とされている。
そんな言葉の裏の感情を読み取る以外には隙の無い相手から、実に間のいいコンタクトである。
これで現状打破できると、いそいそメールを開く。
<突然だけど、今のキミは
”1・地上に残された最後の一人”
“2・幻影とか残像とか、そういう場所に迷い込んだ”
さあ、どっち?>
「え……このタイミングで……? ナニ? これ、ドッキリ?」
混乱しながらもいつものノリで返信できたのは、この手のネタを振ってくるのが「ゐゑをあるある」でこなれたパターンだからであろう。
<3 ホントはまだおフトンのなかぁ~>
ウケを狙う余裕はなく、心からの望みを直球で返すと――
次の瞬間、自分の部屋でハッと彼女は目覚めた。
「夢ぇ?」
あんなリアルな夢など見たのは初めてで、寸前まで立っていたアスファルトの感触も足の裏にまだありありと残っている。
その余韻で激しく脈打つ自分の鼓動に驚いて、彼女はしばらくの間そのまま動けずにいた。
「は~ぁ……って、うん?」
遮光カーテンから光が漏れているのに彼女が気付いたのは、深く息を吐いて落ち着いた頃であった。
もう朝だとは思ったのだが、今は例え遅刻になろうとも急いで家を飛び出すには気力が不足しているのだ。
それでもとりあえず時間を確かめようと、陸のアザラシの様な動きでのそのそと起き上がってみる。
しかし正直言って立ち上がるのも億劫で、ベッドに腰掛けたままサイドテーブルに手を伸ばす。
すると薄闇の中ランプがチカチカと、メールの着信を伝えているのにギクリとする。
つい先程までの悪夢が甦りそうになり、思わず目をぎゅっと瞑ってから、おそるおそる手にしたスマホ画面をタップした。
送信者に関しては『来るきっと来る』と予想して構えていたのだが、件名に表示されたその内容は――
<ゐゑを>
<残念。夢オチではない>
夢が夢ではなかったとの追い打ちメッセージに、愕然とした瞬間。
彼女の耳に聞こえたパチンという音と共に、辺りは目を開けていられない程の光が溢れた。
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