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ぼくは帰って来た男 4
来見家と来見母娘
しおりを挟むその日、元召喚勇者の六歳児・来見勇が両親と三人で暮らす家に、二人の同居人が増えた。
当日に宅配便で届いた荷物はまだ箱詰めのままだが、母娘それぞれの部屋に運ばれている。
家具は後日ゆっくり選ぶという事で、当座の荷物はまだ明るいうちにほとんど片付いてしまった。
ちなみに以前使っていた家具は、元旦那が適当なカタログでセット買いした物なのであまり思い入れも無く、家と一緒に処分して買い替えるそうだ。
美玖はどうかと聞かれて「そろそろピンクとフリルとレースは、卒業かな……」と答え、母も「心機一転ね」と頷いたのだ。
考えてみれば、召喚前に久し振りに顔を合わせた父親に「そろそろ子供っぽくてイヤー」と訴えた事があった様な記憶がある。
まさかそれイコール『色気づいたせいで家出とか思われたんだろうか』と思い至って、改めて『迂闊に日常会話もできないってどうなの』と両親の離婚の件については正直ホッとしてしまった。
それにこの状況なら誰でも頼りになる六歳児の同士との同居を選ぶと思う。
少し話したところ勇者の時と比べて当然の様に幼いが、その頃の記憶を失ったというわけでは無い様だ。
美玖自身も記憶があやふやなわけでは無いが、やはり自分とクルミは明らかに違っているという自覚がある。
いずれその影響が現れるかもしれないが、自分の意識は明らかにいつの間にか中学校を卒業し、一年の行方不明で高校入学もパーになった十五歳だ。
勇も同じ状況と考えたのなら、勇者だった頃の記憶も残ってはいるのだろうが、やはり六歳児の「勇君」なのだろう。
クルミという頭脳派だったのは確かだが、本来の美玖は難しく考えるのが苦手な性格なので、後はもう普通に暮らせばいいやと結論したのだった。
まだ蓋のテープが剥がされただけの箱を前にそう決意した美玖の元に、軽い足音をさせた六歳児がやって来ると、「あのね、ご飯だって」と開いたままのドアから顔を出した。
「お話はあとでね。ぼくおなかすいちゃったんだもん」
どうやら歳三が「やっぱり引越し蕎麦かなって」と蕎麦屋の出前を取り、なし崩しにそれが夕食になった様だ。
一見してキッチリしたキャリアウーマンな歳三だが、実は結構変わった人かも? と勇は思い直した。
叔母を見てクルミに似ているという感想から、実はそうでもない?となる流れから、やっぱり似てるかもと印象が二転三転している。
話している内容も、「神隠しに逢ったなら仕方ないのに、ブツブツ言う男とはやってけないわよねえ」とやっぱり変わっていると思う。
でも冗談の通じなさそうな元旦那の話を聞くと、ちょっと変わった位の方が付き合いやすくていいかなと勇は心の中で頷いた。
そしてトッピングの海老フライを一生懸命はぐはぐと食べる姿を見て、「叔母ちゃんのもお食べ」と彼女の海老を譲ってくれたので、勇の中では好感度大である。
さすがに美玖も空気を読んで「私も欲しかった」とは言わなかったが、欲しそうにはしてたので「大きいから、ぼくと半分こする?」と今後のためにも「仲良くするよ」アピールをしておく、できる六歳児の勇だった。
そしてデザートには歳三のお持たせ、デパ地下プリンの食べ比べセットをみんなでシェアした。
勇はとろけるプリンが気に入り、『飲むのと変わらないだろう』と言われながらもそれを味わう。
そう言う内なる勇者は、崩れない程度に硬さのあるホロ苦カラメルプリンの方が好みに合ったらしい。
勇者の味覚は脳の記憶がベースなので、勇の子供舌と微妙に齟齬を感じてしまうのだが、それでも美味しい記憶も失ったわけではないのだ。
なので当然の様に子供舌の持ち主も全く美味さを感じないわけでもなく、ホロ苦さに微妙に難しい顔をして両親をほっこりさせていた。
美玖は当然の様に、「どれも違ってそこがいい」と美味しそうに出された物は全て食べ尽くす勢いだ。
何となく行方不明の間、食に不自由していたのだろうか、と思われている自覚はない。
勇者はそんな双方の心中を、何となく察していたりもする。
そして食文化の差として考えたならば、それはあながち間違いでもない。
……おそらく美玖を取り囲む環境の半分は、優しさでできている……
そしてその後も大人の話があるという三人を残して、勇と美玖は二階へと向かった。
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