ゴッド・スレイヤー

山夜みい

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第一章

第十一話 少女×勧誘

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 テレサの家に帰る頃、既に辺りは真っ暗になっていた。

「ぜぇ、ぜぇ……」

 悪魔と戦いつつ、少女を背負いながら丘を駆け上がったジークは荒く息をつく。
 すると、玄関から出てきたテレサがほっとしたように頬を綻ばせた。
 目が合うと、彼女はごほんと咳払い。

「ずいぶん遅かったじゃないか。この分だと修業も厳しめに行くしかないね」
「え、えーと、すいません」

 頭を下げると、テレサは訝し気に眉を顰めた。

「あんた、誰を背負ってるんだい?」
「じ、実は悪魔に襲われていたところを助けて……」

 テレサは納得したようにうなずき、

「なるほど。捨ててきな」
「えぇっ!?」
「うちは救貧院じゃないんだよ。見たところ葬送官のようだし、悪魔と戦って死ぬなら自業自得だろ」
「いやいやいやいやいや、この子死んじゃったら悪魔になっちゃいますよ! 悪魔を増やさないのが葬送官の役目じゃないんですか!?」
「む」

 痛いところを突かれた、と顔を歪めるテレサ。
 ジークとしても、せっかく助けた彼女を見捨てるのは忍びない。
 せめて目覚めて家に帰るくらいまでは助けてあげてほしいところだ。

 そんなジークの訴えが通じたのか、テレサは何かを思いついたように顎に手を当てた。

「いや……まぁ、考えたようによっては、アリかね……?」
「?」

 テレサが近づいてくる。
 少女の顔を覗き込んだ彼女は「この子、ブリュンゲルの……」と呟いた。

「知ってるんですか?」
「まぁね。ちょっとした有名人だよ。悪い意味で」
「そうなんです……?」
「しょうがない。助けてやろう。さっさと入ってきな。飯にするよ」
「はいッ」

 ジークは少女をベッドに寝かせ、食事をとる。
 テレサが用意してくれたのはたくさんのお肉とパン、スープだ。
 悪魔との戦いで疲労していたジークは手が止まらなかったーー。


 ◆


 白いまつげが揺れて、少女はゆっくりと瞼を開けた。
 見慣れない天井だ。
 古めかしい木目張りの天井に、上等なベッド。ランタンの明かりが揺れている。

「ここは……」
「あ、起きた?」
「!?」

 突然顔を覗き込まれ、少女は目を見開いた。
 黒髪の少年だ。
 その耳は鋭く尖っていた。瞳は血のように赤い。

「き」
「き?」
「きぃぃやあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
「うわ!?」

 少女は思いっきり悲鳴を上げた。
 後ろに下がって壁にぶつかる。退路がない。
 少女は壊れたように首を横に振る。

「いやですいやです食べないでくださいわたし食べても美味しくないですお願いします……!」
「え、や、あの」
「お願いだから、殺さないでぇ……」

 眦から涙を流し、股間からちょろちょろと液体が流れていく。
 女子としてあるまじき失態に、けれど少女は構っている暇がない。

(わ、わたし、悪魔に捕まったんだ……食べられちゃうんだ。もう死んじゃうんだ……)

 絶望が少女の心を覆いつくす。
 頭が真っ白になって何も考えられない。歯の根がカチカチと鳴って止まらない。

「う、うぅ。誰か、誰か、助けてぇ……」
「お、落ち着いて。僕、悪魔じゃないから」
「へ?」

 少女は顔を上げた。
 この人は何を言っているんだろう。
 どこをどう見ても悪魔じゃないか。耳は長いし目は赤いし、それに肌も……

「って、あれ?」

 いや、違う。
 似ているけれど違う。
 エルダーとなった悪魔の肌は種類にもよるが、紫や土気色といった特異なものになるはずだ。だが、少年の肌は人間のそれである。ぷにぷにとした柔らかそうな肌をしている。

 パチパチ、と少女は目を瞬かせた。

「あ、れ……?」

 少年は困ったように頬を掻いた。

「僕、半魔なんだ。人間と悪魔のハーフ。知ってる?」
「あ、そういえば噂で聞いたことが……」

 半魔。
 冥府の側に属する悪魔と現世の人間との間に生まれた子供。

 そんな、と、聞いたことがある。

「もしかして、あなたが……?」
「うん」
「ーーおい、いつまで騒いでるんだい。いい加減、静かにおし」
「!?」

 めんどくさそうに扉を開けた女の登場に、少女は愕然とした。

「てててててて、テレサ・シンケライザ様!? どうしてこんなところに!?」
「どうしてって、ここはアタシの家だからだ」
「!?!?」

 少女は理解が追いつかない。
 目を白黒させる少女にため息を吐き、テレサは告げる。

「この子があんたを助けたんだよ。礼くらい言うんだね。あんた、放置してたら死んでたよ」
「へ」

 少女はジークを見る。
 ジークは複雑な表情でうなずいた。

「す、すいませんでしたーーーーーーーーーー!」

 少女は平身低頭して詫びた。
 まさか命の恩人を悪魔呼ばわりしていたとは思わなかった。
 あまつさえ泣き叫んで助けを求める始末だ。悔やんでも悔やみきれない。

(どうしよう。わたし、なんてことを……)

 どうやって詫びよう。
 自分に持っているものなんてないのに。
 命を救われた恩は百倍にして返す。そうやって姉に教わったのに。

「あの、もういいから、その……」

 少年は目のやり場に困ったように視線を彷徨わせた。

「服、着替えたら……? えーと、ちょっと透けてるっていうか」
「へ」

 少女は自分の身体を見下ろす。
 情けなく失禁した股間はぬれていて、下着は透けている。

 ありていに言えば、丸見えの状態であった。

「き」
「き?」
「きぃぃぃゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 少女の悲鳴が、夜の丘に響き渡った。


 ◆


「申し遅れました。わたし、リリア・ローリンズです。助けてくれて本当にありがとうございました」
「あ、うん」

 ところ変わって、三人はリビングに移動していた。
 神妙に居住まいをただしたリリアに、ジークは切り出す。

「それで、さっきのことだけど……」
「忘れてください」
「え」
「忘れてください」
「あ、はい」

 泣きそうな顔で懇願するリリアにジークは頷いた。
 見知らぬ男に失禁を見られた女の子の気持ちは、いくらでジークでも分かる。

「分かった。忘れるね。さっきの布団は僕が洗うから……」
「全然忘れてないじゃないですかぁ!? あと布団はわたし洗わせていただきます!」
「うん。それで、さっきの……あ、倒れていたほうね」
「そっちですか!?」
「どうして倒れてたの? 葬送官にはバディが必要……なんだよね? バディは?」
「それは……」

 リリアは目を伏せた。

「……わたし、バディは居ないんです。役立たずだから、誰も組んでくれなくて」
「え?」
「この子は失敗したんだよ」

 テレサは嘆息した。

「一か月くらい前だったか? 街の内側で哨戒任務をしていた時、遭遇した悪魔に負けたんだ。その時にバディは死亡。悪魔化したバディを仕留めきれず、貧民街の一角に甚大な被害が出た。その時のことがきっかけで実家から追放され、役立たず呼ばわりされた今では誰もバディを組んでくれない……だろ?」
「……そうです」

 リリアは自嘲げに微笑んだ。

「だから、哨戒任務は一人でやっています。幸い、わたしにあてられた地区は比較的悪魔が出ない場所なので、今日まではなんとか……でも、」
「今日は襲われちゃったんだね」
「はい」
「なるほど。やっぱり大侵攻の気配が……」
「テレサさん?」
「ん、あー、こっちの話だ」

 なんでもないという風に手を振って、テレサは話を切り替える。

「まぁあんたの事情は分かった。こっちにはどうしようもない事だ。目が覚めたなら早く帰りな」
「はい。お布団を洗ったらすぐに……」
「と、言いたいところだが……」

 にやり、とテレサは嗤った。
 まだ知り合って一日しか経っていないジークでも分かる、それは悪だくみの顔。

「まさか助けてもらっておいて、何の恩も返さないわけじゃないだろう?」
「それはもちろん、後日改めて何らかの形でお礼を……」
「その恩、今返しな」
『へ?』

 ジークとリリアの声が重なった。
 何を言っているんだとテレサを見つめる二人に、彼女は告げる。

「リリア・ローリンズ。あんた、この子と一緒にアタシの弟子になりな」
「え」

 リリアは固まった。
 徐々にその表情が動き出し、彼女は悲鳴を上げた。

「え、えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 立ち上がり、「無理です!」と即答する。

「わたしなんかがテレサ様の弟子!? ありえません! 絶対修業についていけないに決まっています!」
「おや、恩を返すんじゃないのかい?」
「そ、それはそうですけど! 恩返しはまた別の方法で……」

 頑なに頷こうとしないリリア。
 そんな彼女を見たジークは苦笑をこぼした。

「そりゃ、そうだよね……こんな半魔と一緒に修業なんて。テレサさん、無理強いは良くないと思います」
「そういうわけじゃ……! あなたの身の上とは関係ありません!」
「え? あ、そうなの?」
「当たり前ですよ! えっと、ジークさんですよね。この方がどれだけ強いか知っているでしょう!?」

 リリアは肩を震わせながらテレサを見る。

「テレサ・シンケライザ様。伝説のレギオン、『星屑の誓い』のメンバーにして、元序列七十五位!『時空の魔女』の二つ名を持つ女傑ですよ!?」
「序列七十五位……? それって、すごいの?」
「当たり前です! 葬送官は十万人以上いるんですよ!?」
「へ、へぇ……………………え、すごいねそれ。テレサさん、そんなにすごい人だったんですか!?」
「昔の話だよ」

 言いながら、テレサはまんざらでもなさそうだ。
 酒瓶をラッパ飲みする保護者は、「それより」と話を戻す。

「あんた、私の誘いを断って行くところあるのかい?」
「……それは」
「実家から追放されたんだろ? で、今はバディもいない。そんなんじゃ早晩殺されるよ?」

 リリアはひゅっと息を呑む。
 ジークは深い事情を知らないが、その表情だけで彼女の気持ちは痛いほど伝わってきた。

「アタシなら、あんたを強くしてやれる」
「……っ」
「どうだい。悪くない話だろ?」
「どうしてそこまで私に……?」
「そりゃあ」

 テレサはこちらとチラ見して、ごほんと咳払い。

「一人育てるのも二人育てるのも同じだからだよ。せっかくこの子が助けたんだ。すぐに死なれちゃ寝覚めが悪い」
「……そう、ですか」
「で、どうするんだい? アタシは優柔不断な奴は嫌いだよ。さっさと決めな」

 リリアは迷うように目を伏せた。
 きつく目を瞑り、迷いを振り切るように首を振って、顔を上げる。

「分かりました。では、よろしくお願いします」
「決まりだ」

 ニィ、とテレサは口の端を吊り上げた。

「じゃあ早速明日から修業を始めるからね。今日はよく食べてよく寝な」

 立ち上がって部屋を刺そうとするテレサは振り返り、

「あぁそれと、修業が終わるまで、ここに泊まり込みだからね。部屋はあるから好きに使いな」
「へ!?」
「荷物は後でとってきてやるよ。いいね?」
「は、はひ」

 有無を言わさないテレサにリリアは頬をひきつらせる。
 かなり強引な形だが、大丈夫だろうか。
 ジークはテレサとリリアを見比べて、言葉を選んで話しかけた。

「えっと……屋根のある家でよかったね、リリアさん」
「屋根のない家なんてないと思いますよ……?」
「あ、あれ、そうかな」

 廃墟や木々の洞を転々としてきたジークにとって人類の家は快適そのものだ。
 雨露を凌げるだけではなく、暖炉やテーブルまであるのは贅沢すぎるのだが。

(他の人にとっては違うのかな。うう、こういう時なんて言えばいいんだ……)

「うーん」と頭を悩ませるジーク。
 するとリリアは「ふふ」とおかしそうに笑った。

「ジークさん、面白い人ですね」
「そ、そう?」
「はい。良い人そうで安心しました。改めて、よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ!」

 可愛い女の子に微笑まれ、つい胸を高鳴らせるジーク。
 なんだかんだとテレサ以外に知り合いが出来たことがうれしかった。

(この調子なら、と、友達になれるかな? そしたら、普通の暮らしが出来るかも)

 着々と目的に近づいている。
 遠回りしているように見えて、望む道を進んでいる実感がある。
 ジークは内心で手ごたえを感じ、さらなる決意を固めた。

(よーし。修業を頑張って、一人前の葬送官になってやるぞ)

 そして今度こそ、普通に暮らすんだ!

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