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第二十七話 手紙
しおりを挟む「亜人領……失礼、オルロー公爵領の傭兵団、評判いいでやんすよ」
公爵城の応接室で鼠耳を揺らしながらナナンは言った。
「腕もいいし、礼儀正しいし、割と好意的に受け入れられてるぽいっす。クソ領主が治めているところに派遣したのがよかったんでしょうね。騎士団に比べて有能だーって、今じゃ英雄扱いのところもありやす。これも策略のうちですかい?」
「そうなればいいなとは思っていたわ」
わたしは予想以上の成果に満足して紅茶で喉を潤した。
ホッと一息つくと、シェンがおかわりを注いでくれる。
「でもそうね。あんまり活躍しすぎても敵を作っちゃうのが悩みどころよね」
「なにせ亜人領でやんすからねぇ」
今度は言葉を取り繕うことなく言ったナナン。
亜人たちが押し込められたオルロー公爵領を亜人領と揶揄する者は多い。
あながち間違っていないし、わたしからすれば『だからなんだ』という話なんだけど。
(……そろそろ味方が欲しいわね)
ナナンから情報を買ったわたしは応接室に残って思案に耽っていた。
貴族社会は敵対する勢力に対してどんな難癖をつけてくるか分からない魔窟だ。
言ってみれば派閥の力……後ろ盾の大きさが勝敗を分けることもある。
「わたしとアルフォンス様に味方は居ないものね」
片や成金令嬢と呼ばれているわたしと、
片やブタ公爵と呼ばれているアルフォンス様。
貴族院でも孤立しがちだったわたしは友達と呼べる人が居なかった。
取り巻き達は居たけれど、結局裏切られたからもう信用できない。
「貴族の味方、か。どうしたものかしら……」
「お父上を頼ればどうだい?」
「……アル?」
頬にひやりとした感触。
アルフォンス様が冷たい氷菓子をわたしの頬に近付けていた。
「考えすぎたら知恵熱が出るよ、ベティ」
「ありがとうございます」
アルフォンス様がわたしの隣に座った。
「君がラプラス侯爵から受けた仕打ちは聞いているよ。でも、だからこそ彼を利用したらいいんじゃないかな。あれでも侯爵だし、余計な邪魔が入らないようにはしてくれると思うけど。彼の性格も熟知している君なら利用するのは簡単でしょ?」
彼はなんだか、言葉を選んでるようだった。
たぶんシェンに色々と聞いたのだろう。わたしは部屋の隅に待機するシェンにじと目を送った。
「……それは、そうなんですけど」
(お父様を利用するのは……気が進まないわ)
わたしが俯いていると、アルフォンス様が申し訳なさそうに言った。
「すまない、ベティ。今のは失言だった。取り消させてくれ」
「いえ……アルのせいではありません」
わたしは静かに首を横に振る。
天井を見上げると、否応なく父の顔が思い浮かんだ。
「昔は、あんな人じゃなかったんですけどね」
「……そうなのかい?」
「はい」
傲慢で、自分勝手で、わたしの意見なんて耳も貸さない。
そんな父が出来上がったのは母が死に、二人目の女が家を出て行ってからだろう。亜人戦争の影響で一気に窮地に追い込まれた侯爵領を見限り、二人目の母は侯爵家の財産を持ち逃げした。
(あの時は本当に大変だったわね……)
お父様は酒に溺れ、わたしは幼いフィオナの面倒を見ながら侯爵領をなんとか黒字に戻そうと、寝る間も惜しんで勉学に励み、貴族院で教えを乞い、なんとか黒字に持っていくことが出来た。だけどそれが余計にお父様のプライドを傷つけたのか、あれ以来、お父様とは親子らしい会話をしたことがない。
「父を利用することは出来ません。これ以上、わたしも傷つきたくないですから」
「……そうだね、本当にごめん」
「いえ、これから気を付けてくださればそれで」
わたしは微笑み、立ち上がった。
「少し風に当たってきます。じっとしていても何も浮かびませんから」
「分かった。僕は仕事を片付けておくよ」
「お願いしますね」
わたしが庭先に出ると、「ベアトリーチェ様」とジキルさんに呼ばれた。
見れば、玄関の守衛から受け取った手紙を彼はそのまま手渡してくる。
「ベアトリーチェ様にお手紙が来ています」
「わたしに?」
丁寧に封蝋された手紙は五通もあった。
差出人を見ると、わたしが貴族院で世話になった者達だった。
そう、あの舞踏会でわたしを裏切った者達の手紙である。
(……あらあら、これはこれは)
わたしは手紙の内容を見て思わず眉を顰めた。
──どうやら、ジェレミー殿下はかなりやらかしてるらしい。
外相を任されている隣国からの印象も悪く、執務はお粗末。
方々からクレームが来ていて、今や第一王子派は誰が先に抜けるか牽制し合っている状態らしい。
そんな時に彼女たちが聞いたのがわたしが嫁いだオルロー公爵領の噂だ。
わたしが嫁いでからうなぎ上りに収益は上がり、黒字に転じた公爵領。
王族に近い血筋を持ちながら貧乏という弱点を持っていたアルフォンス様は、今や財力と武力を兼ね備えた一流の公爵として社交界で噂の的になっているようだった。そしてわたしを裏切った者達は愚かにも冤罪をでっち上げた罪を告白し、わたしに謝罪をしてきているというわけだ。
『噂の払拭に協力いたしますわ』
『本当に申し訳ありませんでした』
『ベアトリーチェ様が望むなら公の場で罪を告白します』
わたしは思わず手紙を破り捨てたくなった。
(……くだらない。状況次第で簡単に寝返る人間なんて信用できないわ)
所詮、彼らが求めているのはわたしの持つ人脈でありお金であり権力なのだろう。わたしにそんな力があるとは思わないけれど、アルフォンス様の婚約者というだけで彼女たちにはおべっかを使うに十分な理由なのだ。
(……まぁでも冤罪を掛けられたままなのは癪だし。上手くいけば慰謝料も貰えるかしら)
うん、そう考えるとワクワクしてきた。
慰謝料さえ貰えるなら許してあげよう。今後のお付き合いは絶対にしないけど。
そんなことを思いながらわたしが最後の手紙を見ると、
「フィオナ!?」
それは愛する妹──フィオナからの手紙だった。
『お姉様へ。季節が移ろいゆく今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。時間が過ぎるのは早いもので、もう来月には学生寮に入っているなんて信じられません。お姉様が傍にいない侯爵領は肌寒く、お姉様の温もりを思い出す日々が続いています。そうそう、今、私はお姉様の真似をして、お父様にバレないようにこっそりと領地運営の手助けをしています。以前、お姉様が仰っていたようにお父様は領地の端まで目が届きません、今は西方諸国連合との貿易を維持するだけで精一杯のようで、私と家令のセバスだけでなんとか回しています。こんな仕事量をこなしていたお姉様の偉大さが身に染みる思いです。でも私は負けません。お姉様がオルロー公爵領で頑張っているように、私も頑張って見せます。ただ一つ助言を貰いたいのですが、どうやらお父様は自領を担保に借金をしているようなのです。このような場合、どのように対処すればいいでしょうか。お姉様のご教示を賜れれば幸いです。日付を指定していだければ、すぐにでも飛んでまいります。お姉様に会いたいです。また、一緒に寝てくれますよね? ──あなたの妹、フィオナより』
手紙を読み終えたわたしは複雑な気持ちだった。
フィオナが手紙をくれたのは嬉しい。また会いたいのはわたしも同じだ。
けれど、
「あのお父様が、借金……?」
しかも自分の領地を担保にしているのだという。
わたしが出て行った時点で──というより、アルフォンス様に嫁入りした時点でジェレミー殿下への借金は返したも同然だ。侯爵領には借金をしてまで事業をするような理由はないはず。それなのに、何がどうして借金をするなんて事態になっているのか。しかも、本来は国の持ち物である自領を担保にするなど馬鹿げている。お父様はここまで愚かだっただろうか?
「とにかく早く返事を書かないと──」
わたしが屋敷へ戻ろうとしたその時だった。
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『あ』
わたしとその人の声が重なった。
その人は、ニィ、と口の端をあげて嗤う。
「やぁベアトリーチェ。久しぶりだ」
「ジェレミー殿下……」
わたしの元婚約者がそこにいた。
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