ぼくは帰って来た男

東坂臨里

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ぼくは帰って来た男 6

起立して整理整頓

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 その考えが正しいかどうかは、賢者が引退してしがらみが無くなった後にハッキリするだろうと思っていたのだ。
それが蓋を開ければ、賢者が引退して関係者が一斉に隠居した上に、勇者とクルミも揃って帰還という、サインに強制するネタが一気に無くなったという状況である。
後はサインの天下で国のフィクサーにでもなるとクルミは思った様だが、勇者は自由になったからこそこちらに来るだろうと思っていたのだ。
 ある意味ずっと中間管理職みたいな事をやらされていたサインなら、下剋上よりいっそ新天地で自由人としての気ままさを選ぶだろうと。

 ただ勇者が思ったよりも若い――二十歳かその位の姿ですっかりこちらに馴染んでいるのに、予想した以上に全力を出して来たなと感心した。
子供なら向こうでも行政に保護されて戸籍を取るのも比較的に楽では? と勇者が覚束無い知識からコメントしていたのを覚えていて、子供だがそこそこ自分の判断で動ける年齢を狙って調整したに違いない。


「さあ、せっかくの再開だ。お兄さんが君たちに美味しいお三時を奢って上げようじゃないか」

 本をパタンと閉じると、積まれた参考資料たちの上で“有るべき場所へ”と唱え、背表紙のラベルを指で触れていく。
するとその背ラベルの番号の示す場所にスイーっと流れる様に浮いて行き、カタンと小さな音と共にキレイに収まったのだった。

「“整理整頓”だと範囲内の物が一斉に移動するから騒がしいし、強制的に模様替えしてしまうんで一長一短でね」

 美玖みくを“起立”の呪文で立ち上がらせると、テーブルの上の彼女の私物を指定し、ピンドット柄のリュックに向けて“整理整頓”を唱える。
するとリュックの中がゴソゴソと揺れて、そちらに気を取られている隙に、散らばっていた文房具もいつの間にか消えているのだった。
少々ビビり気味の美玖が、すぐに動かなくなった自分のリュックをそっと覗き込むと、無言で蓋をして肩に背負う。
適当に放り込んでいた鞄の中が、見るからにスッキリと整えられて、激しく女子力を問われた気になった模様。
 それに一瞬だけ明らかに『ふふ』と口元を緩めたサインを見て、『クルミさんは面白い同門枠だったけど、美玖さんの方は守備範囲か……』と勇者は妙に納得した。
本人が賢すぎるとパートナーとして側に置く相手として、中途半端に賢しいのはストレスの元だが、頭が悪いのは問題外というパターンの場合、ああいう抜けてるのが癒しになるんだな、と。
六歳児も『お兄ちゃんのサインさん、美玖お姉ちゃんが好きなのかなー?』と気付いた様だが、勇者に止められる前に空気を読んで口にはしなかった。
その手の話題になると大体「だれがあんなの」「好きじゃないから!」から始まる貶し合いになって拗れるのを学校でよく見掛けるからだ。
そしてあの二人だと美玖の方が一方的に墓穴を掘るだろうから、助けを呼ばれるまで放っておこうとゆうとその中の人は意見を合わせたのだった。


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