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ぼくは帰って来た男 9
異世界の思い出・女の争いの話
しおりを挟むしかし件の侯爵令嬢は、その後も医者の診察でも問題無く健康体で睡眠の時間も充分だというのに、日に日に目の下のクマが濃くなっていった。
「私が寝言を言うなど乳母も聞いた事が無いそうよ。でも控えの間の侍女たちが、夜中に誰かのブツブツ言う呟きを耳にしたと怯えているわ」
「はい、私共もお嬢様の就寝前に、部屋の中も戸締まりも異常が無いかの確認はしてます。ですが……」
「実際、“普通は見えない存在”っていますしね。まあ今晩はボクが見守っているから、安眠できるんではないかな」
その晩の侯爵邸では異常現象に対応できる術者を部屋の周囲に配し、万全を期して彼女の知人であり同性のクルミも寝室に待機した。
呪いに関しては儀式や呪具や念、さらに生き霊由来死霊由来とその内容は多岐に渡り、それぞれに適した対応がある。
呪われた本人はもちろん呪った方にも影響があるため、正体が不明の場合に余裕があるのなら、呪い返しは自重するのが一般的だ。
というのも呪いに関しては、上流階級の女性が無意識のうちに引き起こす場合も多く忖度せざるを得ないというのがその理由で、実際に逆恨みされても面白くないので心得た術者は対策をしてそれに臨む。
この場合はその対象が侯爵令嬢で次期王妃の最有力候補であるいう事から、例え公爵家や王族の傍系であっても権力で押し退けるには難しいので、術者たちも問題無く派遣されて来たのだ。
もっとも死に直結する程の呪いでは無いのでクルミだけでも対処は可能ではあったのだが、相手を特定するのが優先で呪い返しは行わない予定なので目撃して証言できる人間が必要だったのである。
元々の知己があるという理由でクルミの見立てを却下される恐れもあるので、「見届け役をしていただくなら、派閥違いの術者を何人かお呼びいたしましょう」と侯爵令嬢は特に視覚的に優秀な術者を、四方に念を入れ八方向に八人派遣してもらうのだった。
術者の長老格から「術者の無駄使いではないか」とクレームがついたらしいが、次期王妃争いが関係した一件だと聞いて「なれば仕方無し」と引いてくれたそうだ。
どの候補の後ろ盾も一筋縄ではいかない高位貴族なので、万が一呪った方がその中にいた場合には一人や二人の証言ではどうにかして握り潰し、
下手をしたらこちらに自作自演の冤罪を押し付けてくるだろう事が目に見えている。
その時点でまず疑われていたのは呪われた相手を酷く罵っていた公爵令嬢だったが、普段から気に入らない事があるとすぐ悪態を吐くのでそれが逆に感情の矛先を分散させ、結果的に“そういう意味”では無害だった。
つまり彼女は物理的に攻撃を仕掛けてくる直情的な性格から、感情を溜め込んで呪うより先に癇癪を起こして直接喧嘩を売ってくると見做され、侯爵令嬢本人がこの件に関しては彼女を疑ってはいなかったのだ。
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