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ぼくは帰って来た男 6
カフェオレは甘くなかった思い出
しおりを挟む勇が美玖の居た席に戻ると、チェスターコートを着た男が、積まれていた本を手にパラパラと捲っている背中が見えた。
そっと背後から近付くと、床に座り込んでいる美玖がその陰で、さっきまで腰掛けていた椅子を男との盾にしている。
ややうつむき加減の男は、美玖から観察する目付きで伺う視線を向けられているが、勇の位置からその顔はよく見えない。
しかしその記憶に残る色彩だけで、相手が誰かはすぐに特定できてしまった。
このタイミングを外す人では無いと思ったが、まさかこのタイミングで本当に居るとは思わなかった。
居ても居なくても不思議では無いが、こんなに早くこちらで会うとも思っていなかったからこその二律背反である。
こっそりと浮き足で足音を消して近付いていた勇だが、相手もすぐ気付いて「やあ、君とも久しぶりだね」と顔を向けてニコリと笑う。
彼の輪郭に沿って緩く流れるカフェオレの色は、やや垂れ気味の目と相まって、一見温和で貴族的ですらある。
そして勇にとってのカフェオレの思い出は、コーヒーを彼の髪の色になる位にミルクを入れた色の飲み物の名前だと聞いた事に始まる。
そしてそれは甘い飲み物だと聞いて、期待して口にした子供の舌には「甘くない……うそつき」という苦みを残す物だった。
それ以来、勇には「あのいろは、甘くない」という印象がしっかり根付いたのだった。
なお、コーヒーは賢者宅で常備され主にブラックで愛飲されており、彼らにとってカフェオレは凄く甘いので嘘のつもりではなかったのだが。
あの時は結局、家事メイドもこなす家令夫人に「まずお子さんに飲ませる物では無いですよ」とショコラミルクと取り換えられたのだった。
そんな思い出と直結するので、余計にそのややスモーキーな薄茶が印象に残っていたのだ。
なのでそれが記憶よりずっと若い姿でも間違いなく本人だと、そのカフェオレの色で確信できた。
しかし、ずっと研究者の印である白衣姿だった彼が、こちらのカジュアルに馴染んでいるのに無意識にスンとなる。
美玖の方はそれどころでは無いらしく、見てはいけないモノを見た顔で固まっている。
「二人ともちゃんと頑張っている様子で、安心した。普通の子になる、とかボケられたらどう返すべきかちょっと悩んでたんだよ?」
想像とは違う意味で必要な時がきた事に『やってて良かった』と引き攣る美玖に拝まれて、困ってしまう六歳児であった。
クルミ時代なら彼ともそれなりに対等にやり合えていたが、あれは正確には今の美玖ではなれるか怪しい未来の姿だ。
何と言っても本来の美玖は、勇者時代を知っているせいで六歳児相手にすら弱腰なのだ。
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