黄泉への送迎人〜私立雨宮高校お掃除部〜嚆矢

姫之尊

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友愛の力 刎頸

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「どうしたんだ急に」

 俺は瞳美の背中に手を回した。
 瞳美の体は随分と震えている。
 瞳美の体を俺は優しく撫でた。これで瞳美は震えを止めてくれるのだろうか。

「寿磨、死んじゃ嫌だよ」

 瞳美が耳元で囁く。
 俺は死にそうに見えるのだろうか。

「死なないよ。余計なお世話だ」

 実際、こうしている間にも、血が腹から流れ、体から徐々にに生気が薄れていきている。
 それでも、まだ意識は持つ。
 瞳美に守られるのはすこし恥ずかしいが、お互い無事ならそれでいい。

「約束したからな。あいつと」

 脳裏に浮かんだ由貴が俺にほほ笑みかけてくる。小学生の由貴に、瞳美を任された気がした。

「わかったよ」

 心の中で言いながら笑顔で返すと、由貴の幻影は姿を消した。

「そろそろ浮世に別れは告げたか」

 声に反応して術者に顔を向けると、渦はかなりの大きさになっていた。
 そして術者の体に纏っていた霊力は綺麗に無くなっている。
 もう時間は無い。というか充分貰った。
 俺は唇を瞳美の耳の傍へ近づける。

「2枚だけ、その札を残して置いてくれ。いいか、直接的な攻撃はどうせ避けられる。だから⋯⋯」

 耳元で囁くと、瞳美は黙って頷いた。
 瞳美は俺から手を離し、持っていた札を2枚だけ残して全てを手に取り、掲げた。

「大いなる力よ我らを守りたまえ」

 声を震わせながら、瞳美が言い放つと、札が一斉に輝き、壁が現れる。
 今までの壁より輝きが強く、層も厚いように見える。
 避けられない俺達には、この壁が生命線だ。
 俺に出来ることはこの幼馴染みの力を信じることだけだ。

「面白い。その力もろとも葬り去ってくれる」

 術者が渦を放つ。
 渦は周囲を巻き込み、烈風と共に俺達に迫り来る。
 俺は腹を押えながら立ち上がり、掲げられた瞳美の手を握った。
 目線をそれぞれ合わせ、無言で頷いた。
 言いたいことは後で言えばいい。
 渦が壁に触れ、強烈な爆発を起こした。
 爆発で木々が倒れるかと思うほど揺れ、爆風によって舞い上がった土煙が周囲を包んだ。  
 壁も物凄い轟音を鳴らしながら振動している。
 俺は目を閉じた。
 目を開けた時、俺はあの世に居るかもしれない。いや、あの世にいたら目を開けることもないだろう。

「終わったか」

 術者の声がする。
 どうやら、俺たちは助かったらしい。
 恐る恐る目を開けると、壁はしっかりと残っていて、土煙が俺達を包んでいる。
 土煙が明けると、壁の外の木々は倒れ、山の姿は変容していた。
 本当に、ずっと守らなければと思っていた幼馴染みは随分と遠くへ行ってしまったようだ。

「なんだと!?」

 術者が驚愕の声を漏らした瞬間、瞳美は壁を解き、術者の真上に札を一枚投げた。
 札から鎖が現れ、術者の体を雁字搦めにした。
 
「寿磨!」

 瞳美の声に合わせ、俺は力を振り絞り走り出す。
 刺された腹はとてつもなく痛いが、気にしてる場合では無い。
 倒れるならせめて5秒後だ。
 術者に鎖を振りほどく力は残っていない。
 なんとか鎖を解こうと悶える術者の懐に、俺は潜り込んだ。

「なぜ私が貴様らなどに⋯⋯」

「さあな。とりあえずあれだ。お前は目覚めさせてしまったのさ。最強の⋯⋯友愛の力を」

 俺は左足に力を込め、体を傾かせながら、握りしめた左手を下から突き上げた。
 左腕に札が貼られている。
 術者に触れる寸前、鎖が解け、札から俺へ力が増幅される。
 拳は術者の鳩尾に深く突き刺さり、術者の身体が宙を舞った。

「約束通り命だけは取らないでやるよ」

 決めゼリフを吐き、俺はその場に倒れめ込む。
 術者の宙を舞った体が地面に落ちると、術者はもう動かなかった。
 倒れたまま、俺は術者を見て笑った。

「終わった⋯⋯あとはこれを使うだけだな」

 左腕から札を外す。
 そこへ瞳がやってきて札を手に取った。
 瞳美は術者へゆっくりと歩み寄ると、しゃがんで頬をつついた。

「気絶⋯⋯してるね。よかった」

 札を術者に貼ると、鎖が現れ術者を縛った。
 瞳美は空を見上げ、ふっと息を吐いた。
 その顔は晴れやかというより、ほっとしたみたいだ。
 そして俺の元に駆け寄ってきた。

「今御厨さん達呼ぶからね、寿磨」

 瞳美がスマホを開いて操作しはじめた。

「え、救急車は?」

 怪我人がいたらまず救急車じゃないのかと、それとも、この男が居るから呼べないのだろうか。

「それが事情の説明とか色々大変だから御厨さんの知り合いの病院に来てもらわなきゃいけないの。もしもし、御厨さん⋯⋯」
「なるほどな⋯⋯」

 嫌な方向にしっかりしてしまった気もするが、まあいい。
 御厨への連絡を終わらせた瞳美は携帯をしまい、俺の手を握った。

「まあ事情はわかる。俺も説明するのは面倒だしな」
「大丈夫だよね寿磨。死んだりしないよね」

 瞳美は子犬みたいな顔をして俺を見つめてくる。

「死ぬわけないだろ⋯⋯そんなに傷は深くないし、多分内蔵も平気。その前に食らったのはしらんけど」

 横たわったまま、俺は目を閉じる。
 達成感とともに、全身に開放感が押し寄せる。

「あー怖かった」
「え? 恐怖とかあったの?」
「うん。ずっとあった。ていうかないわけない。正直一人で瞳美を探してる時からずっと怖くて怖くて。だからカッコつけて恐怖を誤魔化してたんだよ」
「だ、だから様子も喋り方も変だったんだ」
「そうだよ」

 安心しきると、隠しておきたいこともベラベラと口から出てしまう。
 まあこれも、多分瞳美だから話すのだろう。
 この世に本心を全て吐き出せる相手が居るとすると、それは由貴と瞳美くらいだろう。

「ねえ寿磨」
「なに?」
「どうしてそんなに私の事守ってくれるの」

 目を開けると、瞳美は視線を麓にむけている。
 御厨の到着を待っているのだろう。

「それはだな」

 瞳に視線を向けながら、言いかけた口を閉じた。

「秘密だ」
「え?」
「それは瞳美でも秘密だ」

 瞳美は気の抜けた声を出しながら、気の抜けた顔を俺にみせた。

「俺と由貴の、男の約束だから⋯」

 またすぐ瞼を閉じながら、由貴の姿を思い浮かべる。

「そっか。わかったよ」

 足音が迫り、俺の手が握られた。
 手を握り返すと、俺はそのまま眠りについた。



 



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