6 / 44
第六話 公爵との初対面
しおりを挟む「アルフォンス・オルロー公爵でお間違いありませんか?」
「いかにも。僕がこの街の領主だ」
隣で頬が引き攣っている侍女を肘でつつき、わたしは公爵に向き直る。
「お初にお目にかかります。ラプラス侯爵が長女、ベアトリーチェ・ラプラスと申します」
「えぇ、ようこそ。来てくれてありがとう」
(あら、意外と丁寧な喋り方ね)
見た目に反した物腰の低い態度にわたしは拍子抜けした。
婚約の内容が内容だし、もっと横柄な態度を取られるかもと思っていたから。
「お荷物を、レディ」
「あ、ありがとうございます」
公爵は荷物を持つシェンに手を差し伸べた。
(なるほど。女をとっかえひっかえ、ね)
侍女にも優しくする態度は好ましくもあり、僅かに女慣れを感じる。
シェンが荷物を渡すと、アルフォンスは荷物を執事へ橋渡しする。
あまりに少ないのを怪訝に思ったのだろう。後ろを覗いて首を傾げた。
「荷物はこれだけかな?」
「えぇ。私物は少なくするほうですの」
「そうか」
納得したらしい。
(根がいいのか、愚かなのか、判断がつかないわね)
今のところ噂のような悪辣さは感じないが、婚約破棄されたばかりの女に婚約を打診するくらいだ。しかも『成金令嬢』に求婚するくらいだから、よほどの変わり者には違いないだろう。
「では行こうか」
アルフォンスはエスコートに手を差し出した。
紳士的な態度をやはり好ましく思いつつ、わたしはその手を取る。
「えぇ。案内してくださると嬉しいわ」
「……」
「オルロー公爵?」
わたしが手を乗せても一向に動かず、呆けた顔で口を開ける公爵様。
怪訝に思って問いかければ、彼は我に返ったように動き出す。
「し、失礼。その、少し驚いた」
「驚いた?」
「気を悪くされたら申し訳ない。では行こう」
わたしは城下町の治安の良さから、公爵城もそこまで悪くないのではと予想していた。だけれど案内された公爵城はなんというか……噂以上に悪かった。
「……えぇっと。ここに住んでいるのですよね?」
「うん。お恥ずかしい限りだけど」
(そうでしょうね)
言葉にこそ出さないものの、思わず頷いてしまう。
元は色とりどりの花々が咲き誇っていたのだろう城の前庭は、今や雑草だらけで見る影もない。城の窓ガラスは割れており、玄関ホールには絨毯も敷かれていない。調度品が一つもないのは仕方がないにしても、壁の一部が崩れていて、瓦礫がそのまま転がっている状態だ。
「……掃除は出来ていませんの?」
アルフォンスはばつが悪そうに目を逸らした。
「それが……使用人の数を最低限にしていてね、そこまで行き渡っていないんだ」
「はぁ」
聞いたところによれば、この広い公爵城を三人の侍女で回している状態らしい。
確かにその程度の人数なら廃城のようにもなるか。
「……わたしと結婚する前に城のほうを直したほうがいいのでは?」
特に今回はラプラス侯爵家が長女を売り渡すような体なのだし。
このような有様で五百万ゼリルを支払えるのか、と暗に問いかけると、
「正直、僕もそう思うのだけど……ただ、公爵家としてのお世継ぎを残す方が先だと言われて。ほら、僕もそろそろ年齢が年齢だからさ」
「確か……今は二十八歳でいらっしゃったかしら?」
「うん」
わたしも人のことは言えないけど、二十八といえば立派な行き遅れ男子だ。
今のオルロ―公爵家は先々代王弟殿下の直系に当たるから、血筋を絶やすわけにはいかないんだろう。
王家が本当にどうしようもなくなった時、王位継承権すら発生する家柄なのだ。
五百万ゼリルは公爵家として張らざるを得ない見栄なのかも。
「……では、掃除用具はありますか?」
「え? もちろんあるけど……」
「わたしが掃除します」
「……あなたが? 本当に?」
「はい。何か問題でも?」
城を修繕するお金がなくても、掃除くらいは出来るはずだ。
わたしがそう告げると、なぜか水を打ったように静まり返った。
「……どうしたのかしら?」
「……侯爵家のご令嬢が掃除すると言い出したことに驚いたのかもしれません」
「ぁー……なるほどね」
こそこそと囁いてくれたシェンに頷き、わたしはアルフォンス様に向き直る。
「仮にもここの女主人となるのです。掃除道具の場所くらい把握しておくのが当然でしょう?」
「……そうか。分かった」
アルフォンス様は嬉しそうに微笑んだ。
「あとで侍女に教えるよう言っておきます」
「はい。あの、ちなみに寝室は……」
「あぁ、大丈夫。ここが一番ひどいから。ちゃんと片付いてるよ」
わたしはホッと胸を撫で下ろした。
さすがにここのような部屋で寝られる気はしないから。
「まだ知り合ったばかりだし、とりあえず部屋は別にしておくよ」
「お気遣いありがとうございます」
(女好きっていう噂だけど……そういうところはちゃんとしているのね)
豚公爵の見た目こそ噂通りだが、逆を言えばそれだけだ。
わたしはこの時点で例の噂のほとんどが嘘っぱちだと確信していた。
「これからよろしくね、ラプラス嬢」
「こちらこそよろしくお願いいたします。オルロー公爵様」
◆◇◆◇◆
「なんだか噂と全然違いますね」
ラプラス家の令嬢と侍女が二階に消えると、筆頭執事のエルトッドが呟いた。
信頼する部下の言葉にアルフォンスは言葉を返す。
「お前もそう思うか、エル」
「はい。ラプラス侯爵令嬢といえば莫大な富を笠を着たお調子者で、人に偉そうにするくせに自分は動かないだとか、常に上から目線で爵位が下の令嬢を虐めているとか、およそ聞くに堪えない所業が聞こえてきたものですが」
「やはり噂は噂ということかな……エル」
呼びかけると、腹心の部下は「心得ております」と腰を曲げる。
「ラプラス令嬢とその周りを調べる、ですね?」
「その通りだ。頼めるか」
「仰せのままに……気に入られましたか?」
「……そんなに早く女性に惚れるほど軽い男じゃないよ」
ただ、と彼は続ける。
「僕のこの見た目を見て、エスコートを嫌がらなかったのは彼女が初めてだ」
「さようでございますか」
使用人のような仕事を嫌がらず、自ら掃除道具の場所を聞いたことも好感を覚えた。ただそれだけのこと──しかし、誰でも出来ることではないことをアルフォンスは知っている。
「今夜は彼女の好物を用意するように。皆、礼儀を以て接しなさい」
『仰せの通りに、旦那様』
12
お気に入りに追加
1,358
あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる