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第五話 旅立ちと別れ
しおりを挟む準備に三日をかけ、わたしは侯爵家の門前に立っていた。
見送りにはフィオナを始め、侍女たちが居並んでいる。
「お姉さま、本当に行っちゃうんですか……?」
「ごめんね。出来ればあなたが貴族院に入るまでは居たかったんだけど」
「……そんな、私のことはどうでもいいんです! おね、お姉さまが……」
フィオナは感極まったようで、わっと泣き出してしまった。
長年仕えてくれている使用人たちも、わたしとの別れを惜しんで涙を流してくれる。
……馬鹿ね。涙なんて一銭の得にもならないのに。
(それでも嬉しくなってしまうのだから、私も馬鹿だわ)
「お父様をよろしく、フィオナ」
「……手紙」
「ん?」
侍女に涙を拭いてもらったフィオナは顔を上げ、胸の前でぐっと拳を握った。
「手紙っ、絶対書いて下さいね。書いてくれなかったら攫いに行きますから!」
(この子、勇ましすぎないかしら?)
わたしは苦笑しながらフィオナの頭を撫で、馬車に乗り込んだ。
これから一人で公爵領に向かうのだ──そう思っていたのだけど。
「お嬢様、失礼します」
「え?」
馬車に乗り込んで対面に座ったのは亜人の少女──
シェン・ユーリンだ。
「シェン? どうして……」
「私もお供させていただきます。よろしくお願いしますね」
「ダメよ、付いてきたら……」
破産寸前になった時に限界まで侍女を解雇した都合上、侯爵の家はぎりぎりの人数で回している。シェンは亜人として差別されているけれど、一生懸命で、屋敷の立派な戦力だ。
「あなたは残って良いのよ。わざわざ辺境についてくることないわ」
「いえ、ついて行きます。私がお仕えしているのは侯爵家じゃなくお嬢様ですもの」
「お給金を払っているのは侯爵家よ? わたしは給料は出せないけど」
「出世払いでお願いします!」
侯爵家が落ち着くまで待ってくれるということだろう。
それだけの『価値』をわたしに感じてくれるとしたら、ちょっと嬉しい。
わたしは思わず笑みをこぼして言った。
「無償で働かせてくれなんて無責任なこと言ったら叩きだしてたわ」
「…………はい!」
え、何。いまの間。
もしかして言おうとしてたのかしら?
「シェン?」
「御者さん、そろそろ出発してください」
「主の話を無視するなんて、あなたも偉くなったものね」
「ふふ。お嬢様の侍女ですから」
得意げに胸を張られてどう反応していいか困ってしまった。
ともあれ、わたしたちを乗せた馬車はこうして走り出す。
どんどんと遠ざかる家族の姿を、わたしはしばらく目に焼き付けていた。
「また戻って来ましょうね、お嬢様」
「……そうね」
そうだ。前を向かないと。
悔やんだってどうにもならないんだから。
パシ、と両手で頬を叩いたわたしは明るい口調で問いかけた。
「オルロー公爵の領地はソルトゥードだったわね?」
「はい」
デリッシュ帝国との国境に接している、領地の半分が荒野の辺境だ。
魔獣がたくさん徘徊していて、戦争難民だった亜人たちが住み着いていると聞く。山にも面しているから鉱山にも面しているだろう。もしかしたらそこで資源が──
……って駄目だわ。もうわたしには何の権限もないのに。
ラプラス領とは違うのだから、口出しするわけにはいかない。
それに、お金のことで口出しして婚約破棄されたばかりだ。
慰謝料も貰えなかったし、しばらくは大人しくしているほうがいいはず。
「どんな方なんでしょうね。オルロー公爵という方は」
「わたしも対面したことはないのだけど……」
噂は色々と聞こえている。
先日、フィオナがまくしたてた通りのことだ。
(女癖が悪いだけならまだしも、特殊な性癖の持ち主だったらどうしようかしら……)
「お嬢様、私、部屋の外で控えてますから……何かあったら呼んでくださいね」
「結構よ。公爵に逆らったらあなたもタダじゃすまないわ」
「お嬢様……おいたわしや。婚約破棄されたばかりの身の上で鎖に縛られるなんて……」
さすがにそこまで変態的なプレイはないと思いたい。
そんなとりとめもない話をしながら、宿場町を経由すること三日。
わたしたちはついに、オルロー公爵領までやってきた。
車窓から見える景色はひたすらに荒野が広がっている。
かといって、完全に作物が育たないわけではないのか、獣人たちが畑を耕しているのが見えた。
街に入って覚えた最初の印象は、寂れた街。
とてもじゃないけど侯爵領とは比べ物にならないほど活気がない。
だけれど、わたしは落胆するどころかちょっぴり安心していた。
「……思ったより治安は悪くなさそうね」
馬車が野盗に襲われることもなかったし、物乞いが徘徊しているわけでもない。
路地裏にもちゃんと兵士が歩いていて、治安を維持しようという気概を感じる。
正直に言って、聞いていたほど印象は悪くない。
オルロー公爵の館はそんな街の一番奥にあった。
「お待ちしておりました。ラプラス領の方々」
門前に居たのは恰幅のいい貴族服の男だ。
その後ろに執事や侍女が控えていることからも、彼がこの館の主だろう。
──どうやら、豚公爵の噂は本当だったらしい。
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