20 / 34
第二十話 その背中に
しおりを挟む「ハァ、ハァ、ハァ」
シェラは逃げていた。
イシュタリアの宮殿に来て日が浅いシェラは道に疎い。
だから彼女が向かっているのは、唯一頼れるリヒムの家だった。
(癪だけど、将軍の家に駆けこめばあいつらも手出しできないはず)
だからその前に捕まえてしまえばいいと奴らが考えるのは自明の理だった。
道の先に兵士が現れた。
「いたぞ! 脱走者だ!」
「火の宮から通報があったが、本当に……!」
(どういうこと!? あの男が手を回したんじゃないの!?)
シェラを火の宮から連れ出すために正規の手続きを踏んだはずだ。
そうでなければ月の宮に移動することなどできないだろうし。
まさか天下の黄獣将軍が人さらいじみた真似などしないだろう。
(………………しないよね?)
なんだか不安になってきたシェラだった。
思い返せばリヒムは割と強引なところがある。
シェラに対する態度なんて特にそうだ。
もしかしたら政治的・派閥的理由なんてすっぽ抜いて自分を引き抜いたのかも。
(だとしたらそれは……私を)
思考が明後日のほうへ向き始めたその時だった。
「見つけたぜぇ、シェラぁ」
「っ!?」
ぬぅ。と影から手を突き出しながらクゥエルが現れた。
いきなり首根っこを掴まれ、シェラは子猫のように持ち上げられてしまう。
じたばたと足を動かすけれど、クゥエルは器用に身体を守って振りほどけない。
「ぐ……はな、して……!」
「嫌だね。お前は俺のもんだ。絶対に離してやるもんか」
ぷ、とシェラはクゥエルの顔面に唾を吐いた。
シェラの目は道端に落ちる生ごみを見るよりさらに冷たい。
「あんたのものになるくらいなら、死んだほうがマシ」
「テメェ……!」
「きゃっ!?」
廊下の壁に叩きつけられ、シェラは肺を圧迫されて呻いた。
クゥエルは怒りの形相で睨みつけてくる。
「大人しくしときゃ連れ帰るだけのつもりだったが、やめだ。テメェにはどっちが上なのか思い知らせてやる……!」
「ひッ」
上衣に手をかけられてシェラは思わず悲鳴を上げた。
これから起こることを想像すると、足が竦んで動けない。
しかし、その悲鳴がクゥエルの嗜虐心を掻き立てたようだ。
「ははっ、いいぜ。テメェのその面が見たかった……!」
「……っ」
「みっともなく泣きわめけ! すぐに俺がいい思いさせてやるからよぉ……!」
(いや、いや、いや……!)
誰か。誰か助けて。
こんな男に触られたくなんてない。怖い。いやだ。気持ち悪い。
(助けて、お姉ちゃん──!)
シェラが目を閉じた瞬間だった。
「俺の家族に何をしている」
「ぐへえッ!?」
クゥエルの顔面が面白いぐらいに歪み、彼はきりもみ打って吹き飛んだ。
地面を二転、三転したクゥエルの四肢に槍の穂先が突き立ち、悲鳴が上がる。
ずるずると、床にへたり込んだシェラの前に見慣れた男が手を差しのべた。
「大丈夫か、シェラ」
「ぁ……」
さぁ、と風が吹き抜け、銀色の髪が翻った。
虎の紋章が入ったマントをシェラに羽織らせて、彼は微笑む。
「ギリギリ間に合ったか?」
リヒム・クルアーンがいた。
1
お気に入りに追加
1,192
あなたにおすすめの小説
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる