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第十八話 愛なんて呼ばないで

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 色々あったけど、薬屋の経営も軌道に乗り始めていた。
 些か不本意な広まり方をしているけど、店が潰れる心配はなさそうだ。
 お母様と作ったお店だし、蓄えはあったとはいえ……ちょっと安心した。

「もう少し普通の薬屋としてやっていきたかったけど」

 玄関にかけていた『CLOSE』を『OPEN』にひっくり返す。
 聞こえていたのか、店の中に戻るとジャックが言った。

「軌道に乗ってんならいいんじゃねーの」
「そうだけどね。貴族相手のもめ事とか面倒でしょ」
「でもお前、普通の薬屋って朝早いんじゃねぇの。起きられんのか」
「……」

 私はそっと目を逸らした。
 いやまぁ、別に出来ないことはないし、やろうと思えば出来るのよ。
 でもそれは一日二日の話であって毎日早起きしろと言われたら絶対無理。

(確かに普通の薬屋は朝早いものね)

 もちろん場所にもよるが、主な商売相手が探索者であることも大きい。
 あいつらは朝早くから探索に出かけて夜に帰ってくるし。
 帝都の街を見渡しても、日の出前に空いている薬屋はザラにある。

「まぁ、私は私のスタンスを貫くわ。他の人の真似をする必要はないもの」
「なら贅沢は言わねぇことだな」
「うるさい。お前は私の犬なんだから愚痴くらい許しなさい」
「犬じゃねぇ!」
「ワンって言ったら頭を撫でてあげるわよ」
「……要らねぇ!」
「なんで間があったの?」

 毎日のことだけど、開店したばかりは暇なのでつい喋り込んでしまう。
 喉が渇いた私はジャックにお茶を淹れてもらうことにした。
 しゃあねぇなと言いつつ奥に引っ込むジャックを見送っていると、

 ──カランカラン。

「ごめんください」
「いらっしゃい」

 身なりの良さそうな男が店にやってきた。
 貴族服ではないけど、上等な襟付きのスーツ。商人か何かかしら。
 三十後半を越えた程度のおじさんは私を見て微笑んだ。

「あぁ、あなたがラピス様。お会い出来て光栄です」
「どうも。お前は?」
「私はエトワール薬店の営業、ロマ・グリーンと申します」
「営業?」
「はい、本日は業務提携についてお話したく参りました。よろしければお話をさせてくださいませんか?」

 思わず眉を顰める。
 そういう話なら事前にアポを取ってからにしてほしいのだけど……。

(まぁ今は暇だし、話だけなら聞いてあげますか)

 振り向き、奥へ呼びかける。

「ねぇ、お客様がいらっしゃったわ。お茶を三人分ね」
「あいよ」

 応接室に招き入れ、私は膝を組んで話を聞く。

「それで、業務提携って?」

 ロマは姿勢を正して口元を緩めた。

「お話としては簡単です、ラピス様。互いの店の薬を互いの店に置いてみませんか?」
「……ふぅん?」

 業務提携と聞かされてどんな話かと思ったけど、そういう話か。

「違う場所で互いの薬を売って異なる客層を狙おうって話ね」
「さすがはラピス様。お察しがよろしいようで」
「おべっかは結構よ」

 ふむ。まぁ悪い話じゃないわね。
 私の店はこれといった種類を重視しているわけじゃない。
 幅広い薬を売っていて客相手に変えられるのが強みだけど、特徴がないと言い換えることも出来る。

「私どもの薬は探索者に特化していまして、こちらの薬をそちらに置かせていただけないかと。もちろん、販売手数料として一割をラピス様に差しげます。ラピス様はお好きな薬を仰ってください。こちらで売った薬の九割はラピス様の取り分ということで」
「なるほどねぇ」

 まだまだ知名度の足りない私がこのをもっと繁盛させようと思うなら宣伝が必要だ。
 エトワール薬店は中規模の薬屋で帝都に何個から支店も持ってるらしいし。
 私の薬を売ってもらえばいい宣伝になるだろう……とは思うのだけど。

「でもいいの? 私、医療ギルドから認可を貰っていないわよ」
「存じておりますが、新しい風に反抗するのは人間の業というもの。既に治験も論文も発表されたものであるなら、うちが置かない理由にはなりません。うちも医療ギルドには少々思うところがありまして……」
「ふぅん」

 医療ギルドに歯向かう奴らを集めてると言ったところかしら。
 薬屋としては認可されなくても、論文を発表した薬は使われてたりするし。
 悪くはない。むしろこちらには良いことしかないように思える。

(さてどうしたものかしら。まずはエトワール薬店の裏を調べる必要があるわね)

「おい、茶ぁ出来たぞ」

 奥からやってきたジャックがテーブルにカップを置く。
 ジャックの顔を見たロマの反応は劇的だった。
 ソファが倒れそうな勢いで立ち上がり、慄いたように声をあげる。

「きょ、『凶犬』じゃないですか……!」
「あら。知り合い?」
「知り合いも何も、貴族と取引している商会で彼を知らない者はいませんよ!」

 どうやらこの目つきの悪い男は悪い意味で顔が広いようだ。
 さもありなん。
 バラン家の毒花王子と言えば社交界と距離を置いていた私でも知ってるくらいだし。

「婦女をたぶらかし、下町の住民に平気で暴力を振るうような男です! 先日の夜も暴れ回っていたと聞きます。ラピス様、これは親切からの忠告ですが、この男と関わるのはやめたほうがいいかと」
「……ハッ、嫌われたもんだな」

 ジャックは鼻を鳴らし、応接室の扉に手をかけた。
 いやいや、何してるの。

「待ちなさい。お前、どこ行くつもり?」
「あ? 見りゃ分かるだろ。テメーの邪魔しねぇようにだな……」
「馬鹿おっしゃい」

 まったく、ほんとに駄犬なんだから。
 しがない薬店の営業なんかに負けて各々引き下がるつもり?

「お前が下がる必要はないわ。ここいなさい」
「……ラピス」

 ジャックが目を見開き、ロマが引き攣った顔で言った。

「ラピス様、彼は……」
「ねぇお前、こいつに何かされたの?」
「いえ、特には……」

 ロマは取り繕ったように咳払いする。

「ですがラピス様、人付き合いは店の評判に関わります。彼を付き合いのあることを知られたら私どももどうなるか……」
「あ、そう」

 カチンときた。
 そういうことなら、こっちも気兼ねなく断れるわね。

「ジャック、お客様がお帰りよ。扉を開けて差し上げなさい」
「あ?」
「ラピス様……!?」
「噂を鵜呑みにして真実を見極めようとしない愚鈍な客は、私には不要だわ」

 正直、店を大きくしたいっていう欲望もないのよね。
 もちろん私の薬を広げてたくさんの人にって気持ちもないわけではないけど。
 医療ギルドのムカつく奴らにぎゃふんと言わせたい気持ちはあるけど、それはそれ。

 ──こいつが何の理由もなく平民に暴力を振るう?
 ──婦女をたぶらかす? 

 この前は確かに酒場で暴れたとか言ってたけど……。
 私はこいつの言うことを全部鵜呑みにしたわけじゃない。
 そんなことをしない奴なのは、もう分かってる。

「ねぇお前、知ってる? こいつの作るご飯ってお母様の味がするの」
「は……?」
「確かに馬鹿だし、口は悪いし、すぐ悪ぶろうとするし、悪いところなんて探せばいっぱいあるけど……でもそれはお互い様でしょ?」
「はぁ」

 私だって欠点はあるし、他人から見たら嫌なところもあるのだろうけど。
 でもそれはそれよ。私は私だし、ジャックはジャック。
 良いも悪いも含めて人間でしょう。

「ムカつくのよ。何も知らない癖に私の身内を好き勝手に言わないで」
「それでは、業務提携の話は」
「なしに決まってるでしょ。理由はさっき言ったわよね?」
「ですが」

 ジャックが前に出ると、ロマは「ひっ!」と悲鳴を上げ、ジャックが開けた扉から逃げていく。
 ただ前に出ただけでこの威力である。
 このジャックの目つきの悪さにはもう何度も助けられた。

「持つべきものは目つきの悪い下僕ね」
「誰が下僕だコラ」

 ジャックはため息をつき、ふと顔をあげた。

「………………ん? 今、犬って言わなかったな?」
「え? 何のこと?」
「いやだから──」

 カランカラン。

「そんなことより新しい客が来たわ。さっさと迎えに行ってきなさい。返事はワンよ」
「だから犬じゃねぇ!」

 まったく。ほんとしょうがない下僕なんだから。


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