ぼくは帰って来た男

東坂臨里

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ぼくは帰って来た男 8

アリバイ工作中

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 そうしてスゥーッと昇って開いた先には、まずガラスで区切られたエントランスがあり、小さなソファーセットが設置されていた。
ガラスは取っ手が付いた扉になっていて、そこにあるスロットが部外者のオフィスへの無断侵入を拒む様になっているらしい。
そのガラス越しには、会議に便利そうなオープンスペースや幾つかのブース状の個人スペースが確認でき、何人か就業中の者もいる。
休憩スペースに見えるカウンターの一部は、よく見るとこのエントランスから直接回り込める構造になっているのが分かった。

 思ってたよりもずっと本格的な会社にポカンとする美玖みくに、「むこうでもお城とか、けん者のおじーちゃんのおうちとか、大きいところいっぱいあったよねえ」と六歳児は冷静に突っ込んだ。
彼としてはサインがこのレベルの家屋を使用しているのは想定の範囲内である。
むしろ現役学生という事もあって、あえてこのビル一つ分という規模で切り良く運営しているのではないかと、勇者と意見が一致した。
言われた美玖も「確かに、国規模の施設と比べたら小規模に収めているのかも?」とクルミ時代的記憶で納得した。
美玖がクルミとして居住していた賢者の屋敷や研究施設を始め、利用していた場所を思い返してみればどこも大きい所ばかりだったのだ。
研究施設で完成させた後の商品や物資は、その運用までしっかりと保管しておく必要があり、その管理のため施設は巨大化する傾向にあった。
そのラインが複雑になればなるほど工作や中抜きといった隙を作る事になるので、場所をまとめて安全や警備に関する備えに力を入れていたのである。
当然の様に出入りする人間も限られ、そのための手続きも通行証と本人の確認など厳格なものであった。
 そういえばそのセキュリティシステムの担当はサインで、通行証の確認も門番だけでなくスキャンする装置もあって、それなりに不届き者を発見して成果を上げていたという噂は勇者も耳にしていた。
あちらでは美玖の教科書からそういう現代技術の観念を魔術に落とし込んで利用していたサインである。
こちらでは双方を掛け合わせて魔工技術として昇華させたのは当然で、二人に渡されたドッグタグもその成果なのだろう。

「今はまだデザインで売る様な単純な商品しか扱っていないからね。まあ学生のうちはこんなもんさ」

 
 タグでガラス戸を開いてオフィスに足を踏み入れたのは丁度シフトが入れ替わるタイミングで、どうやらそれは狙ったものらしい。
さり気なく「うちで預かっていたクルミの大きい方とその従弟のゆう君」を紹介された女子社員が、『そういえば聞いた事があるかも?』という顔をしている。
サインと同年代に見える男子社員の方は、「やっぱり彼女、ちょっと遠い場所の神社で神隠しに逢ってたらしくてね」というサインの話を聞いて、「ああ、三角みすみ社長と同じあの神社で?」と釣られた様に応えた。

「そう、前にも話したかな? うちの子たちの散歩してたら|胡桃《くるみ)が神社に向かって駆け出しちゃって、名前呼んで叱ったらそこに居た彼女が返事してさ」

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