16 / 57
ぼくは帰って来た男 5
見本帳と試し書き
しおりを挟む魔法を発動させずとも、その式が陣の回路として上手く流れるかは鑑定スキルで判断できるので、余計に組み合わせと効能の差が気になるのだ。
まず分かり易いところではペンと鉛筆の違い、さらに鉛筆のBやHの濃淡や色鉛筆の質感や属性があった。
一つ一つは微々たる違いではあっても、陣の式が大掛かりであればある程に結果に差が出るという事だ。
それなら陣を描く紙の違いはどうだろうという疑問になり、手元の紙で確かめたらやはり違いがある様だった。
それで美玖は、効果的なものやコストパフォーマンスを追及するために、色々な紙とそのデータを集める事にしたのだ。
実際に紙の種類を調べるのに店だと集中できないが、図書館なら「見本帳とかあるかも」という事になったわけである。
そして幸いにも、多種多様な紙が綴じられた見本帳やらそれらしい本は見付ける事ができた。
あちらで長く研究職に身を置いていたせいもあるのだろうが、元々の素質もあったのだろう。
美玖はすっかりその紙と陣の組み合わせと、術の考察に没頭していたのだった。
「う~ん、やっぱり使う紙の種類とかにも影響されるっぽい」
美玖は次元倉庫内から樹木系のアイテムを念のため小さなペレット状にして取り出し、それを元に見本紙のコピーを作って実際に比較実験している様だ。
唸る美玖の目先を変えてリラックスさせようと、勇は集めた本の山の上にカリグラフィーの本を追加で乗せた。
新たな視点を与えるという事は、選択肢を増やしたという事だが、本人に悪気は無い。
そうして陣の製作に役立ちそうな本を、探し出しては積んでいた六歳児も、義理は果たしたと今は離れた所に居る。
この状態でしばらく現実に帰って来ないのは、あちらではよくあった事なので放置するのがお約束なのだ。
そんなクルミ時代に培った経験で、美玖は手前の実験結果の鑑定データと資料データを掛け合わせていた。
単純な術に関しては高度な式を必要としないため、安い紙を使い捨てにできるが、そのたびに札を作るのは面倒にならないかという問題がある。
いっそ丈夫な素材を使って耐久性を追及するという考えもあるが、素材の定着性やコピーと劣化の問題も絡み、こちらにも問題は付いて回る。
それに当然の帰結というか、やはり見た目も含めて札という形の使い勝手が良いのではないかという思い込みが、美玖的にはあるのだ。
それで紙の種類と術の相性以外にも、高級紙を術の札にする場合に、複雑な式を発動まで保持する許容性への期待もある。
ところがというか考察をしているうちに、表記はされても見本の中に実物の無い高級紙は、伊達に高級と呼ばれているわけではないのだと納得させられた美玖である。
だからと言って、この地球上に存在しているのかも不明な素材を、作り出して所持するというのも小心者にはハードルが高い。
「くっ、こちらでは小遣いが限られているし、持ち帰った貴金属は分析された場合のリスクがあるから……」
研究者モードの美玖は、今では仮の人生になってしまったクルミの人格が復活している。
思えばクルミは、現在の美玖の人生より長い年月で培われた本人の姿であるのに違いは無いのだ。
何かの折にその片鱗が表に出るのは、むしろ無理の無い自然体なものかもしれない。
「とりあえず、数のある名刺カードに最適化した式を――ペンは店の試し書きでも、発動できる記号なら多少は判断――」
「いっそ自分で紙漉きから始めてみれば、新たなる発見があるのかもしれないね?」
いきなり耳元で声がして、驚いた彼女は椅子から転げ落ちた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる