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幕間 夫の憂鬱

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 一方その頃、ロレンスは侯爵家騎士団の飲み会に顔を出していた。
 騎士団をあげての大々的な宴会ではなく、仲のいい者達で行う私的な会だ。
 脂の滴るステーキにかぶりつく。
 口の中であふれる肉汁と黒胡椒の辛味がロレンスの食欲を満たしていた。

(うまぁ……これは家じゃ味わえないジャーキーさだよな)

 侯爵家の料理人は優秀で味は間違いないのだが、ロレンスは下町の粗野な味のほうが好きだった。ユフィリアは健康がどうの体調がどうのと言って味が控えめなものばかり用意するから、うんざりしていたのだ。

「あぁ~~彼女欲しい~~~」

 女に飢えた部下が机に突っ伏しながら呟いた。
 年中同じことを言っている茶髪の男に同僚たちも苦笑している。

「お前はまずギャンブル癖を直せ」
「そうそう。競馬で給料飛ばした男に女は寄り付かないぞ」
「地位と権力、そして金! やっぱ男はこの三拍子だよなぁ」
「いや、この世は金だけじゃないぞ。愛も重要だ」
「女がいるやつはいいですねぇ余裕があって!」

 喧々囂々と掴み合いを始める部下、囃し立てる若い衆。
 その中の一人が羨望を込めてロレンスに言った。

「閣下はいいっすねぇ。あんな良い奥様が居て」
「そうか? 家に居たら案外鬱陶しいぞ。子供欲しいってうるさいし」
「いやいや! 愛されてるってことじゃないですか! むしろ羨ましいですよ!」
「そうだそうだ! リア充爆発しろコンチクショウ!」
「お前、閣下にそれは流石に飲みすぎだろ……今のうちに謝れよ……」

 ロレンスは苦笑した。

「そんなにいいもんでもないけどな」
「いやいや! それは持ってる人の言い分っすね!」
「だからお前はいい加減にしろ! さすがに失礼だっつてんだろ!」
「あだぁ!」

 酔いどれの部下の失礼を、小隊長が謝罪してくる。
 ロレンスが「今日は無礼講だから」と告げると、小隊長も遠慮がちに言って来た。

「恐れながら、閣下はもう少し奥様を慮ったほうがよろしいかと」
「そうか?」
「はい。騎士が献身に名誉で応えてほしいように、女性の献身に愛で応えねば心が離れていきます。うちにはそれで離婚した者もいますので」
「……ふむ」

 ロレンスは顎に手を当てて考えてみる。
 思えば、ここしばらくユフィリアを抱いていない。

 結婚した当初は若いなりに頑張っていたものだが、なかなか子供が出来ないのと、自分に原因があるような噂をされるのが嫌で、すっかりご無沙汰になってしまった。戦争から帰って来てから一度もしていないくらいだ。ユフィリアとの仲もいいとは言えまい。小隊長の言う通り、たまには機嫌を取ったほうがいいかもしれない。

「あ、そういえば今夜は夕食要らないってこと言い忘れてたな」
「えぇ!?」

 騎士団の面々が驚きの声を上げる。

「閣下、それは一番ダメなやつです!」
「今ごろ、奥様は待ちくたびれていますよ!」
「今すぐ連絡してください! 侯爵家の未来がかかってるんです!」

 結局はまた後継者子供か、とロレンスは溜息をつく。
 侯爵領の人々にとって後継者が居ないことを心配する声は多い──とはいえ、出来ないものは出来ないのだ。諦めがちなユフィリアを抱くのも楽しいことではない。ただ、こうも反対されると自分に非があるのかもしれないと、ロレンスは思い直した。

「そうだな……連絡だけして、今度ちゃんと相手してやるか」
「それがよろしいかと」

 ロレンスは頷いた。
 夕食のことは自分が悪かったかもしれないが、まぁいい。

 どうせ妻は何をしても許してくれる。
 ユフィリアは結婚してからずっと、自分のことを愛しているのだから──。

「閣下」
「ん、アニーか」

 声をかけてきたのは赤髪の女騎士だ。
 釣り目がちな顔立ちはほのかに色づき、騎士服の上から分かる豊満な谷間が見えている。
 思わずごくりと唾を飲んだロレンスにアニーは言った。

「お注ぎしても?」
「あぁ、頼む」
「はい」

 アニーはロレンスのグラスにワインを注いだ。

「閣下、よろしければ今度、稽古をつけていただけませんか?」
「稽古?」
「はい。うちの男どもじゃ相手にならないので」
「んだとアニー! このやろー!」
「事実でしょう? 私より強くなってから吼えてください」
「うるせー! 閣下に色目使うなー!」
「使ってません。私は騎士として閣下に稽古を申し込んでいるだけです」

 アニーはロレンスに振り向く。
 酒で上気した、艶やかな微笑みの花が口元に咲き誇った。

「閣下、いかがですか?」
「そうだな。まぁいいだろう」
「やった! ありがとうございます!」

 嬉しそうに飛び跳ねるアニーにロレンスは口元を緩める。
 自分に従順で、気が強く、女としての魅力を持て余した女騎士。
 あるいは彼女のほうが妻よりも──

(おっと、いかんいかん。さすがにソレはな)

「閣下?」
「い、いや、なんでもない」

 ロレンスは誤魔化すようにグラスを傾けた。


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