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第1章 「私が初めて殺されるまでの話」

22(401歳)「歩く塩精製機は逮捕された」

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 塩というのは不思議なもので、適量を摂取しないと最悪死ぬ。
 真夏の炎天下で汗をかいたあと、水分補給と一緒に塩飴を舐めたりするのは、ナトリウム不足による体調不良を防ぐためのもの。

  野生の草食動物たちですら、塩の重要性を知っている。ヤギが塩を求めて絶壁を登ったり、除雪のために道路にナトリウムを撒いたら鹿が増えたりとかね。

 あ、肉食動物たちはそんなこと気にしていないよ。獲物の血肉に塩分が含まれてるからね。私も魔の森では散々お世話になったよ。
 地球でも狩猟メインの時代は製塩技術は進歩しなかったらしいし、現代でも生肉を食べて塩をほとんど必要としない民族もいる。

 でも、人類が農耕を覚えた頃から、塩が必要になった。

 現代地球でこそ減塩だなんだと言われてるけど、昔の人たちは、塩を手に入れるのに必死だったらしいね。岩塩採掘なんて危険がいっぱいだし……。

 逆に、現代地球で生きてた私には、塩の必要性がよく分からなかったもんだった。フツーの食生活でも塩分過多になっちゃうからね。
 そうそう、『敵に塩を送る』って言葉の意味が、小さい頃は分からなかったんだよね。『ん? 傷口にでもすりこむのか?』とか思ってた。
 クロ○トリガーの裏ボス(?)スペッ○オのデレ行動『しお』で味方が回復するのも、当時の私には意味不明だったなぁ。


    ◇  ◆  ◇  ◆


「……で、これが、嬢ちゃんが魔法で砂を取り除いたっていう塩かい」

 村長さんと商店主さんの前に、10個の壺が並んでる。

「見せてもらってもいいかの?」

「どうぞどうぞ」

 商店主さんが店から持ってきた真っ黒なお盆――綺麗に磨かれてる――の上に、村長さんが壺からすくった塩を広げる。掬う箇所は全ての壺の上辺、中頃、底の方とサンプリング箇所をバラけさせている。丁寧な仕事だ。

「「ほぉ~~~~っ!」」

 村長さんと商店主さんからの関心の声。

「砂の一粒も混じっちゃいない。どころか、ここから出荷した時よりもさらに綺麗になってるくらいじゃ!」

「えへへ、空間魔法は得意ですので」

「ザルツさん、これのどこが不満なんじゃ?」

「全部確認した訳じゃないんだ。信じられるものか!」

「いや、そんなことを言ったら……ご、ごほん。なんでもありません」

 商店主さんが何か言いかけ、村長さんに睨まれて口をつぐんだ。

 ……まぁあれだ、現代地球みたいにベルトコンベヤーで流れてくる製造物を何人もの検査員が目を皿のようにして検品するわけでもなし、塵の一粒すら検出するような優秀な検査カメラがあるわけでもなし、遠心分離機があるわけでもなし。
 この村での出荷前の検品も、今やって見せた程度のものなんだろう。でもそれをザルツさんの前で言うと藪蛇になりそうだから黙らせた、と。

 つまりザルツさん、あなた自ら塩の製造・検品現場に立ち会ったことがないね?
 偉そうにしてるくせに、塩ギルド員が聞いてあきれ――いかんいかん感情的になるな。

 あれかな、社畜SE時代にバグがなくならなくてひぃひぃ言ってた思い出に引きずられてるのかも。
 検品テストとデバッグはなぁ、すっごく大事なんだぞ!? 開発プログラミング以上に大事なんだ! テストファーストって言ってだなぁ――

「じゃあザルツさん、あんたが全数検品するかい? 部屋と道具なら貸してやれるが」
 
「なっ!? なぜ私がそんなことをしなければならん!? それに、そんなことをやっていたら今日中に納品できないではないか!」

「あの、提案があるのですが」

「ガキは黙ってろ!」

 私の提案を、聞く前に却下するザルツさん。

「聞くだけ聞いてくださいよ。私、非常に高レベルの【鑑定】が使えるんです。それで――」

「コラッ! ガキが大人の会話に割り込むんじゃない!」

「――私が鑑定して、この壺に砂が入っていないと出れば、問題ないのでは?」

「ガキのくせに生意気な! お前の言うことが信用できないから、新しい塩を買おうとしているんだろう!」

「……では今から商人ギルドに行って、ギルドの【鑑定】持ちに【鑑定】してもらってみては?」

「そんな無駄なことに支払う金など――」

「お金なら私が出します」

「商人ギルドを頼るなど、塩ギルドの沽券に関わる!」

 ああ言えばこう言う。引くに引けなくなってるのか、意固地になってるのか……。

「そもそもお前が最初の塩を駄目にしたのが元凶だろう! お前さえいなければ」

 さらには生産性のない罵倒を繰り返す……。

「あ~~~~~~~~~~~~もぉー分かりました分かりました分かりましたぁ!
 塩があればいいんでしょ塩が!!」

 思わず叫び、その勢いのまま沖の方まで【瞬間移動】!
 海上で【浮遊】し、海水数十トンを【アイテムボックス】へ収納! からの【物理防護結界】で作った幅10メートルの巨大釜へ海水を投入!
 巨大釜ごと元の場所へ【瞬間移動】!

「「「「「「「「「「「「「な、ななな……っ!?」」」」」」」」」」」」」

 村の広場は大騒ぎ。そりゃあ広場に突如、水入りプール現れたらビビるわな。しかもそのプールは空中に浮いているときたもんだ。

「今からここで塩を作ります!!」

 私は高らかに宣言する。

「ここに浮いているのはたった今汲んできた海水です! ザルツさん、ご確認ください!」

【アースボール】製のコップを【テレキネシス】で浮かせ、【物理防護結界】製の巨大窯から掬い取った海水をザルツさんへ渡す。

 ザルツさんは海水を舐めて、

「あ、ああ……確かに海水だ」

「認めましたね!? では次、この海水をします! 釜の下にもう1個の【物理防護結界】製巨大窯を生成・連結! 上の釜底面にメッシュ状の穴を形成!」

 しゃば~っと上の釜の海水が下の釜へ流れ込んでいく。ほどなくして上の釜には砂やゴミだけが残った。

 まぁこんなことしなくても砂とゴミを【探査】で把握して【アイテムボックス】へ収納することもできるし、それどころか海水から塩化ナトリウムだけを【アイテムボックス】で分離することもできる。
 というか魔の森での塩精製はそうやってたしね。
 わざわざこんなやり方をしてるのは、ザルツさんの目にも明らかに『塩を作っている』と見せるためだ。

「ゴミは【アイテムボックス】へ収納して、【物理防護結界】は消去! 釜を【テレキネシス】で持ち上げて、【ファイアウォール】で下から熱して急速沸騰! 【テレキネシス】でかき混ぜて~」

 ぐんぐんと水位が下がっていき、10分の1位になったところで白い濁りが出てきた。硫酸カルシウムだ。

「【ファイアウォール】は一旦停止! 釜の下に新たな釜を【物理防護結界】で生成し、上の釜の底面にメッシュ状の穴を形成!」

 しゃば~っと上の釜から海水が下の釜へ流れ込んでいき、上野窯には硫酸カルシウムが残る――石灰だね。肥料にもセメントの材料にもなる便利アイテムだ。今度コンニャクでも作ってみようかしら。

「石灰は【アイテムボックス】へ収納して、【物理防護結界】は消去! 釜を【テレキネシス】で持ち上げて、【ファイアウォール】で再び急速沸騰!」

 蒸発とともに海水が再び白くなっていき、水分がほぼなくなってシャーベットのようになった。

「では釜の下に【物理防護結界】で容器を作り、釜の底面へメッシュ状の穴を形成! 【テレキネシス】で漉して漉して~」

 上から押しつけられた塩シャーベットに含まれる水分が、下の容器にぼたぼたと滴り落ちる。これは豆腐の原料に成る『にがり』だ。

「最後に【ドライ】で乾燥! ――はい、お塩1トンの完成です!!」

「「「「「「「「「「うぉぉおおおおおおおおおお!?」」」」」」」」」」

 会場は大盛り上がり。

 にがりは【アイテムボックス】に収納し、塩は【アースボール】製の壺を10個生成して【テレキネシス】で均等に入れる。

「な、ななな、何て白さじゃあ~!!」

「う、美しい……」

 村長さんと商店主さんがキラッキラした目で壺を覗き込んでる。

「さぁザルツさん、お望みの塩です! 村の在庫か目の前のコレか、お好きな方を買いつければいいでしょう!」

「なっ、なっ、なっ……」

 果たしてザルツさんの選択は!?

 ――がしっ

 掴んだのは、なぜか私の腕。
 え? 私を捕まえて歩く塩精製機にしようとかそういう……?

「――お前を逮捕する!!」

「……へ?」

「「――あっ!」」

 戸惑う私と、『そういえば!』って顔の村長さんと商店主さん。
 え、え、私、なんかやっちゃった!?

「塩の密造は重罪だ! 領主代行様に突き出してやる!」

 なんですとぉ~~~~~~~~ッ!?

 ちょっ、だったら誰か途中で止めてくれたら良かったじゃん!
 え、本当に魔法で塩が作れるなんて思わなかったからですか、そうですか……。





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追記回数:4,649回  通算年数:401年  レベル:600

次回、アリス処刑!?
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