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私立雨宮高校お掃除部へ

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 寿磨も退院し、秋が深まる中、私は重い腰を上げてようやく受験勉強に専念した。
 さすがに御厨さんも本来学生は勉強が本分ということで、受験が終わるまでは夜中の仕事を免除してくれるようになった。
 だがぶっちゃけ、雨宮の普通科に入るだけなら今の成績をキープするだけで十分なのだ。
 だが万が一にも落ちないよう、私は毎日勉強した。
 部屋の窓から向かいの窓を覗くと、常に寿磨も机に向かっているのは励みになった。
 両親の私への期待と優しさも日に日に増していく。
 母はいままで夜食なんて作る機会がなかったのにと、ほぼ毎日涙ながらにおにぎりを握ってくれたりする。
 複雑な気持ちでそのおにぎりを食べると、残念ながらいつもすぐ眠たくなってしまうのは秘密だ。
 
 秋はあっという間に過ぎ去り、クリスマスを超え大晦日の日になった。
 私と寿磨は息抜きに年明け前から近所の神社に来ている。
 そこそこの大きさで瀟洒な佇まいの神社には、もう随分と人が集まり、いくつかの屋台も出ている。 
 私は神社の端っこの、光もほとんど当たらない様な場所に設置された椅子に座り、寿磨の席も確保していた。

「おまたせ」
 
 寿磨が屋台で買ったたこ焼きをふたつ持ってやってくる。

「ありがと」

 ひとつを受け取ると、寿磨は隣に座った。
 年明けまではまだ少しがあるが、既に境内には長蛇の列が出来ている。私は別に年明けしてすぐお参りがしたい訳では無い。
 ただこの大晦日の雰囲気を寿磨と味わっていたいだけなのだ。
 まだ湯気が立ち込めているたこ焼きをひとつ爪楊枝で刺し、外側をほんの少しだけ齧った。
 噛みちぎった場所から中から熱気が溢れ出るが、中身は完全に固まってしまっていて、出てこない。
 
「そういえば、受験勉強は順調か」

 ペットボトルの蓋を開けながら寿磨が言った。

「うん。模試の結果だともう余裕だよ」

 既に何度もA判定を貰っている私に死角はない、
 そういえばと、寿磨の横顔を見る。
 なぜだか知らないが、私は寿磨の進路を知らないでいた。
 毎日一緒に登校し、聞く機会は何度もあったのに、何となく話さなかった。

「そういえば寿磨はどこにいくの」

 ペットボトルのお茶を飲みながら、寿磨は横目を向けた。
 しばらく喉を鳴らしていると、一息ついて息を吐いた。

「俺は青城あおぎだけど」
「えっ、電車通学なの? 私てっきり寿磨も雨宮かなぁって思ってたのに」
「雨宮悪くないけど私立だしなぁ。それにあの人怖い」

 寿磨は手元のたこ焼きの器を傾けながら空いた方の手で喉元を撫でた。
 寿磨の家は母子家庭だし、お母さんに負担をかけたくないのだろう。
 それに涼花さんが怖いというのも気持ちは分かる。

「そっか、残念だね」
「まあいいだろ。別に家は隣同士だし、何かあったらまた助けてやるからさ」

 寿磨の笑顔につられて私も笑う。
 いままでずっと一緒だったから違和感もあるが、別に学校が違っても私達の友情が変わるわけではないのだ。何も気にする必要は無い。

「うん。そうだね」
「あ、もうそろそろだな」

 寿磨がズボンのポケットから携帯を取り出して時間を確認した。

「今年もありがとうな。とんでもない目にあったけど、瞳美と一緒だったから悪くなかったよ」
「もう、どういう意味それ」
「そのままの意味だよ。やっぱり俺はお前らのためなら大抵の事は出来そうだ」

 不敵に笑いながら寿磨はたこ焼きを頬ぼった。
 私も冷めて固くなったたこ焼きを食べていると、新たなる年の幕開けを告げる鐘の音がどこかから響いた。
 何となく私たちは急いでたこ焼きを食べ追えると、お互いを見合った。

「あけましておめでとう寿磨」
「おめでとう瞳美」

 立ち上がってゴミを捨て、私達は動き出した長い列の一番後ろに並んだ。
 黙って自分達の番を待ちながら、財布からお賽銭用の小銭を取り出す。
 手汗が滲むくらい小銭を握りしめていると、ようやく私達の番が来てお参りをした。

 ──来年も、そのまた先も大切な人達が笑顔でいられますように。



 ────

 早春の風は冬の残り香と共に過ぎ去り、桜の花があちこちに芽吹き出した。
 卒業式のことがつい昨日のように思えるが、私は今日、私立雨宮高校の門を潜った。
 受験は大して苦労もせず、その私の余裕が良くない伝わり方をしたのか、親は大した合格祝いをしてくれなかった。
 私は同じくこの学校に進学した愛花と共に敷地に入り、ぐるっと迂回して中庭へ向かった。
 人工芝で覆われた中庭に面した校舎の壁に、新一年生のクラス分けの紙が貼られている。
 進学コースは1組から3組までなので、愛花は先にそっちを確認しにいった。
 私も早く確認にいきたかったが、初々しい制服に着られた若人達の熱気すら感じる渦の中に入るのが億劫だった。

「瞳美は4組よ」

 もう聞きなれた後ろからの声に振り向くと、黒い礼服を着た御厨さんが居た。
 合格発表のあとは亡者狩りを再開していたので、最近も何度も会っている。

「そうですか⋯⋯自分で見たかったです」
「あら、ごめんなさい。てっきりあの人混みに入れなくて困ってると思ったから」
「いえいいんです」

 御厨さんはクスッと笑うと、左手を腰に添えた。

「まあでも、念の為見てくるといいわよ。きっと吃驚するわ」
「はい?」

 首を傾げていると、御厨さんはじゃあまた後で、と言って立ち去ってしまった。
 人混みが落ち着いてきたので4組の生徒が記された紙を見にいった。
 右から左へ、目を滑らせていくと、私は目を疑った。

「三椏寿磨」

 たしかに紙にはそう書かれている。
 同姓同名かと思ったが、珍しい苗字だし、下の名前も同じとなると考えにくい。

「なんで寿磨が⋯⋯」

 その場で立ち尽くしていると、隣から気まずそうに会釈する寿磨がこの学校の制服を着て現れた。

「よう瞳美、また一緒になったな」

 何事もないように語りかけてきたが、明らかに動揺して顔が引き攣っている。

「いやいやいやいや、なんで寿磨がいるの」
「いや⋯⋯色々あって入学させられたんだよ⋯⋯」
「色々って何!? 大体受験してないよね!?」

 寿磨は苦笑いしながらなんども頭を下げる。

 何が何だか分からず、またクラスの紙を見ると、担任の名前が御厨緋紗子となっていた。

「やったぁ。御厨さん担任なんだ」

 驚きの連続だが、これは素直に嬉しい。

「あいつの下の名前初めて知ったな」
「そういえばそうだね」

 今までずっと私も涼花さん達も苗字で呼んでいたし、最初会った時も苗字しか名乗らなかった。
 この場所で御厨さんについて新しく知ることがあるとは思ってもみなかった。

「まあいいや。教室に行こう。一年は西校舎の3階だろ」

 寿磨はそそくさと歩き出した。
 私は色々ききたいことがあるのに、まるでそれを避けるように寿磨は足を早めた。
 横に並ぼうにも、廊下は同じ1年生が多くて前に出れない。
 だが聞く機会はこれからいくらでもある。
 教室の前の黒板には座席表が貼られ、皆よそよそしく席に座って大人しくしていた。
 寿磨とは席が離れているので、今は話せない。
 しばらく静かに座っていると、いつの間にか席が全部埋まり、上級生らしき人が入ってきた。
 その上級生に体育館まで連れられ、パイプ椅子に座らされた。

 入学式はひたすら退屈だった。
 紅白の幕を張った壁際に御厨さん含め教員達が並んでいる。
 校長や来賓の話なんて興味無い。
 ただ生徒会長がまさかの涼花さんだったことは驚いた。
 私は涼花さんの話の時以外は何度も欠伸しながら眠気と戦い、ようやく新入生代表の挨拶も終わると、最後に担任の発表が始まった。
 親は生徒の後ろにいるからいいものの、これが横から撮影されてたりしたら私は一生の恥になっていただろう。
 しかし残念ながら、学校のカメラマンが近くにいたので完全に欠伸してる姿はカメラに収められている、
 進学コースの1組から担任が紹介され退出していくと、私達の前に御厨さんが立った。

「それじゃあ皆さん着いてきてください」

 御厨さんが言うと、4組の皆が立ち上がり体育館から出ていく。
 教室に戻ると早速御厨さんが黒板に白いチョークで名前を書いて自己紹介をした。

「1年間皆さんの担任を務めさせてもらいます、御厨緋紗子です。よろしくね皆」

 疎らな拍手と共に男子が鼻の下を伸ばしてざわつく。まあこれは仕方がない。
 私だって今日初めて会ったとしたら同じ反応をしている。
 その後様々な連絡事項が御厨さんの口から伝えられ、高校生活1日目は終わりを迎えようとしていた。

「あ、そうそうごめんなさい。苧環さんと三椏さんはこの後少し残っていてください。それでは皆さんまた明日」

 皆は一斉に席を立ち、教室を去っていく。
 さすがに初日から御厨さんにセクハラすれすれの質問をする男子ばかはいない。
 私は寿磨がどうしているか気になった。
 寿磨は目を細めて恨めしそうに御厨さんを凝視している。
 教室にいる生徒は減少し、私と寿磨は御厨さんのいる教卓の前に立った。

「なんですか御厨さん」

 尋ねると、御厨さんは微笑して人差し指を立てて唇に当てた。

「瞳美、一応学校では先生って呼んでくれるかしら」
「ああごめんなさい⋯⋯えっと、御厨先生」

 呼び慣れない呼び方をすると、御厨さんはニコっと笑って隣の寿磨に目を向けた。

「⋯⋯なんだよ。あんたのこと先生って呼べばいいんだ⋯⋯ぐふっ!」

 悪態をつく寿磨の頬を、目に見えぬ早さで御厨さんの手が挟んだ。

「あらぁ、入学早々問題児が見つかったみたいね⋯⋯ほら、先生のことはなんて呼ぶの?」
「た、体罰反対⋯⋯ふぐぅ!」

 御厨さんが力を強くしたのか、寿磨の頬が凹む。
 教室に残っていた生徒の視線が一点に集まった。
 
「わ、わかりまひた、せんせい⋯⋯」

 寿磨が呼ぶと、御厨さんは手を離した。
 寿磨は赤くなった頬を両手で撫でている。

「はいよろしい。じゃあふたりとも荷物持って着いてきて」

 教卓の出席簿を取り、御厨さんはドアに向かって足を進めた。
 何も分からずふたりでついて行くと、御厨さんは2階に降りて、東校舎に繋がる渡り廊下を進んだ。

「おい、どこに行くんだ」
「⋯⋯えっ?」

 寿磨が相変わらずの様子で聞くと、御厨さんは振り向いて口だけ笑顔を作りながら寿磨を睨みつけた。

「まあ今はいいわ。すぐに分かるから」

 そう言うと御厨さんは前を向いた。
 寿磨は基本大人や学校の先生に対しては畏まった態度を取るはずだが、どうやら御厨さんは例外らしい。

「ねえ寿磨、結局なんでこの学校に来たの?」

 小声で聞くと、寿磨は顎で御厨さんを指した。

「あいつに聞いてくれ⋯⋯」

 よほど自分では語りたくないのか、顔を顰めた。

「ここよ」

 渡り廊下を過ぎ、家庭科室や音楽室が並ぶ東校舎のひとつの教室の前で御厨さんは立ち止まった。
 教室のドアには白い紙で「お掃除部」と書かれている。
 部室かなにかだろうか。
 御厨さんはポケットから教室の鍵を取り出し、南京錠に鍵をさした。

「おい、まさかこんなつまんなさそうな部に入れっていうのか。悪いが俺はもう部活は決めてるんだよ」

 寿磨の言う通り、この部に入れという事なのだろうか。それはそれとして寿磨がなんの部に入るつもりなのか気になる。

「へぇ、なんの部活に入るつもりなの?」

 私の代わりに御厨さんが南京錠に苦戦しながら尋ねた。

「家庭科部だ。俺はそこで料理を極める」
「ふっ」

 御厨さんは鼻で笑うと、南京錠を開けた。
 悪いが私も同じ反応をしそうになった。
 寿磨が料理している姿はあまり想像ができない。
 小学校時代の家庭科の実習で何度か料理する寿磨を見たが、お世辞にも上手とはいえなかった。
 
「残念だけどあなた達はここに入ってもらわないといけないの。ちなみに顧問は私よ」

 御厨さんがドアを開けると、普通教室と変わらない部屋が現れた。
 教室には机が5つあり、4つは四角形を作って密着し、ひとつは突起するように、ふたつの机の側面に付けられている。
 私は別に入りたい部活があるわけでもないので、御厨さんが顧問の部活に入れるなら文句は無い。

「でもお掃除部ってなんですか。掃除するだけですか」

 私が聞くと、御厨さんは教室に入っていった。

「そうね。表向きはボランティア精神旺盛な生徒が地域美化のため奉仕に務める部活、本当の活動は闇夜に
彷徨う亡者達を黄泉へ還す⋯⋯」

 私と寿磨は顔を見合せて頷き、教室に足を踏み入れた。
 黒板には小さく白い文字で、

『部長 白詰涼花
 副部長 万年青夏樹』

と書かれている。

 どうやら、寿磨と歩む新しい青春が待っているらしい。
 不謹慎なとこかもしれないが、私は心踊り思わず顔が綻んだ。、

「ようこそ。私立雨宮高校お掃除部へ」

 
 


  
 

 
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