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第四十話 冤罪殺し ※黒幕視点

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「それではウェスタ―様」
「あぁ」

 パチ、と暖炉の火が爆ぜ、男女の影が重なる。
 うっとりとした顔で離れたエミリアは頼もしい男の胸に手を添えた。

「わたくしはもう、あなたが傍に居てくれれば何もいりませんわ」
「出来るだけ早く迎えに行く。待っていろ」
「はい、ウェスタ―様♡」

 うっとりと頷くエミリア。
 だがその心中は顔とは裏腹にどろどろだった。

(うぇぇ……葉巻臭い口に触れなければいけないなんて最悪ですわ)

 宰相ウェスタ―・シドリーはエミリアの支援者である。
 平民出身のアイリを暗殺してくれたのも彼だし、子爵令嬢である自分と王子の間を取り持ってくれたのもそうだ。王族の権威を削ぎつつ貴族の力を増したい彼と子爵令嬢の身でありながら商売に乗り出し、夢を叶えたいエミリア。思惑の重なった二人が逢瀬を重ねるようになってずいぶん経つ。

(ま、利用できる間は利用してやるわよ。第三王子みたいにね。きゃはははは!)

 一方で宰相もエミリアのことを駒としか思えていなかった。

(馬鹿な女だ。すぐに捨てられるとは知らずに)

 もはや宰相にとってエミリアは何の価値もない。
 それでも男女の関係を持っているのは女だから。その一点に尽きる。

 女は男に奉仕してしかるべき。
 自分が重宝されていると思われている女の滑稽さを楽しんでいるとも言える。

 貴族主義にして男性至上主義。
 それが宰相ウェスタ―・シドリーの本性である。

「近頃が這いまわっている。夜道には気を付けろ」
「はい。それでは、失礼します」

 内心で高笑いしながらエミリアは挨拶カーテシー
 互いを利用することしか考えていない二人の、これが今生の別れだった。


 ◆


「さて、そろそろ帰るか」

 ウェスターは席を立ち、応接室から出る。
 まだ夕方にもなっていない時間だが、既に今日の業務は終えた。
 半年ほど前の諸侯会議でアッシュロード辺境伯が提唱を始めた『後進育成計画』によって、ほとんどの貴族が後進の教育に力を入れ始めた。近頃ますます力をつけている辺境伯の発言権はすさまじく、彼が後進育成の指針と方針を示したこともあって諸侯は次々と後に続いた。

 国政に携わる宰相もその影響を受けざるを得なかった。
 結果、業務の引継ぎはほとんど終わり、この時間に仕事が終わるようになった。

(アッシュロードめ……余計なことをっ)

 後進育成など、わざとしていなかったのだ。
 自分にとって代わるものが現れれば間違いなく自分の権勢は落ちる。
 そうなれば国内の有力商会に無理を言って幅を利かせることも難しくなるし……あらゆる不正が相互監視によって暴かれてしまう。なぜなら後継者は同じ仕事が出来てしまうから。

(貴族の力を削ぎたい王族が飛びつきつつ、既得権益をむさぼる特権階級に成り代わりたい貴族にもメリットのある絶妙な一手……!)

 本当にまったくもって厄介な男だ。
 しかも国の暗部を担っているから下手に手を出せないときた。

(奴は間違いなく何かを狙っている。だがなんだ。なにが奴を駆り立てる)

 アッシュロードの動きは自分に利がないことばかりだ。
 自分の領地だけ潤えばいいなら国全体で後進育成を推し進める必要はないし、王族の支配から逃れたいなら王族にメリットのある提案などしないだろう。自分の利益しか考えたことのないウェスターにとって、ここ半年のアッシュロードは未知の怪物だった。

(奴が変わり始めたのは半年前か……半年前、エミリアと第三王子が婚約したな)

 ピタリ、とウェスターは立ち止まった。

「待て。半年前だと……?」

 確か同時期にアッシュロードは婚約していなかったか。
 そう、名前はアイリだ。
 自分が殺すことを指示した女と同じ、珍しくもない名前。

「…………!」

 ウェスターは頭を掻きむしった。

「待て、待て待て待て待て待て。まさか、そう・・なのか……!?」

 執拗な情報操作、アイリの変貌、シンの変化、
 他人を利用することしか興味がないウェスタ―の気質。
 さまざまな要因が重なったことにより、今この時まで宰相ウェスタ―は気付けなかった。

「つまり、アイリ・アッシュロードは……殺したはずのあの女と──!」


 死が、隣に立っていた。
 それはあらゆるものに恐怖を与え、二つの暗殺を自在に操る腕を持つ。
 エルシュタイン王国の暗部にして悪を屠る最強の刃。

「貴様の悪業、死すら生温いと知れ」
「ま──っ」

 ウェスターの言葉はそこで途切れた。
 彼が王城で喋ることは、二度となかった。


 ◆


「こちらハウンド1。任務完了。そっちの様子はどうだ」
『こちらハウンド2。すべて順調ですぅ。は予定通りに♪』
「よし」

 呟き、暗殺者は動き出す。

「行くぞ。我らの手で彼女の冤罪を誅殺する」
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