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第二十七話 アルマーニ騎士団の瓦解
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──数日後。
「──……ふっ!」
ロレンスは騎士団の訓練場で騎士団長と模擬戦をしていた。
鋭い剣さばきに騎士団長は顔を歪めながらも忠言する。
「閣下、お仕事は、よろしいのですか!」
「全部執事に任せてある。問題ない。仕事は、面倒だ!」
「……そう、ですか!」
騎士団長はロレンスの剣をさばきながら違和感を覚えた。
ロレンスは必死になって剣を振っているが、その剣に重みはない。
鋭さはある。技のキレも健在だ。
──だが、決定的に力が足りない。
(これなら今の俺でも勝てそうだな……?)
かつて英雄と呼ばれたロレンスは鬼神の如き剣さばきを見せていた。
何度模擬戦を挑んでも勝ち筋一つ見えず、その高き壁に尊敬を覚えたものだ。
戦場では率先して騎士たちを守り、部下を守るために命を顧みなかった。
戦場では『剣神』ロレンス・アルマーニと謳われたものだ。
しかし、今のこれは……。
「どうだアーサー! 俺は、強いだろう!」
「あ、はい……もちろんです」
「ふん、俺を捨てた、あの女が馬鹿なんだ。俺がどれだけ尽くしてやったか!」
(まさかユフィリア様のことを言ってるのか……?)
アーサー・キャンベルは思わず眉根を寄せた。
ロレンスがユフィリアにした仕打ちの数々は決して褒められたものではない。
いや、もっとありていに言えば最低なことだ。
魔獣戦争との最中も、自分の天幕にアニーを呼んでいたと聞く。
ユフィリアと同じく敬虔なアカシア信徒であるアーサーは嫌悪感を覚えたものである。アーサーは戦時中のやり取りを思い出す。
『閣下、他の女性を傍に侍らすのは奥様に対する裏切りでは……』
『戦争中だけだ。別にいいだろう』
確かに彼の戦争での活躍は目覚ましかった。
だから多少傲慢なところも許せたし、立場もあってアーサーは咎めきれなかった。
だがここ最近、アニーと宿屋に入っところを見たと騎士の証言を得た。
この人は戦争中だけに飽き足らず、あんなにも素晴らしい奥方を裏切り続けているのだ。それを妻に話すと『騎士にも仕える主を選ぶ権利はある』とやんわり辞職を懇願された。引っ越し先すら検討し始めた始末だ。
(尽くしてやった、か。妻は道具ではないのだがな)
模擬戦を行うアーサーの手に思わず力が入った。
昔からあった態度が無視できなくなって来た。
ずっと目を背けてきた人間としての嫌悪感が拭いきれない。
(侯爵としての顔を立てて負けておこうと思ったが)
「はぁぁ!」
(妻の言うことに従ったほうがいいかもしれない)
アーサーは昔から妻には頭が上がらなかった。
もちろん何でも言いなりになるわけではない。妻も間違えることはある。
しかし、こと人間関係において妻の言うことが間違っていたことはない。
何より、自分がこの主に仕えていることが恥ずかしい。
──……ガキンッ!
ロレンスの長剣がアーサーに打ち込まれた瞬間、
下から音高く跳ね上げられた剣は、ロレンスの剣を宙に舞いあげた。
くるくる、くるくる。
カラン、と。
宙を舞い、地面に転がった剣。
水を打ったような沈黙が騎士団の訓練場に広がった。
ロレンスは振り返る。
空っぽになった自分の手を見つめ、次いでアーサーを見つめて愕然とする。
「俺が、負けた……?」
「初めて一本とれましたね、閣下」
アーサーは清々しい思いで一礼する。
「胸を貸していただきありがとうございました」
アーサーが踵を返すと、ざわめきが訓練場に戻って来た。
ひそひそ、ひそひそ、とロレンスに聞こえるか聞こえないかの声量で話し始める。
「嘘だろ、閣下が負けた……?」
「無敗の男だぞ? これまで一度も負けたことがなかったのに」
「てか最近……特にユフィリア様が居なくなったあたりから調子悪いよな?」
一人が話し始めると、騎士たちは次々に胸の内を明かした。
「分かる。なんか態度も乱暴だしさ」
「前までは多少態度がアレでも強かったから許せたけど」
「弱かったら……ちょっとな」
「地位と血筋だけが取り柄のボンボンか」
「確かに。あれなら俺でも勝て……おっと」
ギロ、と睨みつけられた騎士団員は蜘蛛を散らすように訓練に戻って行く。
本来は向けられるべき、好奇と嘲笑の視線がロレンスに突き刺さる。
(クソ、クソ……! なんでだ。なんでいつものように力が出ない……!)
それには理由がある。
ロレンスが英雄と呼ばれていたのはキャロラインのポーションがあったからだ。あのポーションには若さを保つほかに身体能力の増強や魔力の増加などの効果もあった。母親に言われて毎週欠かさず服用していたが、ここ最近、ロレンスは薬の恩恵に預かれていない。
(クソ、クソ、クソぉ……!)
ユフィリアが居ない今、ロレンスは無能な男に成り下がった。
◆◇◆◇
その日、侯爵家で腕の立つ騎士数人が辞表を提出した。
なかには騎士団長も含まれていたが、ロレンスが引き止めるのも虚しく。
「申し訳ありませんが、あなたにはもうついていけません」
アルマーニ騎士団には彼ら腕の立つ騎士に憧れて入団した者も多い。
ことに騎士団長であるアーサーは部下から人望もあり、彼の辞職を皮切りに多くの者が辞表を提出した。たった数日で、アルマーニ騎士団の人員は半分になったのだ。
まるで堰を切った川が流れだすがごとく。
その流れは止めようとしても止められない。
(一体、どうなってるんだ……!?)
後日、彼らは謎の紹介状を持って他領を訪れたというが……。
ロレンスがその真相を知ることは、ついぞなかった。
「──……ふっ!」
ロレンスは騎士団の訓練場で騎士団長と模擬戦をしていた。
鋭い剣さばきに騎士団長は顔を歪めながらも忠言する。
「閣下、お仕事は、よろしいのですか!」
「全部執事に任せてある。問題ない。仕事は、面倒だ!」
「……そう、ですか!」
騎士団長はロレンスの剣をさばきながら違和感を覚えた。
ロレンスは必死になって剣を振っているが、その剣に重みはない。
鋭さはある。技のキレも健在だ。
──だが、決定的に力が足りない。
(これなら今の俺でも勝てそうだな……?)
かつて英雄と呼ばれたロレンスは鬼神の如き剣さばきを見せていた。
何度模擬戦を挑んでも勝ち筋一つ見えず、その高き壁に尊敬を覚えたものだ。
戦場では率先して騎士たちを守り、部下を守るために命を顧みなかった。
戦場では『剣神』ロレンス・アルマーニと謳われたものだ。
しかし、今のこれは……。
「どうだアーサー! 俺は、強いだろう!」
「あ、はい……もちろんです」
「ふん、俺を捨てた、あの女が馬鹿なんだ。俺がどれだけ尽くしてやったか!」
(まさかユフィリア様のことを言ってるのか……?)
アーサー・キャンベルは思わず眉根を寄せた。
ロレンスがユフィリアにした仕打ちの数々は決して褒められたものではない。
いや、もっとありていに言えば最低なことだ。
魔獣戦争との最中も、自分の天幕にアニーを呼んでいたと聞く。
ユフィリアと同じく敬虔なアカシア信徒であるアーサーは嫌悪感を覚えたものである。アーサーは戦時中のやり取りを思い出す。
『閣下、他の女性を傍に侍らすのは奥様に対する裏切りでは……』
『戦争中だけだ。別にいいだろう』
確かに彼の戦争での活躍は目覚ましかった。
だから多少傲慢なところも許せたし、立場もあってアーサーは咎めきれなかった。
だがここ最近、アニーと宿屋に入っところを見たと騎士の証言を得た。
この人は戦争中だけに飽き足らず、あんなにも素晴らしい奥方を裏切り続けているのだ。それを妻に話すと『騎士にも仕える主を選ぶ権利はある』とやんわり辞職を懇願された。引っ越し先すら検討し始めた始末だ。
(尽くしてやった、か。妻は道具ではないのだがな)
模擬戦を行うアーサーの手に思わず力が入った。
昔からあった態度が無視できなくなって来た。
ずっと目を背けてきた人間としての嫌悪感が拭いきれない。
(侯爵としての顔を立てて負けておこうと思ったが)
「はぁぁ!」
(妻の言うことに従ったほうがいいかもしれない)
アーサーは昔から妻には頭が上がらなかった。
もちろん何でも言いなりになるわけではない。妻も間違えることはある。
しかし、こと人間関係において妻の言うことが間違っていたことはない。
何より、自分がこの主に仕えていることが恥ずかしい。
──……ガキンッ!
ロレンスの長剣がアーサーに打ち込まれた瞬間、
下から音高く跳ね上げられた剣は、ロレンスの剣を宙に舞いあげた。
くるくる、くるくる。
カラン、と。
宙を舞い、地面に転がった剣。
水を打ったような沈黙が騎士団の訓練場に広がった。
ロレンスは振り返る。
空っぽになった自分の手を見つめ、次いでアーサーを見つめて愕然とする。
「俺が、負けた……?」
「初めて一本とれましたね、閣下」
アーサーは清々しい思いで一礼する。
「胸を貸していただきありがとうございました」
アーサーが踵を返すと、ざわめきが訓練場に戻って来た。
ひそひそ、ひそひそ、とロレンスに聞こえるか聞こえないかの声量で話し始める。
「嘘だろ、閣下が負けた……?」
「無敗の男だぞ? これまで一度も負けたことがなかったのに」
「てか最近……特にユフィリア様が居なくなったあたりから調子悪いよな?」
一人が話し始めると、騎士たちは次々に胸の内を明かした。
「分かる。なんか態度も乱暴だしさ」
「前までは多少態度がアレでも強かったから許せたけど」
「弱かったら……ちょっとな」
「地位と血筋だけが取り柄のボンボンか」
「確かに。あれなら俺でも勝て……おっと」
ギロ、と睨みつけられた騎士団員は蜘蛛を散らすように訓練に戻って行く。
本来は向けられるべき、好奇と嘲笑の視線がロレンスに突き刺さる。
(クソ、クソ……! なんでだ。なんでいつものように力が出ない……!)
それには理由がある。
ロレンスが英雄と呼ばれていたのはキャロラインのポーションがあったからだ。あのポーションには若さを保つほかに身体能力の増強や魔力の増加などの効果もあった。母親に言われて毎週欠かさず服用していたが、ここ最近、ロレンスは薬の恩恵に預かれていない。
(クソ、クソ、クソぉ……!)
ユフィリアが居ない今、ロレンスは無能な男に成り下がった。
◆◇◆◇
その日、侯爵家で腕の立つ騎士数人が辞表を提出した。
なかには騎士団長も含まれていたが、ロレンスが引き止めるのも虚しく。
「申し訳ありませんが、あなたにはもうついていけません」
アルマーニ騎士団には彼ら腕の立つ騎士に憧れて入団した者も多い。
ことに騎士団長であるアーサーは部下から人望もあり、彼の辞職を皮切りに多くの者が辞表を提出した。たった数日で、アルマーニ騎士団の人員は半分になったのだ。
まるで堰を切った川が流れだすがごとく。
その流れは止めようとしても止められない。
(一体、どうなってるんだ……!?)
後日、彼らは謎の紹介状を持って他領を訪れたというが……。
ロレンスがその真相を知ることは、ついぞなかった。
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