ぼくは帰って来た男

東坂臨里

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ぼくは帰って来た男 8

自然体ならラスボス

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 お出掛けにやや興奮気味の勇太ゆうたを、玄関口からリビングダイニングへ続く廊下でカラーボールを転がし「ほーら、とってこーい」と小学生らしく構って遊んでいたゆうの中の勇者は、『着々と足場固めてんなー』と本気出したらしいサインに感心している。
美玖みく本人も「もう、全部お任せしています」と公言している様にしか見えない態度なので、母親の歳三としみも勇の両親も胸のつかえが取れたといった様子だ。
本人が気にするかと話題には触れなかったが、やはり若い女の子が一年間も所在が明らかでなかった間の事は、気になっていたに違いない。
若い男性の一人暮らしという事を考えたら、確かに少し説明し辛いのも分かるので、記憶喪失が有耶無耶になっている部分も理解できる。
相手が好意でしてくれたこの事も、場合によっては犯罪扱いされてしまう可能性があり、実際に妙に頭の固い美玖の父親がこの場にいたらおそらくそれで話が拗れてしまっただろう事が想像できてしまうのだ。
娘が可愛いとかそういう問題からではなく、家出娘など警察にでも任せておけばいいものを、若い男がいい人ぶってで出しゃばってもそれはれっきとした犯罪で、未成年略取として犯罪人になるという事を滔々と語る姿が思い浮かぶ。
その近所では神隠しで人が消えたり現れたりするのは珍しくなく、それこそ警察は記憶喪失も本気にせず「家に早く帰りなさい」程度の対応しかなかった事などは、考慮せず「記憶喪失なんて都合よくなるわけがない」という持論一辺倒なのだ。

 そういったわけでこの問題は内々で済ませる事となり、せっかくの縁なので今は所属の浮いた美玖は、留守がちになるサインの家の事や彼の会社のアルバイトをするなどという風にいつの間にか取りまとめられていたのであった。








 後日、最近戻って来たという行方不明だった少女は、本当に記憶喪失だったのか家出少女ではなかったのかと、一年もの間保護した人物についても合わせて確認して回る者たちがいたという。
しかしその人物は、彼女をペットの世話を頼むという口実で家政婦のバイトとして雇う形で、自分はほぼ別の持ち家で寝泊まりしていたらしい。
彼女の記憶が無い事で引き籠り状態だったのは、“クルミ”という仮の名は耳にしても、連れ歩いている姿は記憶が戻って後になってから見られたという事からから虚偽は無いと認められた。


「ぼくちょっと考えすぎーって思ってたのに、うちにもケーサツ屋さんが来てびっくりしたんだもん」
「先輩って根っからのナチュラル・ボーン・ラスボスなんですねぇ」

 勇者も『アリバイ工作しないとすぐ濡れ衣を着せられて、悪の花道コースに乗せられそうだな』『これは酷い』と戦慄していた。
なお、本人は「備えておけば何とでもなる」と、もうすっかり慣れている模様。
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