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第三十話 愛情の在り処 ※エミリア視点

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 王宮の裏庭。
 人目のつかない東屋はエミリアとリチャードの逢瀬の場所だ。
 小さな川のせせらぎが耳に心地よく、庭木に止まる鳥のさえずりが気持ちいい。

「どういうことですの!?」

 そんな典雅な庭の雰囲気は女の怒声に台無しにされていた。
 東屋にあるお茶会用のテーブルを挟み、エミリアは第三王子リチャードに詰め寄っている。

「何が、どうなって、あんな噂が流れていますの!?」

 侍女たちを下がらせたエミリアは素を隠さずに王子を責めたてる。
 リチャードは眼鏡をくい、と上げて誤魔化そうとした。

「な、何のことだい。エミリア。僕には何がなんだか……」
「とぼけないでくださいまし。裏は取っておりましてよ!」

 エミリアとて、真正面から噂を信じるほど馬鹿ではない。
 社交界や知人から裏を取り、事実を確認して王子に問いただしたのだ。
 なにより、

「あの噂のせいで、私の商談がパーになりました! どうしてくれますの!?」

 エミリアのかねてからの夢であるドレス事業だ。
 何年もの時間と手間をかけて根回しを済ませたフィヨルド商会との商談。
 その商談が、あの噂のせいでパーとなった。

 曰く、『全裸王子』と付き合いのある令嬢との取引はお断りさせていただく、と。

 それも、婚約者であるエミリアならなおさらだと。

「し、仕方がなかったんだ!」

 リチャードは開き直って叫んだ。

「どうしようもなかった! いきなりナイフが刺さるしテーブルが揺れ出すし服が燃え出すし! 僕だって何がなんだか……きっと誰かに嵌められたんだ!」
「嵌められるようなヘマをするほうが悪いんじゃなくて!?」
「なんだって!? そういう君こそ、その厚化粧はなんだ!」

 リチャードが指差したエミリアの顔には隠しきれない隈がある。

「落ちくぼんだ目! 痩せ細っていく身体! 僕と婚約したからって気がたるんでるんじゃないか!? 美貌のかけらもないその顔だから、商談がパーになったんじゃないのか!」
「な、ぁ……! あなただって!」

 エミリアは言い返す。

「前々からその眼鏡、ダサいと思っていたんです! なんですかクイ、って! カッコつけてるつもりですか!?」
「これは眼鏡がズレるから直してるだけで……っ、き、君だって! 美貌を取ったらただの傲慢な女じゃないか! 前から思ってたんだけど化粧が下手過ぎるんだよ!」
「ハァ~~? わたくしのお化粧に文句をつける前に自分の服を見なおしてみては?」
「ふざけるな! この前はカッコよくて素敵だって言ってくれたじゃないか!」
「あんなのお世辞ですわよ! そんなことも分かりませんの!?」
「……っ」

 リチャードは絶句した。

「き、君がそんな女だなんて思わなかった」
「わたくしだってあなたがそんなロクデナシだなんて思いませんでしたわ」
「もういい。君を信じた僕が馬鹿だった!」
「そうですか。それならもう別れましょう?」
「え」

 リチャードは目を見開いた。
 慌てたようにエミリアの膝に縋りついていく。

「ま、待って。待ってくれ。さっきは言いすぎた。ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」
「見苦しいですわ。王子」
「お願いだエミリア僕には君しか居ないんだお願いだから見捨てないで」
「いいえ。もうあなたに利用価値はありません」

 リチャードはショックを受けたように俯いた。
 それから拳を握り、カッと顔を上げて、怒りの形相で叫ぶ。

「くそ、くそ、くそ! 覚えてろよ、エミリア・クロック! 父上に言いつけてやる! 明日になったら外交から帰ってくるんだからな!! 覚えてろよ!!」

 エミリアはリチャードへの愛情がみるみるうちに失せていくのを自覚した。
『全裸王子』のあだ名がついた以上、もはや王子の名を使って業界で優位に働くことは出来ない。むしろこのまま婚約をしていれば自分にも不本意なあだ名がついてしまう恐れがある。現に、今も商談が破談になっているのだ。これ以上被害が広がる前に、今ある伝手を使って立て直すことが最優先。

(ずいぶんと予定が狂ってしまったけれど)

 元々、リチャードに近付いたのは王子の名と権力を利用するためだ。あの男は両親からの愛情に飢えて孤高を気取っているだけのただのデク。上手くいけば他国との繋がりも出来るため期待していたが、ここまで出来が悪いとメリットよりデメリットのほうが大きい。利用価値が無くなった今、愛情なんて覚えるはずがない。

(まずはあの方・・・に連絡しませんと)

 エミリアはまず、最近悩まされている不審時を解決しようと動き出す。
 幸い、心当たりはある。
 例の騒ぎのあとからエミリアの周りで不審時が起こり始めたのだ。

(わたくしはまだ大丈夫、まだ……)

 自分に言い聞かせるエミリア。
 だが、彼女は知らなかった。
 全裸王子と同等かそれ以上に、彼女にとって致命的な噂が流れていることを。

「エミリア様。お耳に入れたいことが──」
「なに? メイド風情が邪魔しないでくれる。今は忙し……」
「アイリ・ガラントを殺したのは本当ですか?」
「──え?」

 確実に自分を追い詰めていく暗殺貴族の刃に、気付くことが出来なかった。
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