成金令嬢の幸せな結婚~金の亡者と罵られた令嬢は父親に売られて辺境の豚公爵と幸せになる~

山夜みい

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第十二話 過去から未来へ

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『君はなんてことをやってくれたんだ!』

 公爵様の言葉がわたしの頭に反響する。
 肩を掴まれた手にぐっと力が入って、全身の血流が早くなった。

(わ、わたし。何かやっちゃたかしら)

 心当たりは、ある。領地運営のことだ。
 まだ公爵領の資料を読んでいない時に書類の数字だけを見て好き勝手に言った。
 その結果、公爵領の状態が悪いほうに進んでしまったのだろう。

(…………どうしよう)

 改めて考えてみても、まだ公爵夫人でもない婚約者なのに無責任すぎた。
 いや、もしかしたら彼は公爵夫人に足る器かどうか試すためにあんなことを聞いて来たのではないか。それなら婚約者と寝室を共にせず、そういう目で見てこないのも納得できる。恐らく公爵様は最初から婚約破棄する前提でわたしを誘導し、こんな感じの理由をつけて追い出すつもりだったんだろう。

 悪い想像はどんどん加速していく。

 まず婚約破棄は確定だろう。そうなったら侯爵家に帰ることも出来ないし、今度こそ嫁の貰い手が無くなり、修道院へ行くか平民になるかを選ばなきゃいけなくなる。シェンともお別れになるし、平民になったわたしは無力で無頼漢に脅され、娼館で身体を売る羽目に……。

「も、申し訳ありません。公爵様。まさかこのようなことになるとは」
「まったくだ。これは僕にも予想外だったよ」

 感情を抑えたような平坦な声にわたしは眩暈がした。
 こみ上げてくる吐き気を抑えて、深々と頭を下げる。

「こ、この罰はどのような形でも受けます。差し出がましい真似をしてしまい……」
「……ん? なんで頭を下げてるんだ?」
「え?」

 そこで初めて、公爵様の蒼い瞳と目が合った。
 怪訝そうに眉根を寄せた彼は「ぁー」と視線を彷徨わせ、

「ごめん。ものすごく紛らわしい言い方だったね」
「えっと……何がでしょうか? わたしが領地経営に口を出した件で損失が出たのでは?」
「まさか。そんなことで怒らないよ! 僕が勝手に君の言う通りにやっただけなんだから!」
「そう、なんですか?」
「そうだよ。むしろ逆・・・・だよ。とんでもない成果が出てきたんだ!」

 公爵様は丸まった書類を手渡してくる。
 おそるおそるそれを受け取り、わたしはシェンと一緒に書類を覗き込んだ。

「あ」
「すぐに気づいた。さすがだね」

 公爵様はにっこりと笑う。

「そうだよ、君のおかげで先月の収益が二倍に増えたんだ!」
「……!」
「まぁ! すごい! さすがお嬢様ですね!」
「ほんとだよ! 僕もびっくりした! まさかここまで効果があるなんて!」

 以前見た書類では公爵領の総収入はそれほど多くないと記憶している。
 だが、例え収入が少なくても二倍も増えれば結構な額だ。
 二倍、二倍、二倍……とわたしの頭のなかで数字が浮かんでは消えていく。

「君の言う通りにやったらここまで上がった。本当にすごいな、君は!」
「ぁ」

 心が、震える。
 体が熱くて、芯が揺さぶられる。

『女の癖に男の金勘定に口を出すな! 不愉快だ!』
「きっとすごい勉強したんだろうね。ここまで予算運用がうまいなんて得難い才能だよ」

 ジェレミー殿下が刻みつけた呪いの言葉を、公爵様が優しく解き放つ。

『金、金、金、君の頭はお金しかないのか? ちょっとは俺の面子を考えたらどうなんだ?』
「侯爵領のことは聞いてる。きっとお金のことで苦労したからそこまで上達したんだね」

 わたしの周りは、わたしがお金を大切にすることが気に食わなかった。
 淑女だから。貴族だから。
 そんなレッテルを貼り付けてわたしを見ようともしなかった。

『貴様のような女、成金令嬢で十分だ。金の亡者めが』
「君が来てくれて本当に助かったよ」
「……っ」

 殿方の前で涙を流すなんて淑女らしくない。
 何より、そんな一銭の得にもならない涙を流して何になる。

 感情に流されるな。惑わされるな。
 わたしはもうお金しか信じないって決めたんだ。

 そう決めた、はずなのに。

 ──どうしてこんなに、嬉しいの?



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