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第十一話 天才令嬢と悪役令息

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 翌朝。
 昨日と同じ食事を終えた私たちは店のカウンターに立っていた。
 店の前には探索者たちがひっきりなしに行き交っているけど、誰もうちに目もくれない。
 というか、意図的に見ないようにしていることが丸わかりの感じだった。

「暇ねぇ……」
「ハッ」

 カウンターに頬杖をついて思わず呟くと、ジャックが鼻で笑った。

「あんだけ威勢よく犬になれとか抜かしておきながら、ざまぁねぇなオイ」
「まだ三日目なんだからこんなものでしょ」

 じろりと横目でジャックを見上げる。

「お前、ボーっと突っ立ってるなら客を捕まえて来なさいよ」
「アホか。なんで俺がんなこと」
「ボールでも投げたほうがいいかしら」
「犬扱いすんじゃねぇ!」

 がるる、と唸るジャックは目つきの悪さもあって狼に似てる。
 そういえばバラン家の紋章って狼だっけ。
 真面目な話、こいつの顔が怖いから客が寄り付かないんじゃないかしら。
 いやまぁ、私の噂が大部分ということはあるのだろうけど……。

「やっぱり探索者ギルドに乗り込むかしらね」
「ぁ? カチコミか?」
「なんで嬉しそうなのよ。ただの営業よ」

 昨日はジャックのことがあって行けなかったけど……
 目の前で私の薬が毒じゃないと証明できれば風向きも変わるはずだ。

 幸い、探索者という人間は権力を嫌っている者達も多い。
 医療ギルドの不誠実な対応を知れば取り込める客層は少なくないはず。
 なんてことを思っていたら──

「あ、あの……」

 恐る恐ると言った様子で入り口のベルを鳴らした少女がいた。
 薄氷を歩くような足取りで、しかし確かな意思でカウンターまで歩いてくる。

「く、薬を、売ってもらえませんか」
「……」
「お、客じゃねぇか。良かったな」
「黙りなさい」

 大体十二歳くらいかしら。珍しい白髪は腰まで伸びていて、翠星色エメラルドの瞳が不安げに揺れている。一目で貧民だと分かるほどに服がボロボロで、靴は擦り切れ、身体は痩せ細っていた。目の下には大きなクマもある。とてもではないけど、薬代を払えるとは思えないのよね……。

「お金はあるの?」
「こ、これだけ……あれば……足ります、か?」

 金貨一枚がカウンターに置かれる。
 正直意外だった。普通の薬なら手が届く額だわ。
 もしかして盗んだ? いえ、そんなことするような顔には見えない。

 ──でも。

「残念だけど、全然足りないわね」
「え」
「私の薬は最低でも倍は必要よ。お前に払えるかしら」
「オイ」

 ジャックが咎めるように唸った。

「相場より高ぇじゃねぇか。どうなってんだ」
「当たり前よ。普通の薬より効果が高いんだもの。薬草だってタダじゃないのよ」
「いや、でもな……」

 ちらちらと女の子を見ている。同情でもしてるのかしら

「言っておくけど、値引きはしないわよ。私、技術の安売りはするつもりないから」
「テメー……いや、正しいんだけどよ……なんつーか……」

 納得いっていない顔ね。
 まぁこいつが納得しようがしまいがどうでもいいんだけど。
 私は蒼褪めた顔で震える女の子を見下ろした。

「そもそも、私の店に来る理由はなに? そのお金があれば普通の薬屋でも十分薬を買えるじゃない。なんだってわざわざ毒薬の疑いがある私の店に来るの」
「そ、それは……」
「オイ、茶ぁ淹れるからよ。話は奥で聞いたらいいんじゃねぇの」

 ジャックが横槍入れて来た。私はじろりろ睨む。

「お前はちょいちょい話の腰を折って来るわね。おすわりステイ
「だから犬扱いすんじゃねぇ!」
「コーヒーを淹れて頂戴。ブラックで」
「結局飲むのかよ!」





 ◆◇◆◇





 大変に不本意というか、こいつジャックの手柄だと言いたくはないけど……。
 お茶を飲んでひと息ついたら女の子は多少落ち着いたようだった。

「わ、わたし、サシャと言います」

 調合室に隣接した応接室のソファである。
 極寒の吹雪の中、お茶だけが温もりだと言わんばかりにカップを両手で持っている。

「薬は病気の妹にあげたくて……家の物を売って、工面して……」
「家の物ね。金貨一枚なんて兵士の給料一ヶ月分じゃない。家の物を売った程度で賄えるとは思えないけど」
「わ、わたしの家、機織りをしていて……お父さんとお母さんが遺してくれたお金がありました」
「ふぅん。両親は死んだのね」
「おい、ラピス」
「何よ。事実を言い繕っても仕方ないでしょ。苦しんでるのは死んだ両親じゃなくてこの子じゃない」

 ジャックは複雑そうな顔をした。

「そりゃあそうだがよ……」
「私だって母親亡くしてるし、珍しい話でもない。いちいち話の腰を折らないで」

 ぴしゃりと言い切ると、ジャックは物言いたげに口を閉じ、そっとサシャのほうに視線をやる。不良令息に見られたサシャは「だ、大丈夫です」と頷いた。

「もう涙が枯れるまで泣きましたし。一ヶ月も前のことですから」
「ほら、大丈夫じゃない」
「うるせぇボケェ……そういう問題じゃねぇんだよ」

 じゃあどういう問題よ。
 何か言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに。

 ……まぁいいわ、話を進めましょう。

「で、両親が死んで妹が病気になったの?」
「元々病気がちな子だったんです。わたしも働いて何とか薬代は稼げていました。でも……」

 サシャは目を伏せた。

「半月前でしょうか……いつも懇意にしてる薬屋から、急に薬は売れないと言われました。どうしてかと聞いても何も答えてくれなくて……同じ時期に、医療ギルドの人が来ました。うちの家を治療院にするから、土地の権利書を渡してほしいって。そしたら妹の薬代も肩代わり出来るからって」

 ……怪しいところ満載、というか怪しいところしかない。

 いつも買っていた薬を理由もなく売ってくれなくなった?
 同時期に医療ギルドの担当者が来る?
 しかも治療院にしたいから元の住民を追い出して平民の住居を使うですって?

 ──あり得ない。

 治療院は国主導の事業の一つで、福利厚生の一つだ。
 平民たちの医療事情を改善し、疫病が蔓延しないための防疫施設でもある。
 それを平民の反感を買うような方法で土地を買い上げるなんて……。

 いえ、その言い方じゃ生温い。
 これじゃ脅しわ。
 妹を助けたければ土地を渡せ、そのあとのことは知らないってことだし。

(……そもそも本当に医療ギルドなのかしら。あるいは別の誰かが)

「ふざけてやがるな」

 ジャックが今にも噛みつきそうな勢いで呟いた。

「汚ねぇ真似しやがる。妹想いの姉を何だと思ってやがんだ」
「……果たして妹だけかしら」
「あ?」

 正直、一か月前に死んだ両親というのも怪しいと思ってる。
 だってそれをきっかけに姉は目の下に隈が出来るほど働かなければならなくなった。
 妹の病状も悪化し、薬を買うには土地を売るしかない……。

「わ、わたし、本当に迷って、でも、お父さんとお母さんが頑張って買った土地で、その、あそこを売っても、わたしたち行くところないから、凍えて死んじゃうと思って……」
「賢明ね」
「それで、街中の薬屋を回って……残るはここしかなかったから」
「一縷の望みをかけて来たと。毒薬を売ってると噂の私の店に」
「た、食べられちゃうとも言われてました」

 あいつら……。

「お願いしますっ!」

 サシャはソファから降りて床に頭をつけた。

「わ、わたしはどうなってもいいです。何をしてくれても構いません。だからどうか、妹は……妹だけは、助けていただけないでしょうか……!」
「……」

 たった一人の妹を守らんとする、健気な少女の姿がそこにあった。
 溜息が出てくる。子供にこんなことをさせる医療ギルドの奴ら、絶対に許さない。

「頭をあげなさい」

 でも、それとこれとは話が別なのよ。

「薬は売らない」
「……っ」
「オイ」

 絶望したような顔をするサシャを見てジャックが私の肩を掴む。
 私はその手を振り払い、サシャの顎を掴んで上に向けた。

「愚かね」
「……っ」
「お前が頭を下げたところで私は値下げしないし、医療ギルドの奴らは引き下がらない。お前の頭は下げるためにあるの? 違うでしょ。そんなことをするくらいなら、どうすれば妹を救えるか考えなさいよ。私に薬を売りたいと思わせる文句を考えなさいよ。お前には立派な脳みそがあるじゃない。違う?」

 サシャは翠星石エメラルドの瞳に涙を溜めながら唇を震わせた。

「分かりません……どうすれば……売ってくれますか?」
「さぁね。お金を用意するか、私が欲しいものでも差し出せばいいんじゃない」
「欲しい、もの……内臓、とか?」
「私を何だと思ってるの。次に言ったら毒薬浴びせるわよ」
「はぅ……えっと。その……」

 サシャはあっちこっち視線を彷徨わせる。
 天井についた染みを数えるような時間が続くこと、数秒。

「ほう、たい」
「……」

 顎を離すと、サシャは立ち上がった。

「包帯。わ、わたし、包帯が作れます。ラピス様に包帯を届けます!」

 私は肘を組んだ。

「……そういえば機織り屋だったわね。で、それは残りの金貨に値するの?」
「い、今は足りません……でも、機織り機が工房にあるから……定期的にお届けできます。ラピス様がもういいって言うまでお届けできます!」
「その分だけ割り引いてほしい、と。そういうわけね」
「はい……!」

 希望を見出したサシャの眼差しは力強い。
 ここで断られても絶対に諦めない、不退転の覚悟がある。

 ……なんだ。そんな目も出来るんじゃない。

 私は踵を返した。

「契約書は後でいいかしら」
「え?」
「患者がいるんでしょ? まずは診察よ。準備するから表で待ってなさい」
「は、はい! ありがとうございます!」
「うるさい。良いから待つ」
「はい!」

 子犬のように入口で待つサシャ。
 同情していた女の子の背中を見送ったジャックは私の隣に立った。

「お優しいお嬢様だな、オイ」
「なにが? 正当な取引じゃない」
「どこかだよ。テメー、包帯余ってるだろ」
「……」

 ジャックは面白がるように言った。

「昨日、掃除している時に見つけたぜ、在庫の箱。薬師の仕事がどんなものか知らねぇが、この開店休業状態で包帯を仕入れる意味はねぇ。それをわざわざ契約するなんてな。見かけによらずイカしてんじゃねぇか。お?」
「勝手に邪推しないで。あの子の提案にメリットを感じただけよ」

 気のせいかしら。なぜかジャックは誇らしげだった。

「ハッ。そういうことにしといてやるよ」
「生意気な犬ね。蹴り倒すわよ」
「素直じゃねぇ奴……ってオイ、ほんとに蹴る奴があるかボケェ!」

 うるさい。
 毒薬を浴びせないだけ感謝してほしいものね。

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