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ぼくは帰って来た男 9
普通の男の子に軌道修正したい勇者
しおりを挟むとにかく力の事にしろ何にしろ、『これは面倒な事になりそうだ』と気になった時点で対処するのが平穏に暮らすためのコツだ。
まあ彼の場合は気のせいにして後に回そうとしても、勇が「なんでー?」と許してくれないと思うのだが。
こうやって考えてみると、もし本来の勇者であった自分だけで“来見勇”をやり直していたら、「面倒」を連発してさぞ退屈な人生を送っていたに違いない。
何と言っても父親を亡くして直ぐに母親を残したまま勇者として異世界に呼ばれ、まだ幼い身でその地のために戦う事を強制されたのだ。
そんな運命に「なんで?」と問う幼い勇者の疑問に答えは返らず、そのうち何が起きても「そんなもんだろう」と彼は悩むのを止めた。
そういう生き方が身に付いていた所に心の準備も無く、その始まりの時まで戻されたのには正直困惑も大きかったが、おかげで父親の事故死を阻止して「もしも」と夢に見たあの日に帰って来れたのである。
そして父と母が揃った幸せな暮らしにこれまでの苦難の時は報われたが、勇者はすっかり燃え尽きて気が抜けた状態になってしまった。
そんな中で日々を楽しもうと誘う様な勇の率直さは、見守る姿勢で時々アドバイスらしきもので参加するだけの彼に、癒しと共にカタルシスをもたらしているのだ。
なので勇者の方が主体になって身体を動かすのは、夜に両親に見つからない様にこっそりと移動する時や、勇の判断が遅れて間に合わず代わりに対応した時などの突発時に限られている。
そんな時の勇は、自分の身体が勝手に動くのが車の助手席に乗っている時の様な感じらしくむしろきゃっきゃと面白がっているのだが、やはり自分が率先して身体を動かそうという気持ちはにはならない勇者なのだ。
それに勇者の過酷な中で培った勘と予測で生きるのは、表にしたカードで神経衰弱をするも同然で勇が早々人生に飽きてしまう恐れがある。
これからも勇は普通に小学校に通って子供らしく甘えて両親孝行もする――それこそが勇者がずっと望んでいたノスタルジックだった。
そんな内なる勇者の存在に気付いているのかいないのか、サインは「ボクだってちゃんと小学校にも通って、彼のクルミ女史に言われた『ヒトとしての欠け』というモノを学んだのでね」と早朝に車で学校まで送ってくれる事がある。
勇の学校が連休の時などにサイン宅で泊まり込み、実験をしていて三人揃って興に乗り、気付くと連休明けの朝だったパターンの時だ。
スキルや術を使えばいくらでも誤魔化せるのだが、少なくとも子供のうちは必要以上に世間とズレないで、普通に育って親孝行もしたいという勇者の意見に勇も賛成している。
それで勇からその希望を聞いたサインがこうやって車を出してくれたりするので、普通を逸脱し過ぎずに済んで助かっているのだ。
なお、こういう時に体力的には特にチートがあるわけでもない美玖は、徹夜明けと気付いた時点で一気に睡魔に襲われる。
勇が実験途中のオーパーツを「ちゃんとお片付け」している間にも、美玖は頭をグラグラとさせながら「目が開かない……」とその場で力尽きかけているのだ。
その美玖を今では実際に彼女の寝床になっているアルコーブベッドまで送り出してから、サインは勇を学校に送り自分も出社するのである。
彼らは完全なるインドア派だったクルミと違って、魔物の大群を相手に眠る間も無く連戦を繰り返した結果身に付いた“活力のチャージ”スキルで、長期間睡眠無しでも普通に生活ができてしまう。
一応それに匹敵するポーションもそれぞれ次元倉庫に所持しているが、「ゾンビが出た時のために取っておくんだもん」という勇の発言と、美味くも不味くもないという微妙さで、何となく『コレ飲んでまで頑張らなくてもいいか』的な空気になりそのままキープされている。
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