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第十話 魔法使いとのお出かけ

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「それではわたしは調べ物をしますので、お先に失礼しますね」

 ミーシャ様が廊下の奥に消えてから、ルガール様はごほんと咳払い。

「それでは行きましょうか」
「はい。あの、外に馬車が……?」
「いえいえ。ユフィリア様、俺は魔法使いですよ?」

 ルガール様はコートの内側ポケットから鍵の束を取り出す。
 その中の一つ、銀の鍵を取り出して、玄関に差し込んだ。

「きゃ!?」

 次の瞬間、玄関扉が一瞬だけまばゆく発光し、扉の模様が変わる。
 驚いたのは私とシェリーだけで、他の使用人たちはまったく動じていなかった。

「これも、魔法ですか?」
「はい。移動魔法の一種です。『扉渡り』と言います」
「もしかして、これがあればどこにでも行けたり」
「そうですね。扉と扉に魔法をかける必要がありますし、結界で閉じられている空間には行けませんが。主に王城とか」
「はぁ──……便利ですねぇ……」
「そうでしょう。この鍵を使って屋敷をよく抜け出すので執事に怒られています」

 ルガール様が執事に怒られている場面を想像する。想像以上におかしくて、茶目っぽく笑うルガール様がちょっと可愛いと思ってしまった。

 ルガール様が扉を開ける。そこは二階の窓から見えた異界の風景じゃなく、まったく別の部屋に繋がっていた。庶民のリビングだ。小さな部屋に机が一つあり、台所が部屋の隅に備えられている。足を踏み入れ、机を指で撫でる。埃一つない綺麗な部屋だった。

「公爵領の一角にある平民の部屋です。セーフハウスの一つですね」
「ははぁ……一体いくつセーフハウスがあるんですか?」
「大陸の各地にあります。魔法使いは遠出することが多いので」

 もちろん、誰もかれもルガール様のように複数の家を持ち合わせてはいない。
 本来の魔法使いは塔が管理する扉渡り用の部屋に自分の部屋をつなげることが一般的らしい。
 むしろ勝手に扉渡りをするのは魔法規定で禁じられているけれど、ルガール様は特別なようだ。

(公爵で、魔法使い。すごいなぁ、ルガール様は)

 平民の部屋を出ると、どこかの路地裏に出た。
 ルガール様の傍にはお菓子店で会ったメイドが、私はシェリーを連れている。
 四人が路地裏を出ると、大通りのにぎやかな風景が一気に開けた。

 運河沿いに並ぶ家々は白い石造りの街はおしゃれで、小舟が運河を渡っている。
 運河沿いに歩いていくと橋があり、そこには大勢の人々が行き交っていた。

 人族だけではない。
 獣族やルフ、ドゥリン族、族、小人族など、驚くほど雑多な種族が入り混じっている。人族ばかりの街に生活していた私にとって、目を点にしてしまう光景だった。

「すごい……色んな人たちが居ますね……」
「……」
「どうしました、ルガール様?」

 何やらこちらをじっと見ていたので問いかける。
 すると、彼は「ふ」と口の端をあげて、

「いいえ。あなたらしい感想だなと」
「え……これ以外に何か感想がありますか……あ、獣族が可愛いとか?」

 ルガール様は腰を折ってしまった。
 めちゃくちゃ肩が揺れてる。何なの……。

「すいません、馬鹿にしているわけじゃないんです」
「そうなんですか」
「はい。やはりユフィリア様は面白い人だなぁと」
(褒められてるのかしら?)

 よく分からないが、上機嫌なので良しとする。
 なぜだかシェリーは自慢げだ。

「それで、どこへ行くんです?」

 大通りを歩きながら問いかけると、彼は答えた。

「ブティックです」
「ブティック……え、なぜ私と?」

 てっきり稀人関係だと思っていただけに拍子抜けする。
 魔法使いの秘密の道具とか見られるのを期待していたんだけど……
 ルガール様の回答は予想の斜め上を言った。

「ユフィリア様のドレスを買おうかと思いまして」
「はぁドレス……ドレスですか!?」

 ルガール様はいたずらが成功した少年のように笑った。

「はい。それと寝巻きと、その他もろもろ。一週間滞在するので必要なものを買おうかと」
「え、えぇ……でもそれじゃ、買い物に行く意味は……必要なものは商人を呼んで買えば……あ、私が訳アリだから」
「はい。使用人とはいえ、あまり知られない方がいいでしょう」

 使用人の噂は一日にして広まるという。
 確かに公爵家に仕えているような使用人なら教育はされているだろうけど、人の口に戸は立てられない。私がルガール様のところに出入りしているなんて噂が広まったら、ただでさえ悪女扱いされている私の評判はどん底だし、お義母様や夫にもなんて言われるか分からない。ルガール様にも多大な迷惑がかかってしまう。だからこうして、わざわざ街に出かけて買い物というわけだ。

「お気遣いありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
(優しいなぁ……)

 じんわりと胸が温かくなる。

 ルガール様に案内されたのは大通りに立つブティックだった。
 上流階級向けの店なのか、ショーケースに飾られた色とりどりのドレスはどれも綺麗で、貴族の社交界に着て行っても見劣りしないほどにげ美しい。さぞ名のあるデザイナーが作ったんだろうなと思っていると、

「マダム・ポワソン夫人のお店です。似合うものがあればいいのですが」
「マダム・ポワソン!?」

 その名は私でさえ聞いたことがあった。
 オーダーメイドのドレスは予約で半年以上待つのは当たり前。
 社交界の流行の最先端には常にマダム・ポワソンのドレスがあるという。

(そ、そんな人のドレスを、私が……?)

 ルガール様は当たり前のように言った。

「既製品でいくつか購入してから、採寸と色合わせをしてもらって、作ってもらいましょうか」
「えぇ!? で、でも予約が」
「知っていますか、ユフィリア様」

 ルガール様はいたずらっぽく口の端を緩めた。

「権力というのはこういう時に使うのです」
「で、でででも、他の人の迷惑にもなるし」
「彼らにはお金を払っておきましょう。それで解決です」
「えぇ──……」

 あまりにも強引な手腕に私は二の句を継げなかった。
 どこから突っ込めばいいのか……。
 まずオーダーメイドのドレスを私にプレゼントする必要はないし、そもそもそんな大金持ち合わせていないし、さすがにルガール様がそこまでするのは気後れするというか。

「どうしてそこまでしてくれるんですか」
「俺がユフィリア様のことを気に入ってしまったので」
「気に……もう、そんな風に人妻をからかうのはよくないですよ?」

 こんな年上の女にそんなことを言ってどうするんだろう。
 気に入ってもらえるのは嬉しいけど、私は人妻なのに。
 そう思っていると、ルガール様はふと真剣な顔で振り返った。

「からかっていない……と言ったら、どうします?」
「………………へ?」

 まるで時間が止まったように感じた。
 周りの景色が遠ざかり、アメジストの瞳が私を射すくめる。

「人妻でも、ユフィリア様は魅力的です」
「あの」

 思わず一歩下がろうとしたら、腕を掴まれた。

「逃げないで」
「ルガール様……?」

 ハッ、とルガール様は手を離した。
 気まずげに目を逸らされる。

「すみません、出過ぎた真似をしました」
「いえ……」
「まぁ、今日は何も気にせず好きな物を選んでください」
「……はい」

 ルガール様の背中を見ながら、私は俯いた。

 ドクン、ドクン、と心臓の音がうるさい。
 頭にかぁああ、と熱が上がってどうにかなっちゃいそう。

(……本気の目だった)

 ルガール様は透明な壁を作っている時とそうでない時がある。
 つかみどころがない公爵としての彼なら、お世辞を言ってるのだと受け取れた。
 でも、さっきのルガール様は素のままで接しているような気がした。

「……」

 私は彼に触れられた腕をそっと触る。

(指が太くて……力も、強かったわ……)

 妹が大好きで妹思いなお兄さん。
 十二歳も離れた彼は私から見たら弟のような感じ──だったのに。

(やっぱり、男の人なんだ)

 急速にルガール様に『異性』を感じて顔が熱くなる。
 はたからみたら、これはデート以外の何物でもないじゃない。

(うぅ。急に恥ずかしくなってきた)

 私は人妻で、彼よりも十二歳離れたおばさんだ。
 彼が本気で私をそういう風に見てるとは思わないけど。

(……ちょっと嬉しかった)

 そういえば──。

(最後にロレンスが褒めてくれたのは、いつ頃かしら?)


 ◆◇◆◇



「ユフィリア様、何か好きな色はありますか?」

 先ほどのやり取りが嘘のようにルガール様は素知らぬ顔だ。
 考えごとにふけっていた私は慌てて答える。

「はい? あ、そうですね……蒼とか、藍色が好きです」
「でしたら、こちらはどうでしょう?」

 ルガール様が手に取ったのは深い藍色のドレスだった。
 腰から上が星を散りばめたようなグラデーションになっていて、袖口は少し広い。コルセットを必要としないタイプのドレスだから、腰にも優しそうだ。何より可愛い。

「絶っっ対、奥様に似合いますよ! 綺麗です!」
「そ、そうかしら」

 シェリーが激しく同意してくれる。
 ルガール様は私の身体にドレスを当てて、「うん」と頷いた。

「いいですね。あなたの綺麗な瞳によく似合う」
(あ、また)

 トクン、と心臓が高鳴る。
 全身の血流が早くなって、どくんどくんと心臓が暴れ始める。
 顔が熱くなった私は「そ、そうですか」と顔を背けた。
 そんなこと言うのは反則よ!

「一着はこちらにしますか」
「はい」
「普段着用が二着と寝巻きと、あとは外出用も欲しいですね。今後、何かあった時のためにも」
「えぇっと、ルガール様がそこまでする必要は」
「俺がそうしたいんです。これも何かの縁ですし」

 ルガール様は小首を傾げた。

「もちろん、あなたが嫌であればやめますけど」
(……嫌じゃないから、困るのよ)

 私はあくまでロレンス・アルマーニの妻だ。
 たとえ七年も体の繋がりがなく、関係が冷え切っていたとしてもその事実は変わらなくて、いくら保護してくれた人とはいえ、独身男性からドレスをプレゼントされるのはあまり聞こえのいい行為ではない。なんとなく、悪いことをしているような気分になってくる。

(何ときめいちゃってるんだろう。私)

 けれども……。
 もしも、ロレンスと別れられるなら、きっと私はこの人の手を取るだろう。
 そんなことは出来ないと分かっている。一千万ギルで買われた私は侯爵家から逃げられない。

(でも)

(今は……今だけは)

(この優しさに甘えても、いいよね?)

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