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ぼくは帰って来た男 5
見本帳と試し書き
しおりを挟む魔法を発動させずとも、その式が陣の回路として上手く流れるかは鑑定スキルで判断できるので、余計に組み合わせと効能の差が気になるのだ。
まず分かり易いところではペンと鉛筆の違い、さらに鉛筆のBやHの濃淡や色鉛筆の質感や属性があった。
一つ一つは微々たる違いではあっても、陣の式が大掛かりであればある程に結果に差が出るという事だ。
それなら陣を描く紙の違いはどうだろうという疑問になり、手元の紙で確かめたらやはり違いがある様だった。
それで美玖は、効果的なものやコストパフォーマンスを追及するために、色々な紙とそのデータを集める事にしたのだ。
実際に紙の種類を調べるのに店だと集中できないが、図書館なら「見本帳とかあるかも」という事になったわけである。
そして幸いにも、多種多様な紙が綴じられた見本帳やらそれらしい本は見付ける事ができた。
あちらで長く研究職に身を置いていたせいもあるのだろうが、元々の素質もあったのだろう。
美玖はすっかりその紙と陣の組み合わせと、術の考察に没頭していたのだった。
「う~ん、やっぱり使う紙の種類とかにも影響されるっぽい」
美玖は次元倉庫内から樹木系のアイテムを念のため小さなペレット状にして取り出し、それを元に見本紙のコピーを作って実際に比較実験している様だ。
唸る美玖の目先を変えてリラックスさせようと、勇は集めた本の山の上にカリグラフィーの本を追加で乗せた。
新たな視点を与えるという事は、選択肢を増やしたという事だが、本人に悪気は無い。
そうして陣の製作に役立ちそうな本を、探し出しては積んでいた六歳児も、義理は果たしたと今は離れた所に居る。
この状態でしばらく現実に帰って来ないのは、あちらではよくあった事なので放置するのがお約束なのだ。
そんなクルミ時代に培った経験で、美玖は手前の実験結果の鑑定データと資料データを掛け合わせていた。
単純な術に関しては高度な式を必要としないため、安い紙を使い捨てにできるが、そのたびに札を作るのは面倒にならないかという問題がある。
いっそ丈夫な素材を使って耐久性を追及するという考えもあるが、素材の定着性やコピーと劣化の問題も絡み、こちらにも問題は付いて回る。
それに当然の帰結というか、やはり見た目も含めて札という形の使い勝手が良いのではないかという思い込みが、美玖的にはあるのだ。
それで紙の種類と術の相性以外にも、高級紙を術の札にする場合に、複雑な式を発動まで保持する許容性への期待もある。
ところがというか考察をしているうちに、表記はされても見本の中に実物の無い高級紙は、伊達に高級と呼ばれているわけではないのだと納得させられた美玖である。
だからと言って、この地球上に存在しているのかも不明な素材を、作り出して所持するというのも小心者にはハードルが高い。
「くっ、こちらでは小遣いが限られているし、持ち帰った貴金属は分析された場合のリスクがあるから……」
研究者モードの美玖は、今では仮の人生になってしまったクルミの人格が復活している。
思えばクルミは、現在の美玖の人生より長い年月で培われた本人の姿であるのに違いは無いのだ。
何かの折にその片鱗が表に出るのは、むしろ無理の無い自然体なものかもしれない。
「とりあえず、数のある名刺カードに最適化した式を――ペンは店の試し書きでも、発動できる記号なら多少は判断――」
「いっそ自分で紙漉きから始めてみれば、新たなる発見があるのかもしれないね?」
いきなり耳元で声がして、驚いた彼女は椅子から転げ落ちた。
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