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第十一話 歓迎の温もり
しおりを挟むシェラと姉のアリシアの年齢は五歳離れている。
物心ついた時からシェラは姉とべったりで、離れたことがなかった。
仕事で会えない時間はあったものの、イシュタリア人と仲良くなるような機会などなかったはずだ。
「……なんで、お姉ちゃんの名前を」
「あー、やっぱりそうだ! そっかそっか、あんたがあのシェラか!」
リーネが納得したようにうんうんと頷いた。
「なるほど、なるほど、あのアリシアの妹かー、そっかー」
シェラは身体を強張らせた。
リーネがなぜアリシアの名を知っているのかは分からない。
だが、彼女の言った言葉は何度も耳にしたものと同じものだ。
アリシアの仕事ぶりを見た人々は口々に言う。
天才、神童、食の女神。
続く言葉はこうだ。
『アリシアに比べて、お前は本当に愚図だよな』
『アリシアの時はもっと出来たのに、お前はねぇ』
『アリシアの時はこんなに何度も教えなくてよかった』
リーネも同じ、アリシアとシェラを比べて見下してくるに違いない。
シェラが姉のようにできないのは事実で、姉の凄さも身に染みて分かっていて。
だからこそ死に物狂いで努力したけど、それでも届かなくて──。
「お前、アリシアに比べて──」
ぎゅっと、シェラが目を瞑ったその時だ。
「めちゃくちゃ器用じゃねぇか! すげぇなあ!」
「………………え?」
意外な言葉に、シェラは思わず目を開けた。
いつの間にか目の前にいたリーネが乱暴に頭を撫でてくる。
「頼もしい後輩だぜ、まったくよう!」
「え……なん、で。お姉ちゃんのこと」
「あぁ、あたいらが六歳の時だったかな? イシュタリアとアナトリアで国家間交流っつって、あいつが留学してきたんだよ。そん時に知り合ってな。いやー! あいつめちゃくちゃ妹自慢しててさー、可愛いだのなんだの……まぁ容姿はいいけど、ちょーっと生意気に育ったよな! あははは!」
何だ知り合いか? そうらしいよ、などと口々に周りがささやく。
子供のように扱われたシェラは勢いよく手を振りほどいて、キッ、とリーネを睨みつけた。
「ば、馬鹿にしないで。お姉ちゃんは天才なの。私なんかと──」
「アリシアが天才? はは! それこそありえねぇよ」
リーネは不快そうに眉根を寄せた。
「あたい、アイツほど努力家を知らねぇぜ。天才はあいつの努力に失礼だろうよ」
「でも」
アリシアは一度見ればなんでも覚えることが出来た。
どんな食材だって鼻歌混じりに捌いて、シェラを「あ」と言わせたのだ。
「そういえばあいつカッコいい姉を目指すって……やっぱ今のナシで!」
「は? いや、ちょ」
「つーかあいつはまだ元気にしてるか? 大丈夫か?」
後ろから包丁で刺されたような気分になった。
少しだけ浮かれていた心が瞬く間に落ち込み、瞼が熱くなる。
瞼の裏に焼き付いた姉の最後の笑みが、まざまざと蘇ってきて。
「お姉ちゃんは……戦争、で……」
「え」
「おい、リーネ」
周りの責めるような眼差しがリーネに突き刺さる。
堪えきれず涙を流すシェラに教育係は慌てたように、
「あ、ちょ、悪かった、悪かったって。あいつがもう……そっか……そうかぁ」
リーネは天を仰ぎ、
「うし。あたいがアイツの分もきっちりお姉ちゃんしてやるからよ! 安心しな!」
「は? 私のお姉ちゃんはアリシアだけですけど」
「っとに可愛くねぇ後輩だなぁ、もー!」
どっと、笑い声が起こった。
こっちは真剣だというのに、何がおかしいのか分からない。
「んじゃま、可愛くねぇ生意気で実力のある後輩に、一言言おうじゃねぇか、なぁオメェら!」
「「「応!」」」
「は? な、なんですか。やっぱりクビですか」
「違ぇよ馬鹿後輩。新入りに言うことっていったら一つしかねぇだろ!」
リーネやガルファンが周りと頷き合う。
警戒して後ずさるシェラに、その場にいる全員が声を張り上げた。
「「「「「ようこそ、月の宮へ!」」」」」
「え?」
ぽかん、と思わず呆けてしまうシェラ。
月の宮の者達は、仕事をほっぽりだしてシェラを囲んだ。
「シェラちゃん凄いね! もともと火の宮にいたんだって?」
「ちょー可愛い! 私が妹にしたいくらい!」
「めちゃくちゃ丁寧な仕事するよね。どうやってるの?」
「え、いや、あの」
矢継ぎ早に飛んでくる質問にシェラは戸惑いしかない。
目の前に居る人たちは人種や国籍もバラバラで、アナトリア人に対して何の偏見もないようだったが、これまでの経験とあまりに違いすぎる出来事に頭が追いつかなかった。
「おいおい、新入り可愛がるのはその辺にしとけよオメェら! 仕事しろ!」
「ガル爺が怒った! 逃げろ!」
怒鳴られたのに笑いながら散っていく月の宮の同僚。
彼らは思い出したように振り返り、シェラに手を振った。
「よろしくね、シェラザード!」
「寝坊すんなよ!」
「今度一緒にご飯食べようね!」
──イシュタリア人なのに。
──私はよそ者なのに。
──みんな仕事で忙しいはずなのに。
一筋の雫が頬を滴り落ちていく。
(どうしてこんなに、温かいの……?)
リーネがシェラを見て片眉をあげた。
「んだよシェラ。泣いてんのか?」
「……泣いてません」
「涙、流れてるけど?」
「オニオンが身に染みただけです」
「……誰もオニオンなんて切ってねぇけど」
リーネはくっくと笑ってシェラの頭を撫でた。
「これからよろしくな。シェラ」
「……はい」
こくり、とシェラは頷いてしまうのだった。
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