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レッスン60「オークの集落 (2/8)」
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これが『謁見の間』というやつなのだろうか。
僕らは3人して、ふかふかな絨毯の上でひざまずいている。
作法が分からない僕は、ひたすら隣のミッチェンさんのマネをした。
一方、お師匠様は礼儀作法にも明るいらしく、優雅な所作で歩き、そしてひざまずいていた。
本当、何者なんだろう……。
「面を上げよ」
正面から領主様の声がしたので、ゆっくりと顔を上げる。
そうして初めて僕は、領主様のお顔を見た。
大きなカツラを被った恰幅のよい男性だ。
隣にはもうひとり、身なりのよい人――執事さん? 家令さん?――が控えている。
「貴様が冒険者クリスか」
領主様が僕を睨みつける。
その目は蔑みに満ちていて、まるで獣か虫でも見るかのよう……あれ、な、なんだか思ってたのと違うな。
従士とか騎士爵とか、そういう良い話ではなさそうだ。
「貴様の話は冒険者オーギュスからさんざん聞かされておる。西の森近縁で、ずいぶんと好き勝手してくれておるそうではないか?」
……………………オーギュス。
ここにきて、嫌な奴の名前が出てきた。
オーギュス……またお前か。お前はまた、僕の邪魔をするのか。
■ ◆ ■ ◆
激しい叱責と、罵詈雑言の雨あられ。
『常識も知らない山猿が好き勝手しおって』とか、『この疫病神めが、儂の領に災厄を呼び込むつもりか』とか、さんざんに言われた。
僕は怖くて震えてた。
だって領主様に逆らったりしたら、処刑されてしまうかも知れないんだよ!?
どうも誤解があるらしかった。
領主様は西の森の『街』のことを、無法者のたまり場だとか、山賊のアジトみたいに考えているようだった……どうも、オーギュスからあることないこと吹き込まれているらしい。
右隣では、ミッチェンさんも蒼い顔をしていた。
そして、左隣では――…
「……ぷっ、くくく」
な、なんてこと――お師匠様が笑いをこらえている!
「何がおかしい!!」
領主様が、椅子から身を乗り出して激怒する。
「大変失礼致しました」
お師匠様が顔を上げ、
「聡明なる閣下のことを必死に騙そうとしているオーギュスの顔が目に浮かび、それがあまりにも滑稽だったものですから」
「何っ、オーギュスが儂を騙そうとしている……? 騙そうとしているのは貴様らの方――」
「閣下」
お師匠様が小首をかしげて微笑む。
その笑顔は天使のように愛らしく、淫魔のように妖艶だ。
その異様な美しさに、領主様が生唾を飲み込んだ。
「献上の品をお出しするのが遅れてしまい、大変申し訳ございません」
その機を逃さず、お師匠様が畳みかける。
小鳥がさえずるような可愛らしい声色で、
「マジックバッグを使用するご許可を給われますでしょうか?」
「あ、あぁ……許可する」
「ありがとうございます」
言って、お師匠様が腰に下げている巾着――見た目は小さいけれど大容量かつ時間停止機能付きの高級マジックバッグ――を手に取り、中からテーブルを取り出す。
「こちらは西王国から輸入した絹の織物でございます」
色とりどりの、輝かんばかりに艶やかな絹織物をいくつも並べる。
僕は『街』で見慣れてるけど、東王国じゃまずお目にかかれない逸品だ……いやまぁ僕には織物の価値なんて分からないのだけれど、以前ミッチェンさんが『これはすごい!』って言ってたし、実際『街』じゃ飛ぶように売れているらしいし、そして何より――
「お、おぉぉ……」
高級品を知り尽くしているはずの領主様が、立ち上がった!
テーブルに近づいてきて、絹織物を手に取って目を輝かせる。
「こ、これは確かに素晴らしい……」
「次にこちら、いつ何時どこでもこの針が北を示す、『羅針盤』という発明品です」
「な、何とそんな物が! 開拓が安全に行えるな!」
「そしてこれは、【遠見】の魔法を使わなくても遠くを見通せる『望遠鏡』です」
「ふむふむ」
「さらにこちら、ゼロインさえしっかり行えば、100メートル先の的でも百発百中の旋条式マスケット!!」
「な、ななななんと……ッ!! 弓兵や射撃魔法兵が要らなくなってしまうではないか!」
「そして極めつけがこちら!」
お師匠様が小型の望遠鏡を取り出す。
これは――あぁ、ドナがクロスボウに付けていたやつと同じタイプだな。
「このように、レンズに目印の描かれた望遠鏡――照準鏡を憑りつけると、きわめて射撃が容易になるのです!!」
「なんと――…」
言葉を失う領主様。
「どうでしょう? このように、西の森の『街』はルキフェル王国にとって有益な品物を多数吸い上げることのできる、素晴らしい場所なのです!」
「う、ううむ……」
「それに、誠に恐れながら諫言を申し上げますと、休戦中とはいえ敵国たる西王国がこのような新兵器の開発に成功している以上、それらを研究し対策するのが、王国の盾たる閣下のお役目ではないかと」
「なっ……女風情が生意気な口を!」
領主様が露骨に不機嫌な顔をする。
ま、マズい……せっかくいい雰囲気だったのに……。
「これは、大変失礼致しました」
お師匠様が優雅に一礼する。
「どうか、いまの発言はお忘れ頂けますよう。献上の品はまだまだございます。紹介を続けさせて頂いても?」
「……ふん、許そうではないか」
***********************
次回、お師匠様が領主様を翻弄する。
僕らは3人して、ふかふかな絨毯の上でひざまずいている。
作法が分からない僕は、ひたすら隣のミッチェンさんのマネをした。
一方、お師匠様は礼儀作法にも明るいらしく、優雅な所作で歩き、そしてひざまずいていた。
本当、何者なんだろう……。
「面を上げよ」
正面から領主様の声がしたので、ゆっくりと顔を上げる。
そうして初めて僕は、領主様のお顔を見た。
大きなカツラを被った恰幅のよい男性だ。
隣にはもうひとり、身なりのよい人――執事さん? 家令さん?――が控えている。
「貴様が冒険者クリスか」
領主様が僕を睨みつける。
その目は蔑みに満ちていて、まるで獣か虫でも見るかのよう……あれ、な、なんだか思ってたのと違うな。
従士とか騎士爵とか、そういう良い話ではなさそうだ。
「貴様の話は冒険者オーギュスからさんざん聞かされておる。西の森近縁で、ずいぶんと好き勝手してくれておるそうではないか?」
……………………オーギュス。
ここにきて、嫌な奴の名前が出てきた。
オーギュス……またお前か。お前はまた、僕の邪魔をするのか。
■ ◆ ■ ◆
激しい叱責と、罵詈雑言の雨あられ。
『常識も知らない山猿が好き勝手しおって』とか、『この疫病神めが、儂の領に災厄を呼び込むつもりか』とか、さんざんに言われた。
僕は怖くて震えてた。
だって領主様に逆らったりしたら、処刑されてしまうかも知れないんだよ!?
どうも誤解があるらしかった。
領主様は西の森の『街』のことを、無法者のたまり場だとか、山賊のアジトみたいに考えているようだった……どうも、オーギュスからあることないこと吹き込まれているらしい。
右隣では、ミッチェンさんも蒼い顔をしていた。
そして、左隣では――…
「……ぷっ、くくく」
な、なんてこと――お師匠様が笑いをこらえている!
「何がおかしい!!」
領主様が、椅子から身を乗り出して激怒する。
「大変失礼致しました」
お師匠様が顔を上げ、
「聡明なる閣下のことを必死に騙そうとしているオーギュスの顔が目に浮かび、それがあまりにも滑稽だったものですから」
「何っ、オーギュスが儂を騙そうとしている……? 騙そうとしているのは貴様らの方――」
「閣下」
お師匠様が小首をかしげて微笑む。
その笑顔は天使のように愛らしく、淫魔のように妖艶だ。
その異様な美しさに、領主様が生唾を飲み込んだ。
「献上の品をお出しするのが遅れてしまい、大変申し訳ございません」
その機を逃さず、お師匠様が畳みかける。
小鳥がさえずるような可愛らしい声色で、
「マジックバッグを使用するご許可を給われますでしょうか?」
「あ、あぁ……許可する」
「ありがとうございます」
言って、お師匠様が腰に下げている巾着――見た目は小さいけれど大容量かつ時間停止機能付きの高級マジックバッグ――を手に取り、中からテーブルを取り出す。
「こちらは西王国から輸入した絹の織物でございます」
色とりどりの、輝かんばかりに艶やかな絹織物をいくつも並べる。
僕は『街』で見慣れてるけど、東王国じゃまずお目にかかれない逸品だ……いやまぁ僕には織物の価値なんて分からないのだけれど、以前ミッチェンさんが『これはすごい!』って言ってたし、実際『街』じゃ飛ぶように売れているらしいし、そして何より――
「お、おぉぉ……」
高級品を知り尽くしているはずの領主様が、立ち上がった!
テーブルに近づいてきて、絹織物を手に取って目を輝かせる。
「こ、これは確かに素晴らしい……」
「次にこちら、いつ何時どこでもこの針が北を示す、『羅針盤』という発明品です」
「な、何とそんな物が! 開拓が安全に行えるな!」
「そしてこれは、【遠見】の魔法を使わなくても遠くを見通せる『望遠鏡』です」
「ふむふむ」
「さらにこちら、ゼロインさえしっかり行えば、100メートル先の的でも百発百中の旋条式マスケット!!」
「な、ななななんと……ッ!! 弓兵や射撃魔法兵が要らなくなってしまうではないか!」
「そして極めつけがこちら!」
お師匠様が小型の望遠鏡を取り出す。
これは――あぁ、ドナがクロスボウに付けていたやつと同じタイプだな。
「このように、レンズに目印の描かれた望遠鏡――照準鏡を憑りつけると、きわめて射撃が容易になるのです!!」
「なんと――…」
言葉を失う領主様。
「どうでしょう? このように、西の森の『街』はルキフェル王国にとって有益な品物を多数吸い上げることのできる、素晴らしい場所なのです!」
「う、ううむ……」
「それに、誠に恐れながら諫言を申し上げますと、休戦中とはいえ敵国たる西王国がこのような新兵器の開発に成功している以上、それらを研究し対策するのが、王国の盾たる閣下のお役目ではないかと」
「なっ……女風情が生意気な口を!」
領主様が露骨に不機嫌な顔をする。
ま、マズい……せっかくいい雰囲気だったのに……。
「これは、大変失礼致しました」
お師匠様が優雅に一礼する。
「どうか、いまの発言はお忘れ頂けますよう。献上の品はまだまだございます。紹介を続けさせて頂いても?」
「……ふん、許そうではないか」
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次回、お師匠様が領主様を翻弄する。
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