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第1章 「私が初めて殺されるまでの話」

23(401歳)「断罪。あと『アリス貯金』ってなんぞ?」

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 というわけでやって来ました城塞都市・砦の謁見室。

 この砦、応接室はないものの、領主代行としてのパパンや、城塞都市まで巡回に来た領主様が謁見する用の簡素な謁見室が一応設けてある。
 さすがに大食堂の片隅で謁見するわけにはいかないもの。

 ここに来るまでも大変だった。

 荷馬車への塩の積み込みを手伝わされ、荷馬車に乗せられ、『城塞都市まで【瞬間移動】しろ』と命令され――っていうか犯人自身に連行させるとか何考えてんの!?
 これが他の悪意ある【瞬間移動】持ちだったら、沖とか山奥の空高くに【瞬間移動】して、ザルツさんをポイっして自分だけ戻ってくるとかするかも知れないんだぞ? 考えなしか!

 その後ザルツさんは城塞都市入口から意気揚々と凱旋し、砦の入り口で『塩の密造者を捕まえた』と口上を述べ、その『密造者』が私であることに顔見知りの軍人さんが目を白黒させ、それに気づかないザルツさん。

 そして、今。
 私はザルツさんと共に、パパンに向かってこうべを垂れ、片膝をついてひざまずいている。

「――顔を上げろ」

 パパンの声に、顔を上げる。

「はぁ~~~~……アリスよ、こりゃいったいどういうことだ? 【瞬間移動】ポイント増やしのために旅に出て、何がどうなったら塩の密造でしょっぴかれるんだ」

 ザルツさんに対して釘を刺しつつも、わけ分からんって感じのパパンと、

「……えっ!? む、むすめ……っ!? あわ、あわわわわ……」

 私の隣では、急に状況が悪くなったことに慌てるザルツさん。

 リアルで『あわわ』って言う人、私ゃ初めて見たよ。


    ◇  ◆  ◇  ◆


「……というわけでございます」

 私が領主代行パパンの娘と知ったザルツさんがガタガタ震えて使い物にならなかったので、私がことのあらましを説明した。できるだけ丁寧に、客観的に、そして過度にザルツさんを貶めないように。

 道を敷いてたらザルツさんの馬を驚かせてしまい、行商中の塩がひっくり返ったこと。

 壺を新しく作り、【探査】と【アイテムボックス】で塩だけを分離・収納したが、信じてもらえなかったこと。

 塩1トンを1,000万ゼニスで買い取ったこと。

 干し物を売るために城塞都市へタクシー代わりにされたこと。

 南の漁村へ行き、大海蛇シーサーペント退治に協力して海産物をたくさんもらったこと――まぁこの話は本件からすると完全に余談だけど、パパンに自慢したかったんだよ。

 ザルツさんが今日中に城塞都市へ塩を納品するために、漁村の塩を買い占めようとしたこと。

 私と村長さんが代案を示したが受け入れられず、カッとなった私が勢いに任せて海水から塩1トンを精製してしまったこと。

「なるほどなぁ……あのなアリス、教えてなかったが、ロンダキルア領内における塩の製造・販売は全て、塩ギルド員または塩ギルドから委託された者にしか許されないんだ。だから、事情はどうあれ、お前は罪を償う必要がある」

 数百年も勉強時間があったのに、なぜ教えられなかったのか……疑問はあるものの、まずは目下『罪の償い方』について集中せねば。

「方法は3つだ。
 1つ、ムチ打ち10回。
 1つ、1年間の軽犯罪奴隷としての従事。
 1つ、100万ゼニスの罰金」

 おぉぉ……ムチ打ちとか、いかにもだな!

「1つ目のムチ打ちだが……ベヒーモスの吶喊とっかんを受けてもびくともしないお前のことだ。まったくダメージはないだろうが……これは執行する父さんの方に精神的ダメージが入るからやめてほしい」

 確かに……父親にムチ打ちされる娘って、字面だけでもヤバすぎる。

「2つ目、軽犯罪奴隷の刑だが、砦や壁の修復やら農作物の改善やら魔物の討伐やら肉の供給やら……そんじゃそこらの奴隷なんかよりずっと働いてるし成果も出してるんだよなぁお前は。とはいえ娘を奴隷落ちさせるなんて外聞が悪いし、お前の経歴にも傷がつく。
 だから3つ目の罰金刑一択だ。あと1時間待ってやろう」

「ははぁっ!」

 というわけで【瞬間移動】で冒険者ギルドへ飛び、受付嬢さんへ適当なドラゴン素材を売りつけようとしたところ、今朝の地竜アースドラゴンの血液の査定が終わったとのことで、差額百数十万ゼニスを受領。
 パパンに罰金を支払い、私の罪はあがなわれた。


    ◇  ◆  ◇  ◆


 ザルツさんの塩の納品先は、なんとパパンだった。
 なのにあんだけ味のうすーいスープしか出てこないってんだから、どんだけ塩が足りてないんだよ!?

 で、私が買い取った塩1トンをそのままパパンに渡し、パパンから1,000万ゼニス受け取ることで本件は解決した。

 ザルツさんはお咎めなし。
 別に犯罪行為は何もしちゃいないし、私や漁村に対する傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いに関しては、私をタクシー代わりにした点以外は何も報告しなかったから。

 ……まぁ、私が報告してる間中、生まれたての小鹿のようにプルプル震えてたザルツさんだ。十分に怖い思いはしただろう。

 罰金の2割を受け取ったザルツさんは、私の方を見て救われたような、ほっとしたような顔をしてたけど、自覚あるんならもうちょっと謙虚に生きなさいよね!


    ◇  ◆  ◇  ◆


「――アリス! 村人の暮らしを助けようとして行ったというのは分かる。だがなぜ事前に相談しなかった! 【瞬間移動】ですぐに戻って来れるだろう」

 夕食後、パパンとママンの寝室にて。
 私は今、パパンから思いっきり説教されている。

「ご、ごめんなさいぃ……」

「商人たちの生活とか相場とか利権とか……大人の事情ってやつがあるんだ」

「以後気をつけます……」

「まぁ今回の件は、塩ギルドのことをお前に教えていなかった父さんにも非があるからな……これくらいにしとくか。
 良かれと思ってやったことが必ずしも良いこととは限らないし、正しいと思ってやったことが必ずしも正しいわけではない。ただでさえお前は周囲への影響力がデカいんだ。くれぐれも気をつけるように」

「はい! それでお父様、作っちゃった塩1トンは、もったいないけど捨てた方が……?」

「いや、父さんが買い取ろう」

「――はっ!?」

「……お、大人の事情というやつだ! 値段は?」

「お父様からお金なんてとれませんよ」

 さっきパパンから受け取った1,000万ゼニスは、領主代行が私を介してザルツさんに支払ったお金という扱い。だけどこっちの塩はまた話が違う。

「うむむ、では適正価格を『アリス貯金』に――」

「アリス貯金ってなんですか!?」

「あっ、しまった……お、大人の事情だ!!」

 慌てるパパン。
 ママンが『うふふ』と笑い、

「アリスちゃんの労働の対価や、アリスちゃんの働きで得られた利益の一部を貯めているのよ。魔王討伐後の平和な世界で、アリスちゃんが嫁ぐ際の持参金に上乗せするためにね。
 あり得ない金額の持参金に、あなたの将来の旦那様は、きっとびっくりするわよ?」

「おまっ、言うなよなぁ……」

「隠す必要ないじゃないですか、アナタ」

「こういうのは隠しておく方がカッコいいだろう?」

「アナタったら、もう」

 突如始まった両親のイチャイチャ攻撃!

 うーん、居心地悪い! とりま話題を逸らすか!

「ところで……」

【アイテムボックス】から、暴力的にいい匂いのするエビの醤油焼きを引っ張り出す。

「これ、なんだと思います? これね、南の漁村でもらった海の幸」


    ◇  ◆  ◇  ◆


「焼きエビうめぇな!」

「こっちのみそ貝焼かやきも最高よ!」

「そーでしょうそーでしょう!」

 軍人さんたちに出す分まではなかったので、私室でこそこそ晩酌タイム。

 酌と言いつつお酒は飲まない。常在戦場が家訓の我が家では、指揮官であるパパンが酔っ払うことはない。非番の軍人さんは飲んでもいい規則だけど、悲しいかな従士長パパン副従士長バルトルトさんに非番はない。
 それだけに、【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】という好きなだけ酔っ払える時間と場所が与えられた時のパパンとバルトルトさんの喜びようといったらなかったね。

 普段食卓に上がらない海鮮の数々に、パパンとママンは大喜び。
 いやぁ、お土産を持って帰ってきた甲斐があるってもんだよ!

「海の幸を食うと、冒険者時代を思い出すな!」

「うふふ、そうですね……」

 懐かしそうな表情のママン。

「冒険者時代はよく食べてたんですか?」

「そりゃあな! 地理の勉強の時にも教えたが、王国の街はほとんどが海沿いか川沿いだ。海鮮料理はよく食ったもんだよ。ここに住むようになってからは、めっきり食えなくなったからなぁ……」

 干し魚の交易はあるんだろうけど、量が少ないんだろうね。軍人さん全員に行き渡る量がない限り、ここでの食卓に魚が出てくることはあるまい。


    ◇  ◆  ◇  ◆


「……ところで、お父様」

 海鮮がなくなったあとで。
 私は、ことの核心に触れた。

「『大人の事情』について、教えてください。お父様はどうして、塩ギルドや塩の専売について私に教えなかったのですか?」





*******************************************
追記回数:4,649回  通算年数:401年  レベル:600

次回、伏線回。
あとパパンとママンがイチャイチャします。
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