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1「始まりの朝」

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   💭   🔁   ❤×?998


 スマホのアラーム音で、目を覚ます。朝6時半。
 寝ている間に眼帯が外れてしまっていたらしい。
 起き上がり、カーテンを開ける。ぐるりと自室を見回して、と、使い捨ての白い医療用の眼帯が枕元に落ちている事を認める。左目に眼帯を付け、ほっと息を吐く。
 ベッドから這い出し、寝間着――上はTシャツ、下はジャージという姿のまま自室を出る。
 1階へ降りると、味噌汁のいい匂いが漂ってきた。

「叔母さん、本当ホンマに無理せんでいいんですよ?」

 ダイニングルームに入り、せっせと朝食を作ってくれている叔母の背中に声を掛ける。

「あらあらまぁまぁ!」叔母が振り向いて、破願してくれる。化粧っ気の無い顔は若く、四十過ぎとはとても思えない。「おはよう、かるたくん」

「おはようございます」僕は軽く会釈する。

「育ち盛りなんだから、ちゃんと食べないと。顔洗ってらっしゃい」

「はい」

 言われるがまま、洗面所に入る。眼帯を外し、顔を洗い、ぎゅっと左目は閉じたまま、壁に掛けてあるタオルで顔を拭う。
 鏡を覗くと、平々凡々とした男子高校生の顔がある。ショートの黒髪、二重まぶたの目、鼻は高くも低くもない。不細工ではないけれど、取り立てて美形というわけでもない、やや中性的な顔立ち。
 中肉中背、如何にもケンカが弱そうな体付き。

 ――物部もののべかるた、17歳。

 左目に眼帯を付け直し、ダイニングに戻る。

「ごめんなさいね、お台所散らかしちゃってて」叔母が恥ずかしそうに微笑む。「足元、気を付けてね。……大変ね、その目」

「いえ、慣れてますから」微笑み返しながら、食卓に着く。

 炊き立てご飯、ニンジンとダイコンのお味噌汁、焼き鮭、出汁巻き玉子。朝からご馳走だ。

「飛蚊症、だったかしら?」

「はい」そういう事にしてある。「見えないってわけやないんですけど、何しろ邪魔で邪魔で。昔、左目を大怪我した事があって、それからです」

「若いのに、大変よねぇ」

「……頂きます」

「はい、どうぞ」



   💭   🔁   ❤×?998



 快晴。今年の東京は秋を何処かに忘れて来てしまったらしく、10月に入ったというのに汗ばむような陽気だ。もっとも僕は、『去年の』東京を知らないのだけれど。
 東京都文京区。文のみやこと呼ばれるこの街は、東大を始め多数の大学を擁し、夏目漱石、森鴎外、宮沢賢治等の著名な作家を多く生んだ――らしい。僕には、引っ越すにあたってネットで少し調べた程度の知識しか無い。
 ようやく馴染んできたブレザーの制服姿で、通学路を歩く。JR駒込駅にほど近い住宅街から商店街を南下する事、20分ほど。まだ7時半だと言うのに、ちらほら大学生らしき人影が増えてゆく。
『猫の家』こと夏目漱石旧居横を通り過ぎ、このまま南に突き進めば東大に至るのだけど、僕の目的地はその手前。

 ――私立猫目高校。僕が9月から通い始めた高校だ。

 転校には慣れている。
 前回は1年と3ヵ月も――最長記録だ。別れ方は最悪だったけれど、大叔父には感謝しなければならない。
 今お世話になっている叔父・叔母の家には子供がおらず、叔母は僕の事を実の子のように可愛がってくれている。そんな叔母を悲しませる事無く、無事にあと1年半を乗り気り、就職して自立出来れば――。それが、今の僕の目標だ。
 もしかしたら、よりよりさんが口を利いてくれるかもしれないし。

 校門をくぐり、誰も居ないグラウンドを抜け、校舎に入る。
 新しい学校の、始業時間は8時40分。スマホで確認すると、時刻は現在7時40分。ちょっと過剰なくらいに早めの登校だけど、ちゃんと理由がある。その理由と相対すべく、僕は自分のクラス――2年4組の教室に入った。

 ――あぁ、やっぱり。

 我知らず、深い深い溜息を吐く。
 寒々とした雰囲気の教室、最後尾の窓際の机に、花瓶が置かれている。

 ――星狩ほしかり良子りょうこ
 1ヵ月前、最初に仲良くなったクラスメイトの、その席に、だ。
 彼女はイジメを受けている。
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