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番外編
エンドロール
しおりを挟むさすがに公爵城に着くころには魔力も回復している。
騎士服は血や泥で汚れていたため、ワタシはドレスに着替えた。
正面から門を叩く──と何かあったと思われるか。
いつも通り、転移魔術でいこう。
そしたら誰にも気づかれずに、しれっとパーティーに潜り込めるはずだ。
アーサーたちのおかげで、ダンスホールの明かりはまだ灯っている。
──間に合った。
ホッとしながら、ワタシは転移魔術を発動。
いつもの物置小屋に転移し、自分の身なりを確かめる。
「……バレないわよね?」
万が一にでも擦り傷が残っていたらシャーリーにバレてしまう。
妹の夫であるガゼルも変なところで勘が鋭いから厄介な夫婦だ。
うーん……大丈夫そうね。さすがワタシ。
「よし」
満足げに頷いてから、ワタシは物置小屋の扉を開けて、
「いらっしゃいませ、お姉さま!」
「へ?」
満面の笑みで立つ、シャーリーが居た。
深い藍色のドレスで着飾ったこの子は天使のよう。
既にガゼルから贈り物をもらったのか、綺麗なペンダントも身に着けている。
「シャーリー、どうして……」
「ここがお姉さまの専用の玄関だということは公然の秘密なので」
「うっそ!?」
シャーリーは「あ」と口元に手を当て、
「これ言っちゃだめでした。えへへ。今のナシです」
「な、ぁ」
なんて可愛らしい姿……じゃなくて。
じゃあ今まで全部バレてたってこと?
三日に一度はシャーリーの顔を見に来てたのも、全部?
──な、なんて辱めなの。いっそ殺してほしいわ……!
「ほら、行きましょうお姉さま!」
シャーリーはワタシの手を掴んで引っ張った。
「わ、ちょっと! 待って、心の準備が」
「待ちません。主役が遅れてどうするんですか!」
「は? 主役?」
主役はシャーリーのはずでしょ?
「どういう……」
ワタシが問いかけようとすると、シャーリーは足を止めた。
「実は……」恥ずかしそうに頬を赤くして上目遣いでこちらを見る。
「わたし、自分が生まれた日なんて知らないんです」
そうでしょうね。と納得できる自分がいた。
ガゼルは母親から聞かされていたんじゃないかと言っていたけど、ワタシと初めて出会った時ですらシャーリーはまだ幼い子供だった。あの薄暗い地下牢で誕生日なんて祝われたことはないだろうし、覚えていなくてむしろ当然だ。
でも、そうだとしたらなんで今日に──?
「覚えていますか? 今日は、わたしとお姉さまが初めて出会った日です」
「え」
「わたしはあの日、きっと生まれ変わりました。お姉さまに出会えたから今までのすべてがあった。ガゼルさまも、おばあさまも、エリザベスお姉さまも……みんなと出逢うことが出来た。だから、この日を誕生日にしようって、そう思ったんです」
心臓が、跳ねる。
足が、震えて。
「だから今日は、お姉さまの誕生日にもしたいなって。だめですか?」
「……だめ、じゃない」
馬鹿ね。誕生日なんてそう変えるものじゃないのよ。
けどワタシも自分の誕生日なんて覚えてないしね。
しょうがないわ。シャーリーと同じにしてあげる。
なんて、言いたかったのに。
「嬉しいわ」
口をついて出る言葉は、ワタシに似合わないほど素直で。
「本当に、嬉しい」
泣くのを我慢するので、精一杯だった。
顔の筋肉を突っ張っていないと涙が溢れてしまいそうだ。
シャーリーは、まるで悪戯を企む子供のように笑った。
「むふふーん。驚くのはまだ早いですよ?」
いつの間にかダンスホールに到着する。
城門のように閉ざされた扉を開けると、そこには──
「「「誕生日おめでとう、シャーリー、カレン!!」」」
「!?」
たくさんの人が、迎えてくれた。
ガゼルが、エリザベスが、ゲルダが、アリアが、イリスが、イザベラが。
カレンの知る騎士団の面々や、北部の有力商会の者達もいた。
「なんで……」
「主役を待っているのは当然だろう」
ガゼルが微笑み、
「妹を待つのも姉の務めですわ!」
エリザベスが得意げに胸を張り、
「待ちくたびれたよ、カレン」
ゲルダが優しい祖母の笑みを浮かべる。
みんなが自分を待ってくれていた事実。
そして、次々と投げかけられる祝福の言葉に、もう耐えられなかった。
「あれ。お姉さま、泣いてるんですか……?」
「……は? 泣いてないけど」
「でも目に涙が」
「これは……あれよ。汗かいただけよ。それくらい分かりなさい」
にまにまと、周りが浮かべる笑みが腹立たしい。
腹立たしいから、魔術で涙を消してやる。
ふふ。今ばかりは魔術を覚えておいてよかったと思うわ。
「ところで……」
ガゼルがちょっといい笑顔で近づいて、肩に手を置いた。
ワタシの耳元に口を近づけたガゼルはささやく。
「基地で何かあっただろ」
「……!」
どきりとした。
確信を持った言葉だ。肩を握る手に力が入った。
「なんで」
「血の匂いがする。それに地鳴り」
「……野獣公爵の異名を忘れてたわ」
汚れは誤魔化せても匂いまでは誤魔化せなかったか。
こいつの鼻の良さを甘く見ていたわね……。
一気に片をつけるための超戦略級魔術が仇となったか。
あとでお話だと言われて渋々頷く。
軍規違反をしたことは自覚しているけど、大災厄を止めた手柄でチャラにしてもらおう。ワタシがそんなことを思っていると、
「むぅ。ガゼルさま、今日のお姉さまはわたしのですよ! め、です!」
「すまんすまん」
シャーリーがワタシの身体を引っ張り抱き寄せてくる。
ガゼルから取られないように抱きしめる、この姿ったら!
この子、ワタシの妹なのよ。はぁ、可愛い。癒される……。
「カレン、これを」
「ゲルダ様?」
ゲルダ様がワタシのところにやってきて、小さな箱を差し出してきた。
蓋を開けると、太陽と月を模した綺麗なイヤリングがある。
「誕生日おめでとう、カレン」
「……っ、ま、まさかワタシに?」
「他にカレンがいるかい?」
ゲルダ様は苦笑して、
「アタシが公爵夫人だった頃に着けていたものさ。シャーリーには少し大きいけど……アンタならちょうどいい。きっとアンタを守ってくれる」
「そんな大事なもの、貰っていいの?」
「もちろん。アンタに貰ってほしいのさ」
快活に、ゲルダ様は笑う。
その男勝りな優しさが嬉しくて、ワタシはイヤリングを抱きしめた。
「ありがとう………………おばあ、さま」
「うん。孫に喜んでもらえて何よりだ」
「わたくしからはこれですわぁ!」
じゃじゃーん!とエリザベスが取り出したのは一枚の紙きれ。
「『お姉ちゃんになんでも叶えてもらえるけ」
「要らないわ」
「な、なんですって……!?」
こいつ、本当にブレないわね。
いっそ清々しいわ。
「ふ、ふふ。こういうこともあろうかと違うやつも用意しましたわ」
そう言ってエリザベスが渡してきたのは髪飾りだった。
しかもワタシ好みの、ちょっと憧れていた可愛いお花のやつ。
派手さはないけど確かに存在感があって……くッ、エリザベスの癖に趣味がいいわ。
「お姉ちゃんからのプレゼントです。貰ってくれますか?」
「……どうしようかな」
これを貰うってことは、つまりこいつを姉だと認めるわけで。
正直、どうしてこいつがここまで妹にこだわるのか分からないけど。
……ま、こういう姉がいてもいいかもね。
今のワタシは、ローガンズじゃないんだから。
「まぁ貰ってあげるわ。感謝しなさい。エリー」
「……っ!? あ、あだ名で……で、でもお姉ちゃんと呼ばれたい……くぅ、悩ましい……!」
それはそれとして、姉と呼ぶかどうかは別だけども。
いや無理でしょ。こんな公衆の面前でお姉ちゃんだなんて……絶対無理。
「じゃあ、次は俺だな」
ガゼルが得意げに進み出て、剣を手渡してきた。
驚くほど軽い、けれど鞘から抜いた刀身は宝石のように綺麗だ。
「この国で一番の職人に作らせた。世界最硬かつ最軽量のレイピアだ。魔術伝導性にも優れていて、切っ先から魔術を打つと魔力消費を抑えられる。義姉上の魔術にも耐えられるだろう。鞘に使われている木は魔除けの効果が……」
「長い、長いわ。もう分かったから。あとで聞くから」
ほんとこいつ、普段は口下手なのに趣味のことになると饒舌よね。
まるでどっかの誰かさんみたい。
これが同族嫌悪ってやつなのかしら。世話の焼ける弟を持った気分よ。
「仕方ないから、これからもあんたのために働いてやるわ」
「今の十分の一くらいの活躍で、俺は十分なんだがな……」
「最後の最後に、わたしからはこれです!
シャーリーが手渡してきたのは、小さな箱だった。
蓋を開けると、目に楽しい色とりどりのクッキーが並んでいた。
「わたしが魔道具を触ると壊れてしまいますので」
シャーリーは恥ずかしそうに言った。
「自分でクッキーを焼いてみました。お姉さまに食べてほしくて」
「……シャーリー」
あなたも、ワタシと同じことを。
「実はワタシも、あなたに贈り物があるの」
「え?」
ワタシは転移魔術を発動し、手元にケーキの箱を出現させた。
箱を開けると、
「わぁ」
シャーリーが感嘆の声を上げる。
ワタシがあの頃の記憶を思い出しながら作った、フルーツケーキ。
いちごやキュウイ、ぶどうなど、美味しい果物を詰め込んだ宝石箱。
「これ、もしかしてあの時の?」
「そう……二人で初めて食べたケーキよ」
「わぁ、わぁ」
じわりと視界が滲む。
あぁ、泣いちゃだめなのに。
シャーリーが喜んでくれるだけで、こんなにも心が満たされる。
「お姉さま、あっちで食べさせ合いっこしましょ?」
「えぇ、いいわよ」
ダンスホールに音楽が流れ始める。
ワタシたちを気遣ったのか、参加者たちはペアを組んで踊り始めた。
その輪から外れて、二人で休憩用のソファに腰を落ち着ける。
「はい、お姉さま。あーん」
「あーんって……さすがに恥ずかしいのだけど」
「あーん」
シャーリーはいい笑顔でクッキーを持ちあげたままだ。
こういうところは譲らないのよね……しょうがないわ。
「じゃあ、はい」
「んっ」
ワタシがシャーリーのクッキーを食べるのと、
シャーリーがフルーツケーキを食べるのは同時だった。
二人で髪をかきあげて、一緒になって甘みの楽園にひたる。
「美味しい」
シャーリーが涙を流しながら言った。
「楽しい思い出が胸に溢れて……とても、ぽかぽかします」
「……ワタシも」
「お姉さま、泣いてるんですか?」
「泣いてないわ」
「それも、汗ですか?」
「いいえ、ちょっと目にゴミが入っただけ」
瞼を拭うと、シャーリーがにやりと笑った。
「ふ~ん……そうですか。お姉さま、素直じゃないんだから。可愛いですねぇ」
「む、シャーリーの癖に生意気よ? そんなこという妹には……」
ワタシはゆっくりと手を伸ばす。
シャーリーの身体をまさぐり、弱いところをくすぐってやる。
ふふん。あなたの小さい頃を知ってるのはワタシなんだから。
「あはっ、あはは! やめっ、ねーね、くすぐったい……!」
「あなたがワタシをからかうからいけないのよっ!」
ワタシたちは子供のようにじゃれ合って、ソファの上で転げ回った。
過去もしがらみも立場も、今の二人には関係ない。
ずっと望んでいた、ありふれた姉妹の気安さがここにある。
「はぁ、もう、髪型がくずれちゃうじゃないですか! イリスに怒られますっ」
「あとで一緒に怒られてあげるわよ」
「ん。ならよしです」
シャーリーは笑い、ソファから立ち上がった。
満面の笑みでワタシに手を差し出す。
「お姉さま、踊りましょう!」
ワタシは一瞬ためらって、その手を掴んだ。
シャーリーに引っ張られて、たくさんの人の輪の中に入っていく。
楽しそうに笑うシャーリーの顔は、どんな宝石よりも輝いていて。
この笑顔を守れた自分を、少しだけ誇りに思った。
Fin.
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