魔法使いに奪われたい~夫が心を入れ替えてももう遅い。侯爵夫人は奪われて幸せになります~

山夜みい

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第十三話 人妻としての一線

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「ん……」

 机の前に座って目を閉じる。息を吸う。ゆっくりと吐き出す。
 手を前に出す。手のひらの下に熱が集まっていくイメージ。
 まぶたの裏に光が瞬いた。光が強くなる。星のようにきらめく。

「ユフィリア様、頑張って。もう少し、もう少しですよ……!」
「……っ」

 手のひらが熱い。額から一滴の汗が落ちていく。
 石がこすれるような音が響いた。ミシ、ミシ、と圧縮する。

 ぽたり、と汗が落ちた瞬間、それらが弾けた。

「あぁっ!」

 目を開ける。
 机の上に、バラバラになった青い石の破片が落ちていた。
 また上手くいかなかった……。
 どっと汗を掻いた私はシェリーからタオルを受け取って汗を拭った。

「ふぅ」

 ばらばらになった破片の横には宝石のような魔法石がある。
 ルガール様が作ったお手本と比べてまったく不出来なものだった。

「なかなか出来ないわね……」
「そんなことありませんよ」

 私の傍で見守っていたミーシャ様が言ってくれる。
 お兄さんと同じアメジストの瞳が柔らかく細められた。

「むしろ一日目で魔力を物質化するほど凝縮するのは大したものですよ」
「そう、なんですか?」
「はい! 普通なら一年かかってもおかしくありません」
「そんなに?」
「稀人であること、ユフィリア様の集中力がずば抜けていることが要因でしょう。正直……」

 ミーシャ様は私が作った一粒を持ち上げた。
 指の爪くらいの大きさの破片を見て頷く。

「この一粒だけで十分実用化できるほどの純度です。十万ギルくらいですね」
「こ、このゴミ……じゃなかった、石くれ……魔法石が、十万ギル……?」
「この調子で続けて見てください。上手くいくまで傍に居ますから!」
「ありがとうございます。ミーシャ様」

 ルガール様もそうだけど、この兄妹は私に甘すぎやしないだろうか。
 こんなに優しくして貰っていいのかな、と常々思う。

「──時にユフィリア様、兄様のことはどうお思いですか?」
「はい? どうって」
「端的に言いますね。異性としてどうかという意味です」
「はい!?」

 私はびっくり仰天して飛び上がった。
 ミーシャ様は両肘を机に置いて手のひらで顎を支えている。
 にこにこ、と天使の笑みを浮かべながらご機嫌に足を揺らしていた。

「ユフィリア様は気立てが良くて礼儀もしっかりしています。侯爵夫人として酸いも甘いも知り尽くしていますから、恋に溺れたりはしないでしょう。わたし、ユフィリア様ならお義姉様と呼べると思います」
「いやいやいやいや、ミーシャ様? ちょっと待ってください」

 とんでもない方向にいったミーシャ様を慌てて止める。
 この子は何を言っちゃってるの?
 椅子に座って居住まいを正してから、私はミーシャ様にじと目を向けた。

「ミーシャ様、私は人妻ですよ?」
「はい。存じておりますが、それがなにか?」
「えぇ……」
「人が人を愛するのに婚姻の関係なんてないと思います。結婚と恋は別といいますでしょう?」
「それはそうですけども」

 さすがに飛躍し過ぎじゃないだろうか……。

「……ごほん。失礼、飛ばし過ぎちゃいました」

 私の困惑っぷりを悟ってくれたのか、ミーシャ様は茶目っぽく笑った。
 仕切り直すように咳払いして、

「正直にお答えください。兄様のことは男性としてどうですか?」
「……」

 私は一拍の間を置き、そっと手元に視線を落とした。

「……とても優しい方だとは思います。妹思いですし」
「ふむふむ。ユフィリア様が独身だったら惚れていた可能性はありますか?」

 本当にぐいぐい来るわね、ミーシャ様は。
 私は苦笑しながら、

「たとえ独身でも無理だと思います。私と彼は十二歳も離れてるんですもの」
「恋に歳の差なんて……」
「そう言えるのは、ミーシャ様が若いからですね」

 別に、政略結婚では歳の差結婚なんて珍しくはない。
 だけど大抵の場合、それは男性が年上で女性が年下のことがほとんどだ。
 男性が年上なら頼りがいがあったり、包容力があったり、年上であることが魅力的に働くけど……

 女性が年上の場合なんて聞いたことがない。

(ルガール様はまだ十八歳。私なんかより素敵な女性はいくらでもいる)

 私はルフ族でもないし、年月の重みには勝てない。
 若いと言われがちだけど年々肌に張りが無くなってきているし、体力も落ちてきている。
 この分だと早晩皺が出来たり染みが出来始めるだろう。

 そうなったとき、十二歳年下の男性は私に魅力をかんじるだろうか?
 若くて気立てが良くて胸が大きくて──そんな女性に気が向かないと言えるだろうか?
 私にはとてもじゃないけど考えられない。

(まぁ、これは全部仮定の話で、そもそもルガール様が私を女性として見てくれているなんてあり得ないと思うけど)

 心の中で苦笑していると、ミーシャ様が唇を尖らせた。

「むむむ……思ったよりも手ごわいですね……」
「ふふ。恋の話がしたいなんて、ミーシャ様もお年頃ですね」
「おかしいですね……わたしの感触だともう少し……兄様の押しが……」
「──俺がなんだって?」
「ぴゃ!?」

 後ろから覗き込まれた私は再び飛び上がりそうになった。
 ふわり、とルガール様の蒼髪が揺れて、白樺のような香りが鼻をくすぐる。

「そんなに驚いてどうしました?」

 くす、とルガール様が笑う。

 私は思わず胸を押さえた。
 手を伸ばせば届くほどの距離で微笑まれて鼓動が高鳴ってしまう。
 さっきの今まで恋愛の話をしていたから、余計に意識しちゃって……

(なんだか、デートの時よりルガール様がカッコよく見えるわ)

 十二歳年下の男の子になにをいってるんだろう。
 さっきのはミーシャ様が先走っただけで、私たちはなんでもないのに。

「ちょうど兄様の話をしていたんです。兄様、もっと頑張ってください」
「何がだ?」
「全部です! 兄様には何もかも足りません!」
「だから何がだよ……」

 ルガール様は呆れ顔になり、私に振り向いた。

「ユフィリア様、すいません、妹がおかしなことを言いませんでしたか」
「い、いえっ、別になにもっ?」
「そうですか? 何かあったら言ってくださいね。修業のことも、俺でよければ力になりますから」

 ズキ、と胸が痛んだ。

(優しさが、痛い)

 彼が私に優しくしてくれる稀人だから。
 塔を追放されたお義母様の被害者だから。

 決して、異性として興味を持っているわけじゃない。
 何より私は人妻で、夫がいる身。
 もう七年も関係を持っていないけど、ロレンスは私の夫なのだ。

 ルガール様の優しさを受ければ受けるほど、その事実が重くのしかかる。
 私は今、夫ではない男の人のお世話になってしまっている。

「大丈夫。ゆっくりやっていきましょう」
「……はい」

 今のままじゃダメだ。
 きっと私は、この人の優しさに溺れてしまう。
 そうなったらもう──

「私、頑張りますね。ダカール公爵・・・・・・

 ルガール様は目を見開き、寂しげに微笑んだ。

「はい」

 公爵と侯爵夫人。
 これが、私が自らルガール様との間に引いた一線だ。
 ミーシャ様が何か言いたげだったけど、私は気付かないふりをした。

(これでいい。私は結婚しちゃってるから……だから、ダメ)

 早く一人で生きていけるようにならなきゃ。
 先ほどとは違った決意を新たに、私は机に手を伸ばす。

 ──そして約束の一週間が過ぎた。

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