ぼくは帰って来た男

東坂臨里

文字の大きさ
上 下
36 / 57
ぼくは帰って来た男 8

アリバイ工作中

しおりを挟む
 そうしてスゥーッと昇って開いた先には、まずガラスで区切られたエントランスがあり、小さなソファーセットが設置されていた。
ガラスは取っ手が付いた扉になっていて、そこにあるスロットが部外者のオフィスへの無断侵入を拒む様になっているらしい。
そのガラス越しには、会議に便利そうなオープンスペースや幾つかのブース状の個人スペースが確認でき、何人か就業中の者もいる。
休憩スペースに見えるカウンターの一部は、よく見るとこのエントランスから直接回り込める構造になっているのが分かった。

 思ってたよりもずっと本格的な会社にポカンとする美玖みくに、「むこうでもお城とか、けん者のおじーちゃんのおうちとか、大きいところいっぱいあったよねえ」と六歳児は冷静に突っ込んだ。
彼としてはサインがこのレベルの家屋を使用しているのは想定の範囲内である。
むしろ現役学生という事もあって、あえてこのビル一つ分という規模で切り良く運営しているのではないかと、勇者と意見が一致した。
言われた美玖も「確かに、国規模の施設と比べたら小規模に収めているのかも?」とクルミ時代的記憶で納得した。
美玖がクルミとして居住していた賢者の屋敷や研究施設を始め、利用していた場所を思い返してみればどこも大きい所ばかりだったのだ。
研究施設で完成させた後の商品や物資は、その運用までしっかりと保管しておく必要があり、その管理のため施設は巨大化する傾向にあった。
そのラインが複雑になればなるほど工作や中抜きといった隙を作る事になるので、場所をまとめて安全や警備に関する備えに力を入れていたのである。
当然の様に出入りする人間も限られ、そのための手続きも通行証と本人の確認など厳格なものであった。
 そういえばそのセキュリティシステムの担当はサインで、通行証の確認も門番だけでなくスキャンする装置もあって、それなりに不届き者を発見して成果を上げていたという噂は勇者も耳にしていた。
あちらでは美玖の教科書からそういう現代技術の観念を魔術に落とし込んで利用していたサインである。
こちらでは双方を掛け合わせて魔工技術として昇華させたのは当然で、二人に渡されたドッグタグもその成果なのだろう。

「今はまだデザインで売る様な単純な商品しか扱っていないからね。まあ学生のうちはこんなもんさ」

 
 タグでガラス戸を開いてオフィスに足を踏み入れたのは丁度シフトが入れ替わるタイミングで、どうやらそれは狙ったものらしい。
さり気なく「うちで預かっていたクルミの大きい方とその従弟のゆう君」を紹介された女子社員が、『そういえば聞いた事があるかも?』という顔をしている。
サインと同年代に見える男子社員の方は、「やっぱり彼女、ちょっと遠い場所の神社で神隠しに逢ってたらしくてね」というサインの話を聞いて、「ああ、三角みすみ社長と同じあの神社で?」と釣られた様に応えた。

「そう、前にも話したかな? うちの子たちの散歩してたら|胡桃《くるみ)が神社に向かって駆け出しちゃって、名前呼んで叱ったらそこに居た彼女が返事してさ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...