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第二十四話 ジェレミー&ラプラス侯爵家
しおりを挟むラプラス侯爵家の執務室は張りつめた緊張に満ちていた。
応接ソファに座っているのは屋敷の主であるヘンリック・ラプラス侯爵だ。
だらだらと冷や汗を流している彼の前にはジェレミーが座っている。
エメラルドの瞳が射抜くようにヘンリックを見ていた。
「どういうことだ?」
「は、はぁ。それは、そのぅ、なんと言いますか」
「なぜ契約違反の賠償金を王妃宛てに送金したかと聞いているんだが?」
ヘンリックは肩を縮こまらせた。
「ど、どうやらそのぅ、王妃様が銀行に根回しをしていたようで……」
「なんだと?」
「ジェレミー殿下宛にお金を送金する場合は、必ず自分を介して行うようにと……書記官も買収されていたようです」
王族同士の間に立たされたヘンリックは懇願した。
「わ、私とて殿下に送金したかったのです! 確かにその気になれば無理やり殿下に送金も出来たでしょう。ですがその……分かるでしょう? 王妃様に逆らったら我が一族はどうなることか! それで仕方なく……そのぉ……」
──だんッ!!
ジェレミーはオーク材の机を勢いよく叩いた。
湯気の立つお茶が入ったカップが驚いたように音を立てる。
「ラプラス侯爵。あなたはこちら側だと思っていたが?」
「そ、それは」
「すべてはあの気に入らない女を陥れるため──そう同盟を結んだはずだよな?」
「も、もちろんです。だから婚約破棄にも同意したでしょう」
ジェレミーはびくびく震える侯爵を見ながら歯噛みする。
(クソ。こんな所にまで母上の手が及んでいたなんて……!)
今回の婚約破棄だが、ジェレミーはかなり方々に手回しをしていた。
あの場では両家の承諾を得ていないと言ったが、あれは真っ赤な嘘だ。
父である国王とラプラス侯爵には承諾を得ており、承諾を得ていないのは母だけである。
──ジェレミーの人生はすべて母の言いなりだった。
服装、髪型、友人、学問、事業、婚約者、派閥……。
ありとあらゆることに干渉する母に、ジェレミーはすっかり参っていた。
自分は母の操り人形じゃない。
自分の人生は自分のものだ。自分だけの何かが欲しい。
ベアトリーチェを見ていると、母の面影がちらついていつもイライラした。
あれをしろ、これをしてはいけないなどと、いちいち自分に指図してくる。
母の操り人形に命令されている気分になって──陥れることに決めた。
舞踏会を去って行くときのベアトリーチェの顔といったら!
あの時ほどスッキリしたことはないとジェレミーは思う。
自分が選んだ女と添い遂げられるのだと思うと気分が高揚したものだ。
それなのに……。
(また母上が邪魔をした……! クソ! なんでこうも上手くいかない!?)
レノアも自分たちの仲が認められないことを気にしてか、頻繁に執務室にやってくる。最初は愛らしくてかわいいものだと思っていたが、だんだんと仕事の邪魔をされるのが面倒になって来た。一緒に出掛けても、やれドレスだの、やれ流行だの、もっと自分たちの事業に関心を持ってほしいものだが……。
(そう言う意味では、ベアトリーチェの時は楽だった。打てば返してくれたからな)
その反面、金にがめつく、口うるさく、母の影がちらつく致命的な欠点があったが。
(大丈夫だ。レノアも母上に認めさせたら落ち着くはず)
「レノアとの仲を認めさせるには金が必要だ……侯爵」
「む、無理です! 我が領地にこれ以上のお金は……」
「なら、あなたが母上に話してくれ。王子の金を返せ、とな」
その時だった。
「その必要はありません」
凛とした声が響いた。
二人が弾かれたように振り返れば、良く知る貴婦人が立っていた。
「あ、あなた様は……!」
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