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ぼくは帰って来た男 3
ロールケーキはママの味
しおりを挟む大人たちが雑談混じりに今後の話をしているが、子供たちの方は出された物を美味しくいただいていた。
専業主婦の裕美は、スナック菓子のおやつも買うが、家族の舌に合わせたお菓子もよく自作するのだ。
本日は息子の「イチゴとクリームのケーキがいいの!」というお願いと、夫の好みに考慮した物とを用意した。
生クリームにイチゴをゴロゴロ入れた物と、生地とクリームにコーヒーとチョコを混ぜ込んだ二種のロールケーキだ。
勇はイチゴのロールケーキはもちろん、|勇実《いさみ〉好みのホロ苦チョコロールも欲しがったので、裕美はそれも薄く切ってあげる。
ニコニコとイチゴのケーキを食べた後、ホロ苦のチョコロールを口にする勇は、やはり「んん?」という微妙な顔だ。
そして甘いミルクココアを飲んで「ほお……」となる息子を、両親は微笑ましく見守っている。
勇者の味覚に釣られた勇は、よく子供の舌に合わない物を欲しがるので、これはいつもの事なのだ。
親にしたら食わず嫌いよりはいいし、「見た目で食べたくなるけど、味は微妙ってあるよね」と特に変に思ってはいない。
美玖の方は「どっちも美味しすぎます!」とサンドイッチの後に二種類のケーキをお代わりしている。
クルミの頃は、いつの間にか皿を空にしてニヤリとしていたものだが、本来の美玖はこういう明け透けな性格だ。
父親相手にも「お父さん、頭かったーい」と反論して、怒られても「てへぺろー」とへこたれないタイプなのである。
なので、玄関で咄嗟に母親の背中に隠れたのも、別に人見知りしたわけではない。
まず美玖たちを迎えに来た伯父が話す、「うちの勇」という彼の息子に心当たりがあった。
そう思ってよく見ると、その伯父の顔にもどことなく勇者の面影を見付けてしまったのだ。
戻ってから復活した、中学の卒業式を間近に召喚された、来見美玖の本来の記憶。
それでも残る、召喚された異世界で、長い間賢者の弟子クルミとして過ごした記憶。
このギャップにどういうリアクションが返るのか。
それ以前に、この子供の中身は勇者だった男なのかどうなのか。
そんな事がグルグルと頭を巡り、来見家での対面を母の背中から済ませたのだ。
そして美玖の予想通り、そこには初対面時の幼い勇者の卵が居たのである。
しかしそのリアクションの結果は――普通だった。
勇者としての判断力を持つ子供は、美玖がクルミだと気付いても、そこに笑いの要素は感じなかった様だ。
思い返してみれば、この手の事を面白がって揶揄おうとするのは、もう一人の兄弟子である。
無くしていた記憶が戻って知識が増えた分、ヘンに頭が回る気になっていたが、それは錯覚だったのかもしれない。
『まあ、いっか』でお代わりのケーキを味わう美玖は完全に緊張感が切れているのだった。
その姿に六歳児も「おかし食べすぎてご飯のこしたらおこられるんだもん」と突っ込まずにはいられなかったという。
「使わない部屋って傷みそうでしょ? 一階で完結して二階放置なんて後で困った事になりそうで、勇ちゃんの子供部屋二階の角部屋にしたのよ」
「だからなるべく家の中を移動して回ろうってさ。書斎から持ち出した本を、わざわざ応接室で読んだりしてるぞ」
「私は縁側から裏庭に出入りして洗濯物干して、縁側がある仏間で洗濯物畳んだりアイロン掛けたり。ついでがある様に動いてるの」
「はぁ~、なるほど。確かに効率良く動いたら、何日も人が入らない部屋とかできそうね。入らない・汚れない・放置ってありそう」
「そうなの、一階の客間とか。二階も個人の荷物置いている部屋と、二人で使っている寝室と子供部屋以外にある空き部屋が、物置になり掛けてたのよ」
「ちゃんと荷物は、納戸とか収納庫とかに整理して仕舞ったけど、ああやって荷物押し込んで詰めているうちに、開かずの間ができるんだなって」
とりあえず新しい同居人に、家の中のどこに何があるかどういう使い方をしているかなど一通り説明して回った。
個人の部屋以外は自由に出入りして利用するのは構わないけど、後片付けは責任を持つ事などのお約束も確認しておく
個室については歳三から、「出張も多く部屋にいる時間は少ないだろうから」と母娘は一室でとの提案もあったのだが、兄夫婦に「どうせ空き部屋だからキレイに使ってくれれば使ってくれた方がいい」と説得され、それならと頷いたのだった。
結局キャリアウーマンの歳三は、繁忙期には早朝・深夜に出入りがあるのでと一階の客間を使用する事になった。
美玖の部屋は勇の向かいに決まり、個室に住めるならその方が嬉しいので物怖じしない彼女は単純に喜んだ。
こうして元勇者である六歳児の元に、元賢者の弟子で神隠しから戻った従姉が同居する事が決まったのだった。
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