ゴッド・スレイヤー

山夜みい

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第一章

第二十一話 修業の成果

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 カンカンカン、と細かな音が響き渡る。
 軽やかなリズムを奏でるのは、ジークが取り組む魔導機械だ。

「ハァ、ハァ……ふぅ……!」

 鋭い呼気を吐き、ジークは剣の嵐の中でステップを刻む。
 周りの景色が消え、必要な情報のみが彼の中で処理されていく。

 十個同時にやってきた魔導機械の剣。
 ジークはそれを、双剣を回転させてコンマ一秒ずつ受けていくことでズレを生じさせ、その隙間から包囲をかいくぐる。

 一太刀、二太刀、五太刀。
 振るうたびに彼の剣は研ぎ澄まされ、胸の中に躍動する加護が高みへと引き上げる。

「ジーク、頑張って……!」

 傍らで応援するリリアの声は聞こえない。
 ただ熱い想いがジークの胸を打つ。

(なんか、変な感覚だ……)

 隣で応援してくれる人がいる。
 自分のことを認め、共に高めあえる仲間がいる。
 それだけでこんなにも胸が高鳴り、身体に力をくれるなんて。

(父さん、母さん、僕にもできたよ……友達が……!)

 口元に笑みを浮かべ、ジークはさらに剣舞に没頭する。
 成長著しい彼の様子を、固唾を呑んで見守るリリアとテレサ。

「九十、九十九、百、百八……! やった! お師匠様、ジーク、全部避けましたよ! すごい、すごいです!」
「あぁ。まさかここまで速く成長するとはねぇ……」

 もっと時間がかかると思っていただけに、テレサは呆れていいやら賞賛していいやら分からない。
 ちらりと隣に目を向けると、一足早く陽力切れで訓練を終えたリリアの課題は、半分以上の的が壊されていた。

(この子もこの子だ……この前と別人じゃないか。やっぱり組ませて正解だったね)

 今にも倒れそうな顔色をしているのに、リリアはジークの応援をしている。
 そこにいかなる感情の変化があったのかテレサは知らない。
 ただ、彼と彼女が共に前へ進もうとしてることだけは伝わってきて。

「リリア」
「え、はい。何ですか。お師匠様?」
「避妊はちゃんとするんだよ?」
「はい!?」

 リリアは顔を真っ赤にした。

「ななななななななな、なにを言ってるんですか!? わたしたちはそんな関係じゃありません!」
「今はそうだろうねぇ。ただ将来のことは分からないからさ」
「しょ、将来だなんて……そんなのまだ早すぎましゅ……」

 リリアは熱くなった頬を覚まそうと両手で顔を仰ぐ。
 テレサはもう一言くらい言っておこうと口を開き、

「ぶべ!?」

 転瞬、剣に吹き飛ばされたジークが二人の足元に飛んできた。
 背中の衝撃が突き抜け、うめき声をあげたジークは起き上がれず、地面に寝転がる。

「ハァ、ぜ、ぜぇ……もう、無理……」

 全身から汗を流し、顔が蒼褪めている。
 筋肉が痙攣して悲鳴を上げていた。もう一歩も動けない、とジークは思う。

「ジーク、水をどうぞ」
「あ、ありがとう……」
「陽力切れだね。加護が使えなくなって吹き飛ばされたか」
「は、はい……ふぅ。生き返る。ありがとう、リリア」

 にこり、とリリアが微笑む。
 一息つくと、見計らったようにテレサが言った。

「あとは時間の問題かねぇ。訓練を続けていればすぐに課題を超えられるだろうさ」
「ほんとですか?」
「あぁ。計ってみるかい? 二人ともきっと驚くよ」

 テレサが獅子像を模した陽力計測装置を持ってきた。
 ジークやリリアは顔を見合わせ、ゆっくりうなずく。

「リリアからどうぞ」
「はい。じゃあ」

 リリアは獅子像の口に手を入れる。
 ぶわり、と獅子の鬣が広がり、虹色の輝きが目を焼いた。

「わ!?」

 ピピ、と音がして計測完了。
 果たして、その結果は──

「陽力数値一〇六二四……! すごい。倍ぐらいに増えてる!」
「わ、わたし……こんなに?」

 夢ではないのかと、リリアは頬をつねる。
 痛い。夢じゃない。
 食い入るように陽力数値を見つめ、本物だと確信すると、ぱっと笑みを咲かせた。

「や、やった……! ジーク、わたし……!」
「うん! やったね!」

 リリアが頑張っていたのはジークもよく知っている。
 そんな彼女の努力が報われているのを見て、ジークもうれしくなった。

「あんなに頑張っても伸びなかったのに……お師匠様の修業のおかげですね」
「あんたは頭が固かっただけで、そこをほぐせばすぐに伸びると思ってたよ。資質はあったし。ま、それもこれまでの努力があってこそさね」

 それがなかったらここまで伸びてはいない、と告げられてリリアは微笑む。
 続いてリリアは、ジークに獅子像を差し出した。

「ほら、ジークも」
「う、うん」

 緊張しつつ、ジークは獅子像の口に手を入れる。
 その瞬間、

 ブォン! と獅子像が吠え、鬣が虹色に輝く。
 ピピ、と計測完了。
 いつにない変化に戦々恐々としながら、ジークは数値を覗き込む──

「陽力数値、八五〇三…………! た、たった二週間で、こんなに!?」
「わ、わ、伸びてる。これ、喜んでいいのかな?」
「当たり前ですよ! こんなに早く陽力を高められる人、見たことありません!」

 興奮したように飛び上がるリリアに、テレサもうなずいた。

「あぁ。間違いなく歴代最速最高だろうね。オリヴィエの馬鹿より記録が上だ。誇っていいよ」
(努力もあるだろうが、神に魅入られているのが大きい。良くも悪くもこれからどうなるか……)

 陽力とはエーテル粒子と適合した人類の新たな可能性である。
 だが元々エーテルは天界にあったものだ。二度も神域に招かれているジークならある意味当然の結果と言える。

「ともあれ、この調子で悪魔にリベンジだねぇ、リリア?」
「……はい、お師匠様。……大丈夫でしょうか。わたし」

 しょぼん、と俯くリリアの肩に、ジークは手を置いた。

「大丈夫だよ」
「ジーク」

 不安そうな彼女に、ジークはにこっと笑いかける。

「リリアがたくさん頑張ってきたことは、僕が一番よく知ってるから」
「……っ」
「それに、もしダメだったら次、またその次、諦めずに挑めばいいんだよ! 二人で生きて帰ろう!」
「え、えぇ!?」

 リリアは目を見開き、続いて苦笑した。

「そこは『僕がいるから大丈夫』っていうところじゃないんですか?」
「僕も力の限り頑張るよ? でも、前に進むのはリリアだから」

 ひゅ、とリリアは息を呑んだ。
 軽い言葉。けれどそこに含まれた重みは、ジークが培った年月そのものだ。

「父さんもよく言ってた。『カカッ! よぉジーク。何度負けたってな、最後に勝ちゃいいんだよォ。生きてりゃ勝ちだ勝ち』って」

 低く、唸るように声真似をして見せたジーク。
 呆気にとられた二人に笑いかけ、ジークは言った。

「だから、生きて帰ろう。それで、勝つまで挑めばいいんだよ! 最初からうまく人いく人なんていないしさ。僕なんて何度悪魔に負けたと思ってんの? 百回じゃきかないくらい負けてるよ?」
「ッフ。それで諦めないところが、あんたのあんたたる所以かもしれないねぇ」

 テレサが微笑まし気に笑った。
 リリアもうなずく。

「そうですね……生きて、諦めなければ、何度だって挑める。一人じゃ心が折れるかもしれないけど……」
「うん。二人なら」

 ジークとリリアは微笑みを交わし、師の前に向き直る。
 弟子の視線を受けたテレサは酒瓶を担ぎ、

「ひひッ、いい目をするようになったじゃないか、鼻たれ坊主ども」
「師匠に鍛えられてますから」
「おう。言うようになったねぇ。今夜の任務、期待してるよ?」
『はいっ!』

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