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第十四話 領地視察①
しおりを挟むオルロー公爵領は大部分は荒れ地が占めている。
特産物は鉱山から出てくる魔石がほとんどで、それ以外に特筆すべきものはない。食糧を自給できないため、隣の領地からほとんどを輸入しているような状態だ。
わずかに取れる小麦も領地全体に行き渡るには足りなさすぎる。
民衆が十分に生活をしていくには今の五倍の収穫量が必要となる。
──ここまでは、これまで学んだ前提条件。
(ここからどうするかだけど……)
わたしがアルフォンス様に口を出したのは人員配置や人件費の『無駄』を削る作戦だ。明らかに業務に見合っていない給料をもらっている人を別の部署に配置換えしたり、逆に低すぎる給料の人を補正したりして整理した。
それで倍以上の税収になったのは喜ばしいことだけど、一方で民の暮らしが豊かになったかというとそうでもない。公爵領が荒れ地であることは変わらないし、治安こそいいものの、亜人たちの中に不満の種がくすぶっていることは間違いないのだから。
食への満足度は民の士気に直結する。
というわけで、わたしたちは馬車に乗って領地の視察に向かうことにした。
上がった税収で他領から食物を輸入することもやっているけど、いずれは公爵領で自活できるようにしておきたい。そもそも輸入品の値段が高すぎて話にならないし。
(他領も敵か……敵はそこらへんに潜んでいるわね)
「難しい顔をしているね」
「そうですか?」
馬車の向かいに座るアルフォンスがそんなことを言った。
頬杖をつく彼はどこか楽しそうに笑う。
「君でもそんな顔をすることがあるんだ。何でも知っているように見えた」
「わたしだって人間です。悩むときくらいあります」
「それもそうだ。で、どうだい? 解決策は思いつきそうかな?」
「……いくつか試したいことはあります。そのために農地に行かないと」
そう、既に方策は打ち立てている。
問題はそれがうまく通用するかどうかと、邪魔が入らないか否か。
わたしはアルフォンス様と同じように車窓から見える景色に目をやった。
街道を走って一時間は経っているのに、賊が一度も現れない。
「……のどかですね。公爵領の治安が思っていた以上に良くて驚いています」
「あー、まぁね。そこはかなり頑張ったよ」
アルフォンス様が苦笑する。
「亜人戦争で労働者たちがあぶれちゃったからさ。特に亜人の労働者はほとんどが解雇された。おまけに亜人領が解体されたものだから、それはたくさんの亜人が雪崩れ込んできた。要は難民だね。彼らをまとめ、騎士団に取り込み、訓練するまでかなり苦労した……」
本当に苦労したのか、アルフォンス様はげっそりとした顔を見せる。
普段は凛としてらっしゃるのにギャップがすごくて、わたしは思わず笑みを漏らした。
「でも、まとめあげたのですね」
「かなり反発があったけどね。亜人戦争で人族側に魔石を提供したのはウチだから」
でも、人族側に裏切られたのよね。
王族や中堅貴族たちが公爵の力を削ごうと結託したから。
「まぁ時間はかかったけど。分かってもらえた。治安には一番力を入れてるよ」
「……実は入れすぎて余っていたり?」
アルフォンス様が驚いた顔を見せた。
「よく分かったね。その通りだよ」
「ふぅん……そうですか……なるほど……」
これはなかなかいいことを聞いたかもしれない。
公爵城があんな状態だから期待していなかったけど、アルフォンス様が思っていたよりやり手で驚いた。
(というかこの人、わたしの助言を躊躇なく取り入れたのよね)
嫁入りに来たばかりの婚約者の意見を取り入れるのはかなり勇気がいる決断のはずだ。現状を変えようとする姿勢が見て取れる。
「何か思いついたら言ってくれ。僕に手伝えることがあるなら手伝おう」
「ありがとうございます。時期が来ましたら、お願いいたします」
「うん。楽しみにしてるよ」
少年らしい笑みを浮かべたアルフォンス様に、わたしの胸は甘く高鳴った。
思わずアルフォンス様の顔をじっと見てしまうけど……。
(いやだから、気のせいだってば!)
わたしは自分にそう言い聞かせて、車窓に視線を戻す。
微笑ましそうなシェンの視線が痛かった。
領地の景色は全然目に入らなかった。
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