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第二十四話 傾いた心

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「り、離婚? 何を言ってるんだ?」

ユフィリアは本気で戸惑った様子の夫を見ながら、自分の心と向き合っていた。
彼がいないとき、ユフィリアは彼のことを思うだけで感情が動いた。
義母に虐められているとき、ロレンスがいつか助けに来てくれると期待していた。

「いきなりどうしたんだ。誰かに何か言われたのか?」

今はもう、何も心が動かなかった。

「誰にも言われていないわ。私の意思よ」
「どうして急にそんなことを」

私は俯き、膝の上で拳を握った。

「前から思ってたの……私たち、合わないなって」

ほんの些細なことの積み重ねだ。
食事の好みが合わない、休日の過ごし方が合わない、共通の趣味もない。
他にも細かなところを挙げたらきりがないけど……

(元々、私たちは違う人種だった)

華やかでにぎやかなところが好きなロレンスと、
静かで落ち着いたところを好んでしまう私。

普通に生きていたら決して出逢わない私たちは政略結婚によって結びついた。

「確かに合わないところはあるが」

ロレンスもそれは認めているようだけど、

「だが、それを少しずつ埋めていこうと言ったのはお前だろう」
「えぇそうよ。そしてあなたは実践してくれた」
「なら」
「でも……もう無理なのよ」

きっとお互いに愛があれば分かり合えた。
相手の好きなものを触って見たり、相手の趣味に付き合ってみたり。
意外と私も、ロレンスの趣味に触れたら変わるかも……って、結婚当初は思っていた。

「私、見たの」
「なにを」
「あなたがヴリュト卿と宿屋に入っていくところ……」
「!」

ロレンスは目を見開いた。
気まずい沈黙が流れる。彼は何を言うだろうと私は想像をめぐらせた。
まず言い訳するだろうと思った。彼女とは何もなくて宿屋に入って休憩しただけだって。

はたから見てそうとしか思えないけど、事実は違うんだって。
私が情事の声を聞いたと知らなければそう言い訳するのが普通だろう。

あるいは謝罪するのかと思った。
私が何に怒っているのかを知り、謝るから許してくれと。

「は? そんなこと・・・・・で怒ってるのか?」

そのどれでもなかった。
ロレンスは不可解と言いたげに首をかしげるのだ。
私は愕然するしかなかった。

「そ、そんなこと……?」
「確かに、アニーと……その、ちょっとした仲だったことは認める。言い訳しても仕方ないからな」

あっさりと身体の関係を認めたロレンスは咳払い。
開き直ったように胸を張り、むしろ私を責めるように見た。

「愛人を囲うようなこと、貴族に男なら誰でもやってるだろ。それに俺は彼女に何の恋愛感情もない。ただ相手をしてやってるだけだ。それのどこがいけない?」
「……」

私は愕然として、思わずつぶやいた。

「周りがやってるからいいって、それは人間的にどうなの……?」
「……は?」
「本当に、どうかと思う。それはダメだと思うわ」
「じゃあなんだ、お前は俺が戦争に行っている間、他の誰とも浮気しなかったのか?」
「えぇ、しなかったわ。あなたを愛していたから」
「……っ」

本当のことだ。戦争に行っている間は何もしていない。
今日の夕方、ルガール様と口付けはしてしまったけど……。

ロレンスと同じ土俵に上がりたくないから、それ以上はしなかった。
もちろんキスを受け入れてしまった責任は私にもある。
とはいえ、言い訳するわけじゃないけど……
あの状況、あの時の私の気持ちを考えれば、そうすることは仕方ないかなって思う。
たぶん私は何度あの時を繰り返してもルガール様の口付けを受け入れるだろう。

「……話が逸れたわね。周りの人がどうとか、どうでもいいの。私は嫌なのよ」

価値観の相違。決定的な浮気。
私がロレンスと別れようと思ったのはそれだけじゃない。

「……あなたといると、不安が消えないの」

私は胸の上をぎゅっと掴んだ。
ロレンスは確かに優しくなったし、私のために変わろうとしてくれる。

でも、もしまた戦争が起きたら?
あるいは、お義母様と仲直りして彼女の言うことを聞くことになったら?

どれだけ優しく変わってくれても過去に起きたことは消えない。
彼が優しくしてくれるたびに心の傷が疼いて私に現実を突き付けてくる。
この優しさは一時のものだけだ。また何かのきっかけで彼が冷たくなるかもわからない……。

私がそう伝えると、ロレンスは黙り込んだ。
一拍の間を置いて、彼は呟く。

「元はといえば、お前が俺を相手にしなかったからじゃないか」

は?

「お前が月のものだとなんだと言い訳して相手をしなかったんだ。だから俺は違う女で処理した。それの何がいけない?」

チ、と舌打ちしてロレンスは苛立ったように貧乏ゆすりする。
思い通りにいかないとすぐこんな風に態度に表すところは何も変わっていない。
表では英雄だ何だと言われていても、私からしてみればただのヒステリー男だ。

「……そんな風に思ってたのね」

ハッ、とロレンスは口元を押さえた。
思わず言ってしまったんだろうけど、これが彼の本音だろう。

「待て、違う。言葉が悪かった」
「何が違うの」
「だから、俺が言いたいのは」

ロレンスは頭を掻いていった。

「俺たちは政略結婚で結びついた仲だろう?」

全然違う話だけど、そうね。と頷いておく。

「合わないからと言っておいそれと離婚できると思ってるのか? 法律のこともある。それにお前は、うちに一千万の借金があったはずだ」

ロレンスは心なしか胸をなでおろしているようだった。
まるでこれを出せば私を言いなりに出来ると思っているみたい。
……実際、ルガール様に出逢っていなかったら何も言えなかったわね。

「離婚するなら金を返せ。まぁ出来ないだろうけどな」
「分かったわ」
「分かったら離婚なんて言わずに……え?」
「シェリー」

私は後ろ振り返り、シェリーに一抱えほどもある箱を持ってきてもらう。
応接室の机にどどんとおかれたそれを開けると、山ほどの宝石が煌めいた。

「…………………………………………は?」

ロレンスは絶句した。

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