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第三十六話 王妃との謁見
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いよいよ王妃様との謁見の日がやって来た。
久しぶりに訪れる王都の街は賑やかで、一国の王子が死んだ後だとは思えない。
それもそのはずで、
『ジェレミー殿下の死はまだどこにも伝わってないっすよ』
ナナンに頼んだ調査結果では、そういうことらしい。
わたしはすぐに噂として広がるんじゃないかと思ってたけど、違った。
公爵領の城下町でもジェレミー殿下が亡くなったと知っているのはごく一部。
他の人たちは『身分の高い人が殺された』くらいにしか思っていない。
(これもジェレミー殿下の人柄のお陰かしらね)
そもそも公爵領の住民の半分以上は亜人族だ。
今でこそ活気を取り戻しているけれど、以前まで食べる物にも困る有様だった。
そんな状態で遠い地の王子様の顔なんて知っているはずがない。
王都に噂として広がるにはまだ時間がかかるのだろう。
「……この静けさ、逆に怖いですね」
「そうだね。本当に怖い……首根っこ掴まれてる感じがするよ」
やっぱりアルも同じ意見だったみたいだ。
ジェレミー殿下を殺したのは間違いなくジョゼフィーヌ王妃。
彼女がやろうと思えば噂なんて一瞬で広まるに違いないのに。
「『お前たちをどうするかは、これからの謁見次第よ』って言われてるみたい」
「はぁ……胃が痛い。あの伯母上には一生会いたくなかった……」
「そういうわけにはいかないでしょうに」
わたしは思わず苦笑してしまう。
アルは傍系とはいえ王族の血を引いているし、そもそも公爵だ。
王族に近しい身分のアルは出席しなければいけない場もあるだろう。
王妃様とまったく顔を合わせないなんて出来ない。
(それは、公爵夫人になるわたしも同じ。だけど)
不安が鎌首をもたげると、アルが手を握って来た。
見れば、アルはわたしの顔を見てふっと微笑んでいる。
「大丈夫だよ。出来る限りのことはしたし……僕たち二人なら」
「……はい」
そうね。わたしはもう一人じゃない。
婚約破棄された時は為す術なくやられたわたしだけど……。
(今はもう、こんなにも頼もしい婚約者がいるんだから)
そうこうしているうちに、馬車は王宮の厩舎まで到着する。
厩舎係に馬を預けたわたしたちは兵士の案内で廊下を歩いた。
(……謁見の間じゃない。つまり非公式の会談にしたいってことね)
応接室に到着すると、王妃様──ジョゼフィーヌ様は優雅にお茶を飲んでいた。
ジェレミー殿下と同じ金髪、深いエメラルドの瞳は何もかも見通しているようだ。こちらに気付くと、王妃はカップを置いて言った。
「久しぶりね。ベアトリーチェ。アルフォンス」
「「ジョゼフィーヌ王妃にご挨拶申し上げます」」
わたしたちが揃ってお辞儀すると、ジョゼフィーヌ様は微笑んだ。
「堅苦しいのはやめましょう。あたくしたちの仲でしょ?」
(どんな仲よ。ここで関係を固定しない辺り本当に怖いわ……)
これからのわたしたちの態度次第で親戚にも共犯者にも加害者と被告人にもなりうる。相変わらず何気ない一言で人を怖がらせるのが上手い人だ。
(……わたしが意識しすぎなのかしら。いえ、この王妃相手にはこれくらいでいいわ)
わたし達がソファに座ると、ジョゼフィーヌ様は足を組んだ。
普通ならはしたないと言われるその仕草も彼女がやると妖艶に映るから不思議だ。
「アルフォンス、あなた少し痩せた?」
「えぇ、最近、心労が多いもので」
「あらあら。それは公爵領でジェレミーが死んだ件と関係あるのかしら?」
((来た……!))
その場に緊張が走る。
間違いなく、わたしとアルが思ったことは同じだろう。
ジョゼフィーヌ様は貴族みたいに時間をかけた交渉は好まない。
わたしたちの首筋にナイフを突きつけるとしたら、今この時を置いて他にない。
「あたくしもね、最初は信じられなかったわ。愛する我が子が、ジェレミーが死んだなんて。しかも、オルロー公爵領で死んだのでしょう? これは王族として責任を取ってもらわないと示しがつかないわね」
まったく心のこもっていない言葉はある種の清々しさすら感じる。
母としての情なんて一片も感じさせず──。
人は人を貶めるためにここまで平気で嘘をつけるのかと。
(……さて、今度はこちらの番ね)
わたしは拳を握りしめ、ジョゼフィーヌ様と向かい合う。
「お言葉ですが、それは無理があるのではないでしょうか」
「……何が?」
「そもそもジョゼフィーヌ様はなぜ、ジェレミー殿下が死んだことをご存じなのですか?」
王妃様は扇で口元を隠して目を細めた。
「ベアトリーチェ。あなた王家を甘く見ているんではなくて? 大事な息子の行方くらい把握しているのは当たり前でしょう? 今はまだ、国民が混乱するから情報を伏せているだけ……王子の死を発表するより先に、事実確認をしないといけないから。ちゃんと捜査資料は持ってきたのでしょうね?」
「えぇ、もちろん。そして、あなたに聞いてもらいたいものがあります」
「ふぅん?」
わたしは鞄から捜査資料を取り出し、録音水晶を机に置いた。
ボタンを押して再生する。
【お前を連れ帰らないと母上に殺される……! だから俺と来い! 大好きな金勘定でもなんでもさせてやる。俺を男と見なければそれでもいい。だがそれでも来い。三年前、僕と婚約した時からお前は母上のモノなんだよ……お前なんかが逆らえる相手じゃないんだ!】
王妃の表情は変わらない。
けれど、
「これのどこが『大事な息子』なのでしょうか。ジョゼフィーヌ様」
「……何が言いたいの?」
「ジェレミー殿下は【母上に殺される】とハッキリ言っています」
最初から全力。
わたし達が持つ最大の一手で王妃の余裕面を崩す。
「わたしを連れ戻すことに失敗した王子は、一体誰に始末されたんでしょうか?」
(さぁ、どう出ますか。ジョゼフィーヌ様……!)
ジョゼフィーヌはゆっくりと口を開いた。
久しぶりに訪れる王都の街は賑やかで、一国の王子が死んだ後だとは思えない。
それもそのはずで、
『ジェレミー殿下の死はまだどこにも伝わってないっすよ』
ナナンに頼んだ調査結果では、そういうことらしい。
わたしはすぐに噂として広がるんじゃないかと思ってたけど、違った。
公爵領の城下町でもジェレミー殿下が亡くなったと知っているのはごく一部。
他の人たちは『身分の高い人が殺された』くらいにしか思っていない。
(これもジェレミー殿下の人柄のお陰かしらね)
そもそも公爵領の住民の半分以上は亜人族だ。
今でこそ活気を取り戻しているけれど、以前まで食べる物にも困る有様だった。
そんな状態で遠い地の王子様の顔なんて知っているはずがない。
王都に噂として広がるにはまだ時間がかかるのだろう。
「……この静けさ、逆に怖いですね」
「そうだね。本当に怖い……首根っこ掴まれてる感じがするよ」
やっぱりアルも同じ意見だったみたいだ。
ジェレミー殿下を殺したのは間違いなくジョゼフィーヌ王妃。
彼女がやろうと思えば噂なんて一瞬で広まるに違いないのに。
「『お前たちをどうするかは、これからの謁見次第よ』って言われてるみたい」
「はぁ……胃が痛い。あの伯母上には一生会いたくなかった……」
「そういうわけにはいかないでしょうに」
わたしは思わず苦笑してしまう。
アルは傍系とはいえ王族の血を引いているし、そもそも公爵だ。
王族に近しい身分のアルは出席しなければいけない場もあるだろう。
王妃様とまったく顔を合わせないなんて出来ない。
(それは、公爵夫人になるわたしも同じ。だけど)
不安が鎌首をもたげると、アルが手を握って来た。
見れば、アルはわたしの顔を見てふっと微笑んでいる。
「大丈夫だよ。出来る限りのことはしたし……僕たち二人なら」
「……はい」
そうね。わたしはもう一人じゃない。
婚約破棄された時は為す術なくやられたわたしだけど……。
(今はもう、こんなにも頼もしい婚約者がいるんだから)
そうこうしているうちに、馬車は王宮の厩舎まで到着する。
厩舎係に馬を預けたわたしたちは兵士の案内で廊下を歩いた。
(……謁見の間じゃない。つまり非公式の会談にしたいってことね)
応接室に到着すると、王妃様──ジョゼフィーヌ様は優雅にお茶を飲んでいた。
ジェレミー殿下と同じ金髪、深いエメラルドの瞳は何もかも見通しているようだ。こちらに気付くと、王妃はカップを置いて言った。
「久しぶりね。ベアトリーチェ。アルフォンス」
「「ジョゼフィーヌ王妃にご挨拶申し上げます」」
わたしたちが揃ってお辞儀すると、ジョゼフィーヌ様は微笑んだ。
「堅苦しいのはやめましょう。あたくしたちの仲でしょ?」
(どんな仲よ。ここで関係を固定しない辺り本当に怖いわ……)
これからのわたしたちの態度次第で親戚にも共犯者にも加害者と被告人にもなりうる。相変わらず何気ない一言で人を怖がらせるのが上手い人だ。
(……わたしが意識しすぎなのかしら。いえ、この王妃相手にはこれくらいでいいわ)
わたし達がソファに座ると、ジョゼフィーヌ様は足を組んだ。
普通ならはしたないと言われるその仕草も彼女がやると妖艶に映るから不思議だ。
「アルフォンス、あなた少し痩せた?」
「えぇ、最近、心労が多いもので」
「あらあら。それは公爵領でジェレミーが死んだ件と関係あるのかしら?」
((来た……!))
その場に緊張が走る。
間違いなく、わたしとアルが思ったことは同じだろう。
ジョゼフィーヌ様は貴族みたいに時間をかけた交渉は好まない。
わたしたちの首筋にナイフを突きつけるとしたら、今この時を置いて他にない。
「あたくしもね、最初は信じられなかったわ。愛する我が子が、ジェレミーが死んだなんて。しかも、オルロー公爵領で死んだのでしょう? これは王族として責任を取ってもらわないと示しがつかないわね」
まったく心のこもっていない言葉はある種の清々しさすら感じる。
母としての情なんて一片も感じさせず──。
人は人を貶めるためにここまで平気で嘘をつけるのかと。
(……さて、今度はこちらの番ね)
わたしは拳を握りしめ、ジョゼフィーヌ様と向かい合う。
「お言葉ですが、それは無理があるのではないでしょうか」
「……何が?」
「そもそもジョゼフィーヌ様はなぜ、ジェレミー殿下が死んだことをご存じなのですか?」
王妃様は扇で口元を隠して目を細めた。
「ベアトリーチェ。あなた王家を甘く見ているんではなくて? 大事な息子の行方くらい把握しているのは当たり前でしょう? 今はまだ、国民が混乱するから情報を伏せているだけ……王子の死を発表するより先に、事実確認をしないといけないから。ちゃんと捜査資料は持ってきたのでしょうね?」
「えぇ、もちろん。そして、あなたに聞いてもらいたいものがあります」
「ふぅん?」
わたしは鞄から捜査資料を取り出し、録音水晶を机に置いた。
ボタンを押して再生する。
【お前を連れ帰らないと母上に殺される……! だから俺と来い! 大好きな金勘定でもなんでもさせてやる。俺を男と見なければそれでもいい。だがそれでも来い。三年前、僕と婚約した時からお前は母上のモノなんだよ……お前なんかが逆らえる相手じゃないんだ!】
王妃の表情は変わらない。
けれど、
「これのどこが『大事な息子』なのでしょうか。ジョゼフィーヌ様」
「……何が言いたいの?」
「ジェレミー殿下は【母上に殺される】とハッキリ言っています」
最初から全力。
わたし達が持つ最大の一手で王妃の余裕面を崩す。
「わたしを連れ戻すことに失敗した王子は、一体誰に始末されたんでしょうか?」
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