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爆弾少女は突然に 1

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 ──見知らぬ可愛い女の子がいきなり家を訪ねてきたらどうする?


 俺は真っ先に詐欺を疑う。


 当然だ。知り合いならいざ知らず、宅配以外で家のインターホンを押す人間なんてセールスか宗教の勧誘くらいだ。

 休日の昼間、リビングのソファでスマホを見ながらテレビを無駄に流す優雅な時間に現れた、モニターに映る可愛らしい女の子。

 青みがかった長い髪をおろし、いかにも無垢で純情そうな大きな琥珀色の瞳が、まるで目が合っているかのようにインターホンとモニター越しに対峙している。

 何故かうちの学校の制服を着ていることから、同級生の可能性もあるが、幼さを残しながらも凛とした美麗な顔と、服がはち切れそうなほどの、立派なふたつの山は、1度見たら忘れないはずだ。

 よって、彼女は俺を油断させようとしている詐欺師の可能性が高い。

 インターホンが鳴ってモニターに映る美少女を視認してから、そう結論づけるまで、わずか5秒足らずだ。

「あの⋯⋯はじめさんのお宅ですか」

 モニターを切ろうとボタンに手を伸ばした瞬間、美少女がか細く繊細な声を出した。

 ターゲットを家を空けて滅多に帰ってこない両親ではなく、俺に決め打ちしているところから見て、家族関係は調べられていると見ていい。

 だが詐欺師になって日が浅いのか、いきなり下の名前で呼ぶのはミスだ。
 
 美少女に名前を呼ばれるなら、最初は苗字に君付けが俺の好みだ。
 もし彼女が俺を苗字と君付けで呼んでいたら、パジャマのまま玄関と心の扉を解放していただろう。

「はい⋯⋯そうですけど⋯⋯」

 これくらいの詐欺師ならば、宗教勧誘のおばさんと同じように遊ぶことが出来る。
 俺の中の悪魔が、いやらしくせせら笑った。

 胡散臭い人間を相手にする場合、直接対面してはいけない。
 向こうはこちらを凌駕する話術を持っているし、若い女となればどんな災難を引き起こされるか分からない。
 

 モニター越しにからかい、相手が居なくなれば勝ちだ。

 美少女は腕をだらんと伸ばしながら、両手を重ね合わせ、目線を下げている。

 ここまで詐欺師ビギナー感を出されると、案外違うのではとも思い始めてくる。

 もしかしたら、罰ゲームで俺に告白しに来たのかもしれない。

 その場合、下手に虐めたりしたら学校でよからぬ噂になる可能性がある。
 この子のグループの仲間に悪評を流されたら、卒業するまで便所飯コース一直線だ。

 高価な絵画でも、絶対に価値が上がる摩訶不思議な金融商品でも、胡散臭い成分の入った天然水でもなんでもいい。俺は心から詐欺師であることを願った。

「私⋯⋯はじめさんの妹です⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい?」

 俺の優秀とは言えない脳が機能停止するかの如く、テレビを消した時に聞こえる電子音が脳内に響き、スイッチが再度入る。

 世間の成長速度というのは、今も凄まじい。
 医療でもITでも、目まぐるしい速度で日々進化している。
 もしかすると、詐欺の手口もそれらに負けないよう、新幹線並みの速さで進化しているのかもしれない。

 母さん助けて詐欺ならぬ、お兄ちゃん助けて詐欺。
 だとしたら、俺みたいな高校生ではなく、ランダムでいいからせめて大人を狙うべきだろう。

「ごめんなさい。俺ひとりっ子なんで。妹は居ないんだ。姉ならいつでもウェルカムだよ」

「すみません。泰人やすとさんにそう言えって言われたんです⋯⋯」

 流石は俺にターゲットを絞った詐欺師である。
 父の下の名前をきちんと把握している⋯⋯いや、ちょっとおかしい。

「その泰人さんって誰のことですか」

 父と同名の詐欺グループの上司の名前をうっかり言った可能性が高い。
 ここはまだ、父という単語は出さずに探りを入れる。
 そして念の為、その詐欺グループの泰人とその仲間が近くに居てもいいように、ソファに放り投げてあったスマホの位置を確認する。

 スマホまでの距離は3メートルと少し。
 電源は切ってないので、飛び込めば直ぐに通報できる。

 念の為心の準備を整え、モニターを見る。
 美少女は何故か口をぽかんと開け、首を僅かに傾けている。

「え、えぇっと、はじめさんのお父様の泰人さんですけど」

「へぇ、俺の父親が君に妹って言えって指示したんだ。不思議だねー」

 想定内の応答に棒読みで答えると、美少女はスカートの中に右手を入れた。

 中からはスマホが出てくる。仲間に連絡するのだろうか。
 スマホに目を向け、操作していのを観察していると、突如その画面をモニターに向けた。

「これがその証拠です。すみません変なことして⋯⋯」

 頭を下げながら出てきたその画面には、確かに妹だと名乗るように指示している泰人という男とのチャット履歴が映っている。

「ちょ、ちょっと⋯⋯」

 そのチャット相手のアイコンと名前を一瞥し、思わず両手を壁についてモニターに顔を近づけた。

 画質が悪いものの、そのアイコンは小さい頃、父が遊園地で撮った母とのツーショットそのものであり、名前も『家族と世界のドクター泰人』という、常人であれば恥ずかしくて決して付けられない名前をしている。

 紛れもない、父のアカウントだ。
 文章終わりの句点とおじさん臭い顔文字も、父の特徴そのものだ。

 果たして、こんな明らかに騙すより騙される方が得意そうな女の子を使う詐欺グループが、チャットアプリのアカウント情報まで手に入れ、その文章の特徴を掴んで偽装チャットを制作し、俺のような高校生から金を巻き上げようとするだろうか。

「あの、分かってもらえましたか?」

 当然、向こうから俺の表情は確認できない。
 一時の沈黙で、俺が動揺していることを悟ったのだろう。
 美少女の語気から、緊張が薄れた。

「ああぁぁ⋯⋯うーん⋯⋯で、君は誰?」

 詐欺ではないことは間違いない。
 考えてみれば、数打ちゃ当たる戦法が主流の詐欺グループがわざわざいち個人を調べて集中攻撃なんてしないはずだ。コスパが悪い。

「私は⋯⋯」

 少女の口が開きかけたところで、その動きが止まる。

「私は、泰人さんに今日からここで暮らすように言われたのです」

「⋯⋯⋯⋯はい?」

 また頭がフリーズした。
 どうやら今日は調子が悪い。

 詐欺の可能性が再燃する。
 それも高度な、結婚詐欺に似た同棲詐欺の可能性が。この時、フリーズした弊害か、父のアカウントのことをすっかり忘却していた。

「あの、とりあえず家入っていいですか」

「⋯⋯っ!? いやいやだめだよ、ダメに決まってるでしょ」

 混乱する脳の隙をついて、恐ろしいことを言ってくる。

 1度目を閉じまた開くと、少女の姿はモニター前から消えていた。

「⋯⋯いなくなったのか」

 どっと疲れが押し寄せ、肩が少しばかり凝った気がした。

 色々と常識外れすぎて、途中から怖くなったのは内緒だ。

 ソファに置いたスマホを取って腰を下ろす。
 それなりに時間がかかったのか、電源が自動的に落ちていた。
 テレビでは、平日夜のバラエティの再放送が流れている。
 押し寄せる疲労感を受け流すようにソファに寝転がると玄関から、がちゃりと嫌な音がした。

 まず鍵が開く音がし、次にドアが開く音がした。

「おじゃまします」

 ドアの解錠音から遅れて聞こえてきたのは、先程の美少女の声である。

「いやちょっとまて」

 無意識のうちに、俺の足はリビングから廊下へと踏み出していた。  

 リビングを出て廊下を右に進むと、玄関がある。

 その玄関の石タイルのうえに、確かにその子が立っている。
 モニター越しじゃ分からなかったが、背は高校生の平均より少し高いくらいで、離れた所から見ても肌艶がかなりいい。

「な、なんで入れたんだ⋯⋯」

 しかしそんなことはどうでもいい。
 家という強固なバリケードが破られた今、もはや追い込まれたも同然だ。

「だって、鍵持ってますから」

 平然と言いながら少女は我が家の鍵を持った手を上げる。

「いやそれがおかしいから。えっ、なに、俺どっかで落とした!?」

「いや⋯⋯だからこれは泰人さんから貰ったんですよ」

 そう言うと少女はスマホを操作し始めた。

「だからなんで父さんが君に⋯⋯」

 俺の話も聞かず、少女は学校指定のローファーを脱いで家に上がってきた。
 そしてそのままたじろぐ俺に近づき、スマホを差し出した。

 少女のスマホ画面は、泰人という人に電話をかけていることになっている。

「私じゃ信じないと思うので、泰人さんから直接聞いてください」

 再度少女がスマホを差し出す。
 俺は恐る恐るそのスマホを手に取った。
 ずっと稼働していたのか、本体がかなり熱い。

 発信画面に映っている電話番号は、紛れもなく父の物だ。
 今現在、父がいる国は朝方のはずだが、電話に出てくれればこの謎の少女の正体もわかる。

 prrr⋯⋯と着信音が4回繰り返された後、応答が来た。

「もしもし」

 それは約1年ぶりに聞く父の声だった。
 高校入学直後、空港で見送った父の姿がはっきりと鮮明に浮かび上がる。
 
「もしもし父さん」

「おお、はじめだったか。てことは、明久里あくりはそっちに着いたんだな」

 父が俺の声に驚いた様子は無い。俺か出るのは予想していたのだろう。

「そっちに着いたんだなじゃないよ。なんなの妹って」

「ああ、冗談だよ冗談。まさかほんとに信じたのか?」

 電話の向こうから、笑い声が漏れる。

「信じてるわけないだろ。新手の詐欺かと思ったわ。まあでも、とりあえず念の為、俺に腹違いの妹がいるらしいって、母さんに電話しとくから」

「いやいいやいや、ちょっと待って、冗談だから許して。ね? はじめくん。生活費ちょっと足しとくから」

 全くちょろい父親である。
 笑っていた余裕はどこにいったのか。世界をまたにかける医者でも、愛妻には勝てないらしい。

 じっと直立して俺の通話を眺めている少女に気づき、手招きしてリビングに招く。

 彼女も座れるようにと、ソファの部屋奥側に座ったのだが、遠慮してフローリングの上の白いカーペットに腰を下ろした。

「それで父さん、結局この子は誰でなんで家に来たんだ」

 本題に入ると、さっきまで軽快に答えていた父からの返事か止まる。

 俺はテレビの音を小さくし、スマホに聴覚を集中した。

「はじめ、まず約束してくれ。絶対に驚いて叫んだりしないと」

「⋯⋯いや、内容によっては驚くでしょ⋯⋯。なんで叫んじゃだめなの」

「それはな⋯⋯お前の絶叫に反応して明久里の心拍数が上がるかもしれないからだ」

「⋯⋯⋯⋯はい?」

 この十数分で何度目の「はい?」だろうか。

「なんで驚くのかだめなのかは置いといて、彼女がアンドロイドで俺を殺しに来たとかじゃない限り約束するよ」

「そんな危険な物家に入れるわけないだろ。いいか、明久里の身体には心拍数が一定時間、一定以上の速度になると爆発する爆弾か仕込まれている」

「⋯⋯⋯⋯あっそ」

 驚くを通り越して、しらけてしまった。
 「はい?」は無論意識して避けた。

 俺達の会話が聞こえているのかは分からないが、彼女は冷静なままテレビを見ている。
 思春期にありがちな異性の家でそわそわする様子も微塵も感じられない。

「はしめ⋯⋯信じてないな」

「そりゃそうでしょ。非現実的だし馬鹿げてる」

 父さんは俺をいくつだと思っているのだ。
 俺はもう高校2年生だ。10年前でもこんなネタ信じたかは分からない。

「じゃあちょっと、明久里に変わってくれないか」

「ああうん⋯⋯ねえちょっと」

 父に言われ、彼女⋯⋯明久里に声をかける。
 振り向いた彼女は、目を見開いて俺を見た。

「父さんが君に変わってって言うんだ」

 ソファに座ったまま身体をスライドし、手を伸ばせば届く距離まで近づく。
 スマホを返すと、明久里はすぐ耳に当てて応答した。

「はい⋯⋯わかりました⋯⋯」

 小さく頷くと、明久里は通話状態のままスマホをテーブルの上に置いた。

 そして立ち上がると、俺の前に立った。

「はじめさん、私の胸に顔を当ててください」

「えっ?」

 少し恥ずかしそうに口元を震わせながら、明久里が突飛押しもないもないことを言った。

「もしかして君⋯⋯そういう趣味あるの?」

 あくまで俺は冷静を装い、純情で冷淡な人を演じる。
 がしかし、俺の身体は正直だ。
 視線が明久里の胸から微動だにしない。


 当然、女の子から誘われたら断る男子高校生なんて限りなくゼロに近いだろう。
 それが明久里みたいな、可愛くて巨乳の女の子なら。 

 だが今それをすると、俺は男子高校生として大切なものを失ってしまう気がした。

「出来るわけないでしょう⋯⋯君は自分の体を大切にしなさい」

 女の子に説教するおじさんみたいな、思ってもないことを口走ると、突如明久里の両手が俺の後頭部に触れた。

「私だって恥ずかしいです⋯⋯でも信じてもらうためには仕方ないんです。いいですか、よく聞いてくださいね」

 そう言うと、頭を勢いよく引き寄せられ、顔面が柔らかな神の楽園ゴッドエデンに包まれた。

 ドキドキ⋯⋯と高鳴る明久里の心臓音ですら、この状況ではどんな子守唄よりも心地よい。

「⋯⋯っ、聞こえますかはじめさん」

 明久里の心臓音と声、そして柔らかな山に包まれ、俺の心臓は爆発寸前になっていた。

 本当に爆発してしまうのか、カチッカチッと時限爆弾のタイマーが減っていく様な音まで聞こえてきた。

「あっ⋯⋯えっ⋯⋯うそ⋯⋯マジやん」

 その音は俺の身体から聞こえているわけではなく、部屋の時計が鳴っている訳でもなかった。


 俺の耳のすぐそばの、明久里の身体から確かに聞こえる。
 いくつものアニメは洋画なんかで耳にした、時限爆弾の音にそっくりだ。

 それは使ったことなんてない関西弁が咄嗟に出るほどの衝撃だった。

「うそやん⋯⋯」

 全身から血の気が引くのを感じながら、俺の顔は柔らかな肌から都会の空気に曝された。

 なんなら今も微かに聞こえる明久里の胸の音、心拍が上がるとそれは爆発すると父は言っていたが、まさに明久里の顔は爆発しそうなほど紅潮している。

「どうでしたか⋯⋯信じてくれますか」

 大きく息を吐くと、明久里の肌は元の色に戻っていった。

「う、うん⋯⋯君アンドロイド?」

 まだ神の楽園ゴッドエデンと現実の狭間で朦朧としている俺の頭からは、そんな言葉が放たれる。

「はぁ⋯⋯」

 今度は深呼吸ではなく、他人に呆れ落胆した時に聞こえてくる大きな溜息が俺に襲いかかってきた。
 そうして父と繋がったままのスマホを差し出してくる。どうやら説明は父に任せるらしい。

「もしもし父さん、いつから医者からマッドサイエンティストに転職したの?」

「⋯⋯いや、だとしても爆弾は仕込まないぞ。普通にアンドロイド作って利用する」

「人間兵器として利用出来るじゃない」

「そういう利用じゃない⋯⋯もっとこう施術を手伝わせたり癒し系に使ったりする」

 電話の向こうから真面目なトーンで言っている。
 自ら話を脱線させてしまったことを後悔し、無理矢理本題に戻す。

「まあそれで、百歩譲って身体の中に爆弾があるのはいいとして、家に来た理由はなんなんだよ」

「おお、さすが私の息子だ。爆弾はいいと来たか。そんなのアレだ。こっちで面倒見きれないから送ったんだ」

「そんなマンションで飼いづらくなった大型犬を実家に送るみたいなノリで言わないでくれる?」

「はっは。面白い例えだな」

 軽快に笑う父を他所に、先程俺を楽園に誘った明久里は、正座して小さく身を縮めている。

 俺が犬に例えたことに怒っているのか、瞼と瞳を上げながらじっと凝視してくる。

「まあとにかくあれだ。明久里はもうお前が通ってる学校への編入手続きも終わって、次の月曜日から通うことになってるから。よろしくなはじめ。ちゃんと3-食食べさせて面倒見てやるんだぞ。散歩は朝と夕方な」

「犬の例えに引っ張られてんじゃないよ⋯⋯」

 父の声が聞こえたのか、心做しか明久里の顔が紅に染まり始めている。

「ああすまんすまん。とりあえずはじめ、明久里をよろしく頼んだ」

 突然父の声は真剣味を帯びる。
 それはまるで、世界各国で父が目視し、体験した非情な現実について語る時のように。

「明久里に世の中の楽しさを教えてやってほしい。父さんが教えてあげたかったが、こっちでは厳しいんだ」

 世界各国を飛びまわると言っても、父が行くのはほとんどが紛争や飢餓が耐えない交戦国や途上国だ。
 確かに、そんな本物の爆弾がどこにでも転がっているような地域に爆弾娘を置いておくのは恐ろしいことだろう。

 世の中の楽しさ。その言葉が心の中で引っかかる。
 恐らく、父に明久里の生い立ちを聞いても教えてくれないだろうし、明久里自身に尋ねるとストレスで心拍数が上がってしまう恐れがある。

「う、うーん⋯⋯じゃあ前もって俺に相談しろよ」

「いやぁ、相談するとはじめは絶対断ると思って」

「じゃあ送ってくんなよ⋯⋯」

 数え切れない数の人間に感謝されている父だが、俺にはあまりその感情は芽生えない。
 父との思い出は殆どないし、こうして電話で話すことやビデオ通話することはあっても、直接会う機会というのは極わずかだ。

 そんな父を愛した母も、俺が高校生になるともう大丈夫だと俺の肩を叩いて父を追ってしまった。

 それ自体は別に構わない。ひとり暮らしの現実は面倒臭いことの数々ではあるものの、憧れていたからだ。

「じゃあはじめ、父さんそろそろ出なきゃだから切るぞ。明久里のことをよろしく頼む」

 放任主義の子育て術を採用するそんな父親が、俺に何かを頼むのは、これが初めてかもしれない。

 だが父の初めての願い事に感動したりはしない。
 なぜならこれは実質、お願いではなくて強制だからだ。

「爆弾抱えた女の子追い出すわけにも行かないし、卑怯だぞ。とりあえず家に置いておくけど、責任は取れないからな」

 俺が言ったのを聞いて、明久里は薄く笑みを浮かべた。
 俺にこの家から退去させられると考えていたのだろうか。心做しか明久里の背筋が伸びた。

「別にいいけど、もし明久里の爆弾が爆発したら家とその周辺5メートルくらいは吹き飛ぶからな。よろしく頼む。それじゃ」

「⋯⋯えっ、ちょっ、ちょっとまっ」

 逃げるように電話を切られ、爆弾娘に顔を向ける。

「どうしたんですかはじめさん。顔色が悪いですよ」

 俺の心を脅かす対象そのものに言われると、みるみる心拍数が加速していく。
 最初インターホン越しによく爆発しなかったものだと安堵する。

 父の悪い冗談かと思いたいが、わざわざ俺を抱きしめて胸の音を聞かせた明久里の行動からして、胸に爆弾を抱えているのは事実だろう。

「実は爆弾ではなく目覚まし時計が組み込まれてるだけでーす。いえーい。驚いた?」 

 などと何処からか父が『ドッキリ大成功』と書かれたプラカードを持って現れるのを期待するが、残念ながら妄想も甚だしい。

 爆発の範囲が膨張表現だとしても、至近距離で爆発されれば俺の身が危ういし、そもそも誰かを傷つけてしまう可能性がある。

「なあ⋯⋯えっと⋯⋯明久里さん?」

「明久里でいいですよ」

「今それ言われても嬉しくないの⋯⋯もっと仲良くなってから言って欲しかった⋯⋯」

 なんてくだらない願望で現実逃避している場合じゃない。

「その⋯⋯爆弾って本当なんだよね?」

「はい」

「⋯⋯⋯⋯とりあえずよろしく」

「は、はい」

 俺はそのまま握手しようと手を伸ばしかけたが、急いで引っ込めた。
 仮にも異性同士である。
 明久里が俺に嫌悪感を抱いているにしても好感を持っているにしても、肌と肌が触れ合えば良くも悪くも気もそぞろになるのが男女の常だ。

 考えすぎかもしれないが、リスクを侵さないに限る。

「とりあえず、明日学校だけど大丈夫だよね?」

「はい。楽しみで胸がドキドキしてますけど大丈夫です」

「いや⋯⋯もうアウトだよそれ⋯⋯」

 何を考えているのか分からない無表情なまま、明久里がブラックジョークを放つ。

 こうして、俺の元に地雷系女子ならぬ爆弾系女子がやってきた。 

 何が辛いって、勇気を持って彼女をときめかせたりしたら、あの世行きってことだ。
 




 
  




 

 

 
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