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第1章 「私が初めて殺されるまでの話」

3歳「九九ランニング。あと鐙は軍事チートの嗜み」

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 3歳になった。
 まぁ数え年で3歳だから、実質2歳だけど。

「くいちがく!」 

「「「「「「くいちがく!」」」」」」

「くにじゅうはち!」

「「「「「「くにじゅうはち!」」」」」」

 春先の朝。
 私は、砦兼練兵場に詰める軍人さんたちのランニングに付き合っている。正確には【浮遊】の上位互換魔法【飛翔】で、新人軍人数十人の先頭を飛んでいる。
 ちなみに私の格好はパンツスタイル。いつもそこら辺をふわふわ漂っているものだから、『女の子らしい格好をさせられない』とママンがよく嘆いている。

「くさんにじゅうしち!」

 と私が言えば、

「「「「「「くさんにじゅうしち!」」」」」」

 屈強なあんちゃんたちが繰り返す。まぁ、掛け声の代わりだね。

 パパンがママンに『新人が阿呆で困っている』ってグチってたのを聞いて、そろそろお喋り解禁かと思ってた私が、『さんじゅつを、まなばせてみては?』って提案したのだ。一応、喋り方は幼い感じを偽装した。

 算数は論理的思考の基礎。剣を振るうのが軍人さんの仕事とはいえ、上官の命令からその意図を正確に汲み、遅滞なく遂行するにはロジカルな脳みそが必要だ。

『な、ななな……アリス、もうそんなに喋れるようになったのか!? いやそれよりもその歳で算術まで!?』

『だってアナタ、アリスちゃんは神童だもの!』

 親バカを爆発させるパパンとママンに簡単な四則演算をして見せて、そのあまりの速度に驚かれ、

『かんたんなかけざんは、あんきするのです』

 ――九九のお披露目とあいなったわけだ。

 しかしこの九九ランニング、地味にキツい。一の段から九の段まで言い終えるのは結構時間がかかるし、肺活量も鍛えられるってすんぽーだ。

 ランニングでラーニング、なんちゃって!

「くくはちじゅういち!」

「「「「「「くくはちじゅういち!」」」」」」

「はい、しゅ~りょ~」

「はぁ~終わったぁ~……」

「朝っぱらから堪えるぜ!」

 口々に軽口を言う新人さんたち。
 いやぁ、若い筋肉ってのはいいね! お姉さん、ちょっとドキドキしちゃうよ!

「おみず、どうですか」

 無詠唱の【アースボール】で空中に人数分のコップを作り、時空魔法【テレキネシス】で宙に浮かす。【アースボール】はボールと言いつつ、コツを掴めばどんなふうにも造形できる便利魔法だ。
 続いて【アイス・ウォーターボール】でコップを満たす。もちろん水に土が混じるようなことなど万に一つもない。

 この程度の魔法など、日々研鑽を怠らない私にとっては児戯にも等しいのだ!
 3歳児だけに!

「ありがてぇ、嬢ちゃんは魔法の天才だな!」

「将来はすげぇ美人の魔法使いになるぞ!」

 口々に私をヨイショする軍人さんたち。そう、私は若干3歳にして、筋肉オタサーの姫となったのだ!!

 使い終わったコップは、地面に置いてもらえば私が土に返す。たまに、持って帰りたいという人もいる。

 朝のひとっ走りが終わり、朝食の時間となる。
 三々五々と散っていく軍人さんたちを尻目に、私は【飛翔】で砦上空へと飛ぶ。

 あ、一応私、じたく内に限ってはひとり歩きの許可をもらっている。
『ひとりで歩き回っ――飛び回って? と、とにかく怪我でもしたらどうするの!』ってママンが最後まで抵抗していたけど、【飛翔】ですいすいと空中を泳ぐ私の姿を見て、根負けした形だ。ごめんね、ママン。
 逆にパパンは、『元気なのはいいことだ。将来は勇者かな?』なんて言って、私をドキリとさせた。

 パパンとママンにステータスウィンドウを見せたことはない。とはいえステータスウィンドウを開けるのは別に私だけというわけではなく、鍛錬から戻ったパパンが自分のステータスを確認している姿を見たことがある。
 1歳の頃から魔法でやりたい放題やってるのに、聞かれないのはなぜだろう?

 ――閑話休題。

 この砦、銃や火薬は見当たらなかったけどクロスボウは見かけた。黒色火薬チートもできないではなさそうだけど、火と風と土の複合魔法による『爆発』という現象を知っているこの世界の人たちには効果薄そうなんだよね。火薬で軍馬をビビらせて敵騎兵壊滅チートは無理そうだ。
 魔法が使える軍人さんも多く、この街に詰めてる領主軍&王国軍人計数千人のうち、数十メートル先の的へ炎の矢を当てられるくらいの人が数十人はいるのだそうだ。
 とはいえこれは、貴族家やその従士家で高等な教育を受けられる子弟だからこその数値であって、全人族の1パーセントが皆、魔法の才能を持つというわけではないとのこと。

 これらの具体的数字は、転生前のオリエンテーションで女神様から得たもの。
 女神様からは人族領域の地理情報も頂いている。

 まず、この地は魔族が支配する大陸の西の西の端っこにちょこんと生えた半島。面積は日本列島の本島くらいで、東西に長い。
 気候も東京と同じくらいで、四季がある。
 とはいえ世界観は中世ヨーロッパ風で、主食は小麦やライ麦だ。西の方では米も栽培してるらしいけど。

 そして、ここ。
 ここはその半島と、魔族が支配する大陸の境界線。つまり魔王国との国境。

 砦の上空、東の方へ視線を向けると、まず目に入るのが壁。
 南北にどこまでも続く人族を守る盾なんだけど、結構ガタがきてて、ところどころ崩れたり穴開いたりしてるんだよね。
 補修したいんだけど、【土魔法】はまだまだ要鍛錬で、コップは作れても、魔物の突進に耐え得る強度の壁を作れるほどにはなっていない。
【土魔法】だけでやろうとするからダメなのか? 【時空魔法】で圧縮したり、【火魔法】で焼き入れしたらどうだろう……要研究だな。

 さて、そんな壁の向こうに見えるのが、どこまでも果てしなく続く広大な森。
 この森は恐ろしくも『魔の森』と呼ばれ、約100年前の人魔大戦で魔族が強力な魔物を多数放ったため、ドラゴンとかグリフォンとかフェンリルとかオルトロスとかが跋扈する、まさにラストダンジョン手前の森。まさしくロンダ○キアって感じだ。

 ……やっとの思いでロンダ○キアへの洞窟を抜けてからのザ○キ連発は悪魔の所業。絶対に許してはならない。

 ブリザ○ド、お前のことやぞ!!

 魔族は魔物の【従魔テイム】が比較的得意な種族だが、【従魔テイム】されていない魔物は基本的に、人族だろうが魔族だろうがエサとみなして襲ってくる。
 魔族が強力な魔物を森に放ったのは、『無制限の【従魔テイム】能力』という、『ぼくのかんがえたさいきょうのスキル』を持つ魔王の存在を前提とした作戦だった。
 その魔王が先代勇者の捨て身の突撃で封印されたため、魔族の侵攻が止まり、魔の森が緩衝地帯となったことで、人族は生き長らえたわけだ。

 ……その封印も、あと9年で解けることになる。
 私が勇者であることと、封印のこと。その話をいつ、どのような形で切り出すべきか、私は決めあぐねている……。

 さて、魔の森から人族を守る万里の長城&堀と、その中心のわがや。さらにその西側には、砦に詰める軍人さんの住居と、軍人さんたちを目当てにした市・商店・鍛冶屋・酒場や、行商人の為の宿等々が立ち並ぶ街が形成されており、さらにその外側に軍人さんたちが耕す畑。そしてそれらを取り巻く城壁&堀。

 人口1万人弱の『ロンダキルア領城塞都市』の完成だ。
 上空から見たら、こんな感じ。


   北          壁 森……
  西 東         壁 森……
   南          壁 森……
              壁 森……
           壁壁壁壁 森……
        壁壁壁   壁 森……
      壁壁      壁 森……
    壁壁        壁 森……
   壁     央    壁 森……
        中 広  砦壁 森……
   壁     場    壁 森……
    壁壁        壁 森……
      壁壁      壁 森……
        壁壁壁   壁 森……
           壁壁壁壁 森……
              壁 森……
              壁 森……
              壁 森……
              壁 森……


 こんな最前線も最前線に住んでるなんて、パパンとママンは勇ましいね!

 ちなみに人族の総人口が1千万人程度。戦火の中を逃げ延び、この100年弱で増えたことを思えば多い方かな?
 総人口の千分の一がこの城塞都市に終結していると考えれば、相当な力の入れようではある。
 ずっと西の方の肥沃な平地に王都があり、そこにも常備軍はいるのだけれど、常備軍の半数以上をこちらに張りつかせているのだそうだ。

 有事の際は王都の常備軍と冒険者――という名の傭兵――がさらに集まり、1万人弱の軍勢となる。関ヶ原の戦いでぶつかり合った人数が十数万人だったことを思うとちょっと頼りないけど、この人数で戦うしかない。

 幸い、魔王国軍が攻めてくるには魔の森を抜けてこなきゃならず、そんな大所帯で森越えは難しいだろう……空とか飛んでこない限りは。
 魔族側の強さが未知数なのが怖いんだよね……まぁ、【ふっかつのじゅもん】を駆使して試行錯誤するしかないか。

 あと城壁の外側には、あまり上品ではない商売――賭博場とか色町とか――と、そういった客のための市や酒場、宿が形成され、さらには入城税や人頭税が払えない層――浮浪者とかゴロツキとかのスラム街もある。

「おーい、アリス!!」

 おや、パパンの声?

 下を見れば、馬に乗ったパパンが私を見上げている。
 うおっ、ぼーっとしてたら砦の外にまで漂ってしまっていた!
 やばいやばいと慌てて下降し、パパンの腕の中に収まる。

「こらアリス! ひとり歩きは砦の中だけだという約束だろう!」

「ご、ごめんなさい……」

「まったく、いつまでたっても食堂に来ないからと探してみれば……」

 お説教が続きそうだったので、話題をそらす意図もあり、日頃から気になっていたことをパパンに聞いてみる。

「あの、おとうさま、馬にあぶみはつけないのですか?」

 そう、この世界に来てから乗馬している人はたくさん見たが、誰もくらに鐙――騎乗時に足を引っかけるやつ――をつけていないんだよね。

「ん? アブミとはなんだ?」

「馬上で足を引っかけてバランスを取るやつです」

「足を、引っかける……? どうしてそんなものが必要なんだ?」

「えーと、馬上で踏ん張ることができないと、走る時に振り落とされそうになりませんか?」

「ん、んんん……? そんなものは訓練でなんとかするしかないだろう?」

「?? で、ではどうやってバランスを取るのですか……?」

「そりゃこう、太ももでぎゅっと挟んでだな――」

「ぎゅっとはさんで?」

「あとは気合いだ」

「!? !? !?」

 思わず感嘆符と疑問符を連打してしまう私。

「で、でも馬上で足場があれば踏ん張りが利いて安定しますし、立ち上がることだってできるようになりますよ?」

「だが馬に乗ってるのに足場なんてないだろう」

「足場がないなら、足場を作ればいいじゃない!」

「……は? アリス、お前いったい何を言って――」

 私は【飛翔】でふわりと降り、【土魔法】で鐙モドキを精製する。ホントは鐙の部分は鉄で、鞍と鐙をつなぐ『鞍革』は革で作りたいところだけど、今の私の魔法ではどっちも無理なので、できるだけ硬くした岩で作る。鞍革部分は鎖状にした。

「さ、おとうさま、一度降りてください。――はい、これをこんなふうに鞍にかけて、そう、こんな感じ……はいおとうさま、もう一度馬に乗ってみてください。
 ……おとうさま?」

 パパンは鐙を見つめたまま動かない。

「あれ、おとうさま、おとうさま……?」

【飛翔】でパパンの顔をのぞき込んでみれば。

「た、立ったまま気絶してる……」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 それからパパンは3日間寝込んでしまった。

 私が使う魔法のチートっぷりにはすっかり慣れっこなパパンだ。驚いたのは私の土魔法に対してではない。
 人族最前線の辺境伯領を守る従士長として、鐙の有用性と、それがもたらすであろう軍事的革命に衝撃を受けたのだ。そして、それが魔族側にバレた時の恐ろしさも……。


    ◇  ◆  ◇  ◆


 念願のテレビゲーム無双だけど、これが難航してる。
 魔法的な力でパパッと出せるんじゃない? 【万物創生】魔法とか教本に載ってんじゃない? なんて軽く考えてたけど、そうは問屋が卸さないっぽい。
 あとカードゲームやボードゲームなんだけど、そもそもこの世界、紙がない。ヨレヨレの羊皮紙では、均一な柄のトランプが作れない……。

 まぁまだ3歳(実質2歳)だ。地道に行こう!





***************************************
追記回数:4,649回  通算年数:3年  レベル:1

次回、主人公アリスが異世界にグー○ルを現出させて、異世界のことを学び始めます。
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