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36「いいねしました」
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■■■8時/ 同じ旅館にて■■■
「け、刑事さん、助けて、助けて!!」さらにまた一時間ほどが経った頃、『インスタ女子組』の猫目さんが私に泣きついてきた。「ミーコが、ミーコがいないの!」
「どうしたの、猫目さん?」
「ミーコがいないって言ってるでしょ!?」
「落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないじゃない! ミーコがいないと、いいねが稼げないのよ!?」
「あぁ……」
猫目さんのスマホを見て、私は目の前が暗くなる。残りいいね――5。このままだと、あと5分でこの子は死ぬ。
私はノートPCから猫目さんのアカウントを開きながら、いいね部隊を務めてくれている後輩の一人を電話で呼び出す。ワンコール、ツーコール……
『……もしもし?』スリーコールして、不機嫌そうな声の後輩が出てくれた。
「もしもし、友子ちゃん!? 大至急お願いしたいことがあって――」
『先輩、今、電車の中なんですけど』
「ごめんね! でも本当に急ぎなの」
『はー……何ですか?』
「今から言う子のアカウントを、片っ端からいいねしていって欲しいの」
『私それで、仕事終わってからも深夜まで延々といいねしまくってたんですけど』
「本当にごめん! この埋め合わせは必ずするから! お願い、助けると思って――」
『こんなことして、誰が助かるって言うんですか!』
助かるのだ。人が一人、少なくとも数分間は。『こっちは人命が懸かってるんだ』という言葉を、すんでのところで飲み込む。私は今、明白に、職務と猫目さんの命を天秤にかけている。
『もう駅着くんで。オフィスに着いたらまた連絡しますから』
「待って!! 今すぐいいねして!!」
ツー、ツー、ツー……
「……ねぇ、刑事さん?」猫目さんが絶望の眼差しで私を見る。それから、ふいっと視線を外して、「駄目だ、この人。役に立たない」フラフラと歩き出す。「ミーコ、ミーコ、何処? 何処にいるの?」
な~~~~お
……その時、私の耳に猫のような鳴き声が聴こえてきた。
思わず、周囲を見回す。が、猫なんていない。
「ミーコ!?」猫目さんが歓喜の声を上げた。何もいない空間に向けてスマホを翳し始め、「ミーコ、じっとしてて。あぁ、動かないで! ね、ミーコ、じっとしてて!! お願いよぉ!! じっとしてろって言ってるだろ!?」
猫目さんが、視えないナニカと格闘している。そして不意に――
「ぎゃぁぁあぁああああぁぁあぁあぁぁあぁぁあああああぁあああぁぁあぁあぁぁあぁぁあああああぁああああぁああああああああああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああああああああぁああごぼぶぺッ!?」
猫目さんが天に向かって叫び出したかと思うと、その喉元が引き裂かれ、鮮血が噴き出した。猫目さんは仰向けに倒れ、痙攣し、そのまま動かなくなる。
にゃーん♪ にゃーん♪
猫目さんのスマホが鳴り出す。
続いて、
テンテケテンテンテンテンテンテンテン♪
テルンテルン♪
この場にいる『インスタ女子組』の、舞姫さんと写楽さんのスマホも、鳴り出した。
私は猫目さんのスマホを拾い上げる。
「1分間の、動画……」
無駄と知りつつも、私は119番へ通報する――。
そうして電話を切った、その直後に、
ムーッ ムーッ
今度は私に、着信。
「もしもし?」
『見つけた、見つけました! 映え子!』
「越古さんね!?」
良かった。無事、蝿塚さんと合流することができたのだ。
『で、でもバエ子、スマホを放してくれなくて! どうしよう!? どうすればいいですか!?』
「緊急事態よ! 殴ってでも奪い取りなさい!」
『な、殴る!? 友達を殴るなんてそんな――――……あっ、バエ子、何処行くの!?』
にゃーん♪ にゃーん♪
テンテケテンテンテンテンテンテンテン♪
テルンテルン♪
そうしてまた、『インスタ女子組』のスマホが鳴り出す。
「あぁ……そんな、バエ子……」舞姫さんが呻き声を上げる。
私は咄嗟に、PCで蝿塚さんのアカウントを開く。果たして1分間動画が、UPされていた。
…………動画を開く。
「……越古さん、もう殴る必要も、奪い取る必要も無くなったわ」
返事はない。が、代わりに『バエ子、勝手に動かないで!』という声が聴こえてくる。
『バエ子、勝手に動かないで!』
動画の中からも、同じ声が聴こえてきた。
動画は、スマホかハンディカメラによって撮影されたもの。風景は市街地。何か映える物は無いか、とあちこちにカメラを向けている。フラフラと歩いているらしき撮影者の前方には交差点がある。
『バエ子、お願いだからじっとしてて!』
『五月蠅い!! 五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!』
カメラが激しくブレる。
それから、撮影者――蝿塚さんが交差点に飛び出す。
『あっ、バエ子――』
信号は、赤。
『パァァアーーーーーーーーッ、パパパパッ!!』
激しいクラクションの音。
『映える!?』
蝿塚さんの声。
急に右方向へと差し向けられるカメラ。
カメラに向かって猛スピードで迫りくるトラック。
――ドンッ
という重い音。
ぽーん、と舞い上がるカメラ画像。その端に一瞬だけ映ったのは、冗談みたいにくるくる回る蝿塚さん。
『きゃっ!?』
カメラはやがて、誰かの手に収まる。
『こ、これ、バエ子のスマホ!?』
声の主は越古さんだ。
『撮って……』苦し気な呼吸音の合間から、蝿塚さんの声が聴こえてくる。『私を、撮って!!』
だが、蝿塚さんの命を懸けた願いは叶えられない。彼女のスマホのカメラは地面を映すばかり。ポポポポ……という音からするに、越古さんがスマホを操作しているらしい。
――そうして。
『『い、いいねしました』』
私のスマホとPCの動画両方から、越古さんの震える声が聴こえてきた。
動画はそこで終了した。
越古さんからの通話も切れる。
「はーッ、はーッ、はーッ」
何やら耳元で不快な音がする。数秒経ってから、それが自分の呼吸音なのだと気付いた。
……死んだ。また死んだ。罪のない子たちが。
ムーッ ムーッ
また、着信。私は無意識的な動作で通話ボタンを押す。
『頼朝警部か!?』
果たして聴こえてきたのは、上司の声。
「――課長!」
泣き出しそうになるのを必死に堪える。
『いいね完了だ! 相曽恵美、出目あゆ、馬肉美穂、的場射太郎、以上4名のアカウントから、例のツイートにいいねを付けた! 寄道鉄夫のスマホについてもパスコードの初期化が完了している!』
「あ、ありがとうございます!!」
『気を抜くなよ。即応可能な専門家がいないか、こちらでも調整中だ。引き続き任務に当たれ』
「はい!」
よし、よし、よし!!
これで残すところは寄道くんのみとなった。
私は旅館の外に飛び出す。するとちょうど、バイク便がやって来た。旅館の中に入っていこうとするバイク便の配達人を捕まえて、
「それ、頼朝頼子宛ての荷物ですか!?」
「え? あ、はい。――貴女が?」
私は配達人から荷物を奪い取り、大慌てで開封する。
「ちょっと、代金が先ですよ――」
よかった、スマホはちゃんと動く!
私は震える手でTwittooを開き、
もう何度も目にした星狩良子の自殺告知ツイートへ――
――いいねを、した!!
「よぉぉおおおっし!!」
思わず、ガッツポーズをしてしまう。
「ねぇ! 代金! 払ってください!」
「え? あ、ごめんなさい。私ったら――」
代金を支払い、旅館のエントランスに戻る。
「みんな、全員のいいねが完了したわ!」2年4組の面々へ声をかける。「これで『呪い』は解決したはず――」
「――何言ってるの、刑事さん?」舞姫さんが、茫然とした表情でスマホを私に見せてくる。「減ってる。いいね、まだ減り続けてるわよ!?」
「け、刑事さん、助けて、助けて!!」さらにまた一時間ほどが経った頃、『インスタ女子組』の猫目さんが私に泣きついてきた。「ミーコが、ミーコがいないの!」
「どうしたの、猫目さん?」
「ミーコがいないって言ってるでしょ!?」
「落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないじゃない! ミーコがいないと、いいねが稼げないのよ!?」
「あぁ……」
猫目さんのスマホを見て、私は目の前が暗くなる。残りいいね――5。このままだと、あと5分でこの子は死ぬ。
私はノートPCから猫目さんのアカウントを開きながら、いいね部隊を務めてくれている後輩の一人を電話で呼び出す。ワンコール、ツーコール……
『……もしもし?』スリーコールして、不機嫌そうな声の後輩が出てくれた。
「もしもし、友子ちゃん!? 大至急お願いしたいことがあって――」
『先輩、今、電車の中なんですけど』
「ごめんね! でも本当に急ぎなの」
『はー……何ですか?』
「今から言う子のアカウントを、片っ端からいいねしていって欲しいの」
『私それで、仕事終わってからも深夜まで延々といいねしまくってたんですけど』
「本当にごめん! この埋め合わせは必ずするから! お願い、助けると思って――」
『こんなことして、誰が助かるって言うんですか!』
助かるのだ。人が一人、少なくとも数分間は。『こっちは人命が懸かってるんだ』という言葉を、すんでのところで飲み込む。私は今、明白に、職務と猫目さんの命を天秤にかけている。
『もう駅着くんで。オフィスに着いたらまた連絡しますから』
「待って!! 今すぐいいねして!!」
ツー、ツー、ツー……
「……ねぇ、刑事さん?」猫目さんが絶望の眼差しで私を見る。それから、ふいっと視線を外して、「駄目だ、この人。役に立たない」フラフラと歩き出す。「ミーコ、ミーコ、何処? 何処にいるの?」
な~~~~お
……その時、私の耳に猫のような鳴き声が聴こえてきた。
思わず、周囲を見回す。が、猫なんていない。
「ミーコ!?」猫目さんが歓喜の声を上げた。何もいない空間に向けてスマホを翳し始め、「ミーコ、じっとしてて。あぁ、動かないで! ね、ミーコ、じっとしてて!! お願いよぉ!! じっとしてろって言ってるだろ!?」
猫目さんが、視えないナニカと格闘している。そして不意に――
「ぎゃぁぁあぁああああぁぁあぁあぁぁあぁぁあああああぁあああぁぁあぁあぁぁあぁぁあああああぁああああぁああああああああああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああああああああぁああごぼぶぺッ!?」
猫目さんが天に向かって叫び出したかと思うと、その喉元が引き裂かれ、鮮血が噴き出した。猫目さんは仰向けに倒れ、痙攣し、そのまま動かなくなる。
にゃーん♪ にゃーん♪
猫目さんのスマホが鳴り出す。
続いて、
テンテケテンテンテンテンテンテンテン♪
テルンテルン♪
この場にいる『インスタ女子組』の、舞姫さんと写楽さんのスマホも、鳴り出した。
私は猫目さんのスマホを拾い上げる。
「1分間の、動画……」
無駄と知りつつも、私は119番へ通報する――。
そうして電話を切った、その直後に、
ムーッ ムーッ
今度は私に、着信。
「もしもし?」
『見つけた、見つけました! 映え子!』
「越古さんね!?」
良かった。無事、蝿塚さんと合流することができたのだ。
『で、でもバエ子、スマホを放してくれなくて! どうしよう!? どうすればいいですか!?』
「緊急事態よ! 殴ってでも奪い取りなさい!」
『な、殴る!? 友達を殴るなんてそんな――――……あっ、バエ子、何処行くの!?』
にゃーん♪ にゃーん♪
テンテケテンテンテンテンテンテンテン♪
テルンテルン♪
そうしてまた、『インスタ女子組』のスマホが鳴り出す。
「あぁ……そんな、バエ子……」舞姫さんが呻き声を上げる。
私は咄嗟に、PCで蝿塚さんのアカウントを開く。果たして1分間動画が、UPされていた。
…………動画を開く。
「……越古さん、もう殴る必要も、奪い取る必要も無くなったわ」
返事はない。が、代わりに『バエ子、勝手に動かないで!』という声が聴こえてくる。
『バエ子、勝手に動かないで!』
動画の中からも、同じ声が聴こえてきた。
動画は、スマホかハンディカメラによって撮影されたもの。風景は市街地。何か映える物は無いか、とあちこちにカメラを向けている。フラフラと歩いているらしき撮影者の前方には交差点がある。
『バエ子、お願いだからじっとしてて!』
『五月蠅い!! 五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!』
カメラが激しくブレる。
それから、撮影者――蝿塚さんが交差点に飛び出す。
『あっ、バエ子――』
信号は、赤。
『パァァアーーーーーーーーッ、パパパパッ!!』
激しいクラクションの音。
『映える!?』
蝿塚さんの声。
急に右方向へと差し向けられるカメラ。
カメラに向かって猛スピードで迫りくるトラック。
――ドンッ
という重い音。
ぽーん、と舞い上がるカメラ画像。その端に一瞬だけ映ったのは、冗談みたいにくるくる回る蝿塚さん。
『きゃっ!?』
カメラはやがて、誰かの手に収まる。
『こ、これ、バエ子のスマホ!?』
声の主は越古さんだ。
『撮って……』苦し気な呼吸音の合間から、蝿塚さんの声が聴こえてくる。『私を、撮って!!』
だが、蝿塚さんの命を懸けた願いは叶えられない。彼女のスマホのカメラは地面を映すばかり。ポポポポ……という音からするに、越古さんがスマホを操作しているらしい。
――そうして。
『『い、いいねしました』』
私のスマホとPCの動画両方から、越古さんの震える声が聴こえてきた。
動画はそこで終了した。
越古さんからの通話も切れる。
「はーッ、はーッ、はーッ」
何やら耳元で不快な音がする。数秒経ってから、それが自分の呼吸音なのだと気付いた。
……死んだ。また死んだ。罪のない子たちが。
ムーッ ムーッ
また、着信。私は無意識的な動作で通話ボタンを押す。
『頼朝警部か!?』
果たして聴こえてきたのは、上司の声。
「――課長!」
泣き出しそうになるのを必死に堪える。
『いいね完了だ! 相曽恵美、出目あゆ、馬肉美穂、的場射太郎、以上4名のアカウントから、例のツイートにいいねを付けた! 寄道鉄夫のスマホについてもパスコードの初期化が完了している!』
「あ、ありがとうございます!!」
『気を抜くなよ。即応可能な専門家がいないか、こちらでも調整中だ。引き続き任務に当たれ』
「はい!」
よし、よし、よし!!
これで残すところは寄道くんのみとなった。
私は旅館の外に飛び出す。するとちょうど、バイク便がやって来た。旅館の中に入っていこうとするバイク便の配達人を捕まえて、
「それ、頼朝頼子宛ての荷物ですか!?」
「え? あ、はい。――貴女が?」
私は配達人から荷物を奪い取り、大慌てで開封する。
「ちょっと、代金が先ですよ――」
よかった、スマホはちゃんと動く!
私は震える手でTwittooを開き、
もう何度も目にした星狩良子の自殺告知ツイートへ――
――いいねを、した!!
「よぉぉおおおっし!!」
思わず、ガッツポーズをしてしまう。
「ねぇ! 代金! 払ってください!」
「え? あ、ごめんなさい。私ったら――」
代金を支払い、旅館のエントランスに戻る。
「みんな、全員のいいねが完了したわ!」2年4組の面々へ声をかける。「これで『呪い』は解決したはず――」
「――何言ってるの、刑事さん?」舞姫さんが、茫然とした表情でスマホを私に見せてくる。「減ってる。いいね、まだ減り続けてるわよ!?」
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